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サザンクロスの光|ショートストーリー

星がよく見える夜だ。
ガラリとしていているこの部屋は、まるでここで暮らしていたのが嘘のように感じた。

10年間暮らしていた部屋の家具はすっかりと運ばれ、残りはこのダンボールを運び出すのみとなっていた。玄関の近くにそれを運ぼうと軍手をし、重いダンボールを持ち上げる。

そこには一冊の文庫本が落ちていた。

これは確か、ここに引っ越してきてからこの街の古書店の店先で見つけたとある冒険家の旅行記だ。

極北の大地を犬ぞりで駆け抜け、氷点下のもと進むその旅路には手に汗握る物語があった。失くしてしまったと思っていたが、案外身近な場所に隠れていただけのようだ。

軍手を外し、日に焼けたページをめくりながら、文字を辿る。いつのまにか、時間を忘れ読み耽ってしまっていた。古くなり縁が擦れ、破れかけたカバーをめくると、ふと何か文字が書いてあることに気がついた。

それは鉛筆で書かれた、少し右下がりの癖のある文字だった。
「10月2日 快晴 今日からまた旅立ちだ。一体あの地はどんな景色を私に見せてくれるのだろう。かつて海を越えやってきた冒険家の跡を辿り、私はまた彼らと同じ景色を見るのかもしれない。」
誰かの落書きだろうか。そのあとに書かれた、名前にどこか見覚えがあった。

私は宝箱を開ける子供のような気持ちで、その名前を調べていた。そうして調べてゆくと、10年前、極地で足を滑らせ消息を絶ったとある冒険家だということがわかった。
彼の撮った極地の写真や、残された書籍などを調べてゆくと、どうやらこの辺りに昔住んでいたらしい。

そんな偶然があるものなのだろうか。
10年間本棚にあったこの本には、かつて冒険家が残した想いが綴られていた。眠っていた冒険家の想いは、隠された宝箱のように、私の過ごしたこの部屋にあったのだ。

私は鞄に入っている手帳からボールペンを取り出し、その本のカバー裏に今日の旅立ちの記録を綴る。
私が次にゆく場所は、彼が目指した極北の地ではない。けれど、これもまた冒険で、きっとこの発見は冒険の第一歩なのかもしれない。
まるで南十字星を辿るかつての人々のように。

書き終えカバーを付け直し、ダンボールにそっと詰める。明日、知らない街へ行く、私への地図となるように。想いを込めて。

サザンクロス(Southern Cross)/南十字星
南十字星は、南半球では船乗りにとって南十字星は南の方角を指し示す星として、古くから船乗りたちの大切な目印となり、十字架に似たこの星座に、後悔の無事を祈ったとも伝えられています。

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