実写映画『アラジン』を見て、大事なことに気づいた話
金曜ロードショー『アラジン』を、娘と鑑賞しました。
もともとアニメ作品の実写化には懐疑的。
ディズニーの実写映画も『美女と野獣』しか見ておらず、全く期待せずに鑑賞したところ…
「何これ、めちゃくちゃ良いじゃん!」
とびっくり。
前評判無しに映画を見ると良い印象を持つことが多いので、そこまで驚く話でもないのですが…
それにしても今の自分には学びが多かったので、メモも兼ねて書いておきます。
不満と嫉妬のモヤモヤ
実は最近、少し不満がありました。
学生時代の同級生で、産後も正社員として働く女友達複数人と話していて
「あれ、私だけめちゃくちゃ所得低くなってるよね?」
と気づいたのです。
そんな道をわざわざ選んだ訳ではないのに、
その時その時に目の前のベターな選択肢を選び取ってきただけなのに。
彼女達と比べて、今の私は非常に収入が少なくなっていました。
また先日、同じくらいの年の子供がいる女医さんと話す機会があったのですが
「なんでここまで給与が違うんだろう?身近なママ友にいたら、通常の友達のように仲良くできるのかな?」
とも感じてしまいました。
医療現場での活躍に感謝していたはずなのに、久々にどす黒い感情に襲われました。
子育てを経験したことで「個別化」や「個性の大切さ」にやっと気付いて、
「みんな違ってみんないいんだ」と主張していたはずなのに…
結局は自分もきれいごとを言ってたのかもしれません。
今までとの差
でもそういえば…
実は、少し前までもっとひどかったのです。
そもそも自分を、人と比較する土俵にすら乗せていませんでした。
専業主婦という無職状態からとにかく早く抜け出したくて、パートしているママ友も日々羨ましいと思っていました。
パートやフリーランスとして、家事・育児・趣味にも時間を割きながら、比較的楽しく働いている現在。
当時の状況よりは自分比ではかなり良くなっているし、周りのおかげで精神的な余裕も生まれてきました。
数年間ガムシャラに・必死に生活してきて
やっとひと息ついたからこそ、気づいた事実でもあるのかもしれません。
比較するなら「過去の自分」と
「他人と比較するのではなく、過去の自分と比較しよう」
という言葉を時々聞きます。
育児の時に我が子を見つめるためによく言われることですが、対象が大人であってもその通りです。
大体「他人と比べる」ってめちゃくちゃナンセンスな話で。
親、生まれ育った環境、兄弟、学校、職場、友達、恋人、子供、…
どんな条件も、人と自分はほぼ違います。
一時期同じ学校に行ってたり地元が同じだったりすることはありますが、同じなのはほんの少しの要素だけなのです。
自分と他人とは完全に違う人間だし、能力や状況も様々。
比べることに何の意味があるのでしょう?
もしかしたらその人は、自分が絶対真似できない能力を持っているのかもしれません。
体力に人一倍自信があるのかもしれないし、
毎日陰の努力をしているのかもしれません。
大変な苦労や辛い経験をしてきた可能性だってあります。
人と比べる時には、つい人の「良い点だけ」を見がちです。
多くの人は親密にならない限り弱みを見せないものなので、見える表面に良いところが多いのは当たり前なのですが…
他人にも「見えないところに事情がある」ことを、どうしても忘れがちです。
でもその「想像力」は、絶対に失わないでいたいと思うのです。
映画で感動したところ
アラジンの話に戻ります。
1番グッときたのは、最後のアラジンの態度。
ジャスミンに「君は僕にはもったいない」と別れを告げ、ジーニーに「君のおかげだ、ありがとう」とお礼を言います。
今まで傍若無人で自分勝手な部分もあったアラジンにとっては非常に大きな変化です。
自分の至らなさを認め、
他者の素晴らしさに気づき、
身の回りの人に自然と感謝する…
「これらは本当に大事なことだよなぁ」と感じました。
そして「今の自分に足りていないものだな…」とも。
問題意識は持ちながらも自由でいたい
確かに、正規・非正規の構造的な収入差やブランクで判断しがちな人事制度など、日本の就労環境には色々な問題があります。
主婦だけでなく、病気や介護や勉強などで仕事を離れた人も、なかなか元の給与や待遇に戻れないことが多いと聞きます。
上司に特別理解があったり福利厚生に恵まれた大企業だったりしない限りは、不当な扱いを受けてしまうのではないでしょうか。
ですが、「社会的な問題として捉えるとしても、自分の問題とは切り離して考えても良いのだ」と気づけました。
不平不満ばかり言っていても楽しくないし、何より建設的ではありません。
「もっと自分や周りの環境や、ひいては社会を良くするために行動していこう!」
と思えました。
人の意見の中には、ポジショントークも多いものです。
その立場からでしか見えないこと・持てない視点も当然あるものだし、それぞれの現場感覚は重要です。
でも、それだけに囚われていては視野が狭くなってしまいます。
立場も収入も性差も年齢も超えて、いつか色々な人と自由に議論できたらいいなぁと思います。
それが、本当の意味での自由なのかもしれません。
『アラジン』に、ありがとう
昔はアラジンを見て
「ジャスミンの自由を求める気持ち、めちゃくちゃ分かる!」
としか感じなかったのに、自分も変わったなぁ…としみじみ思った次第です。
イスラム文化への憧れや関心があるので、実写の絵の豪華さや優雅さも楽しめました。
米国ディズニーが作る映画という意味で一定の限界はあるかもしれませんが、現代のエンターテインメントとして素晴らしく仕上がっていたと思います。
最後のダンスも『ズートピア』のエンディングシーンのようで素敵でした。
実写映画『アラジン』、沢山の気づきをありがとう!
創作物はやっぱり自分にとって大事で、学びや元気をもらえることが多いです。
今後も自分なりにぼちぼち頑張っていきます。
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