深夜の手紙|ショートストーリー
気がつくと最寄駅で飛び起きた、急いで鞄を持って電車を降りようとした瞬間。
目の前で扉が閉まった。
あぁ、やってしまった。
たしか、夕方の車内にはまばらに人が乗っていた。周りからの視線を感じるような気がして、耳が熱くなる感覚を落ち着かせながら、扉横の手すりに掴まり、赤く染まる街を見つめる。
溜息をつきながら、ネクタイを緩めた。
今日はたしかいい日だったはずだ。
朝から電車で座れたし、以前から用意していたプレゼンはうまくいった、昼の定食は好物の豚の角煮だったし、今日は金曜日だし、ぴったり定時に上がれた。
それに、明日は自分の29回目の誕生日だった。
あぁ、ついてない。
たった5分前とは真逆の気持ちになってしまうんだから、人は単純なもんだ。
「あれ、兄貴?」
不意に後ろから声をかけられた。
「え?悠人?」
振り向くと栃木にいるはずの弟悠人が、大きなトランクケースを片手にそこにいた。
「久しぶりだなぁ!なんで?お前、東京来るって言ってたっけ?」
「いや、実はさこれから、北の方に行くんだ」
「はぁ?どこだよそれ」
気がつくと次の駅に着いていた。
「なぁ、この後時間…」
「あ、俺このまま空港に行くからさ、またな兄貴」
「え、え!」
「次は乗りすごすなよー」
悠人が笑顔で言う。見てたのかよ。
また俺の目の前で扉が閉まった。
家に着くともう辺りは真っ暗だった。
部屋の電気をつける気にもなれず、ネクタイを外し、そのままベッドにダイブした。
同期から貰ったプレゼントの袋もそのままに、いつのまにか意識が遠くなっていった。
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バイブの振動と、スマホの画面の明かりで目が覚めた。深夜の00:00を回っていた。LINEを開くと、友人から誕生日のメッセージが届いていた。
スクロールしていると、また新たに一件の通知。
何も考えずにタップして開くと、飛行機から見えるぼんやりとした青や緑の光の揺らめきが見えた。オーロラだ。
『誕生日おめでとう、兄貴』
悠人からだった。
『実は兄貴に相談に乗ってもらってた、就活。決まったんだ。だから今から卒業旅行』
悠人が働きたいと思っていたのは、地元の小さな写真館だった。父と母からは反対されていた。
だけど俺は小さな頃から、あいつが写真を撮って俺に写真を見せて、そして笑うのが好きだった。
「…あぁ、そうだったのか…」
『あっちに着いたら、電話するよ』
『兄貴の作った広告がさ、空港にあったよ』
返事を打たないまま、悠人からのメッセージを見つめていた。
『感動した』
気がつくと涙が出ていた。
あぁ、誰かと仕事以外でゆっくり電話するなんて、何年ぶりだろうか。
ベッドから起き上がり背伸びをする。
気がつくと俺は何時間後かの着信を楽しみに、
29歳の誕生日を迎えていた。
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