マガジンのカバー画像

★【作者と読者のお気に入り】★

28
◉たくさんのビューとスキを頂いた作品と、個人的に好きなモノだけをギュッとまとめてお届け!30作品程度で入れ替えしながらご紹介。皆様のスキが集まりますように(笑)お気に入りの玉手箱!
運営しているクリエイター

#創作大賞2023

短編:【花の教え】

「最近の桜って花びら白いよね…」 彼女はそういう敏感な感性を持っていた。 「白い?」 僕には、桜の花びらがピンクに見えていた。いや、そう思い込んでいたのかも知れない。周りを見渡すと、至るところで花吹雪が舞っている。 僕には20年間、彼女がいない。奥手というか、人付き合いが苦手というか。大学に進み、同じゼミを専攻した彼女と出会った。 「もちろん品種によっても違うだろうけど…昔の花吹雪ってもっとピンク色だったと思わない?」 「ああ、そう…かもね…」 話を合わせてみる。 「自

短編:【思考する時、人は上を向く】

いつ誰に聞いたのか。 何かで観たのか。 『上を見れば果てしない。下を見たらキリがない』 たしか上を目指して自分なりに今を頑張れ、そんな言葉だったか。下を見て努力を怠るなという戒めだったような、そんな格言だった気もする。 近頃の鯉のぼりは、屋根より高いことはあまりない。川沿いで大量に吊るしていることもあるが、風が強い日にはくるくると紐に絡まってしまい、あまり美しくない。外国人観光客は珍しい光景だと必死に写真を撮っていたが、個人的にはどう撮影しても風情が感じられず、またその

短編:【テコ入れ】

これまでパンドラの箱として、遅々として進まなかった選挙という儀式が大きく変わったのは2026年秋のことだった。その変化を印象付けたのが、ポスター掲示と選挙カーの在り方に関しての大幅リニューアルという部分だった。 各所に現れる、あの無駄に大きな掲示板が姿を消し、代わり“江戸時代風”の小さな立て看板が姿を現した。“高札(こうさつ)”という禁令やお尋ね者などを町中に知らしめるため使われたあの小さな看板と言えば解るだろうか。コスト削減、設置場所の縮小、すべての問題を一手に解消したの

短編:【見上げた屋上にはウミネコ】

ブルーテントから顔を出し見上げた空は、そのテントの青さと同じような色をしていた。下町の川沿いに並ぶブルーテントは、傍から見て感じる想像よりもはるかに頑丈で、多少の台風程度であれば凌げてしまう。事実昨晩上陸した大型台風によって、川の水量は増加し、ブルーテントの上と中は水浸しとなってしまったが、丈夫な骨組みはビクともせず、こうして翌日のお天道様を拝ませて頂けた。 半年程前から、私はここのお世話になっている。朝はお日様が出る前に街へ行き、ゴミ収集車が通る前の資源ゴミを回収する。資

短編:【まかないの味】

僕がその日本料理屋の厨房をアルバイトに選んだのは、素直にまかないが食べられることで食費が助かるためだった。大学進学と共に東京へ出て来たものの、思い描いていた学生生活ではなかったことは明らか。大学二年の春になると一連のウィルス騒動はひと段落し、やっと本格的な対面授業が再開された。再開と言われても1年の間、正直数える程しか教室にいることはなかった。上京した頃はどんなバイトを選んだら良いのかわからなく、少なくとも生きて行くための食費を捻出すると共に、和食が食べられる、ただその一心で

短編:【ムショクトウメイ】

「仕方ないじゃないか、辛気臭いね〜」 「いやでもさ〜」 「デモもテロもないさ、会社の方針だろ?」 「このタイミングで無職なんて…ここにも呑みに来れなくなるよ…」 私には嬉しいこと、悔しいこと、とにかくお酒が呑みたくなると訪れるスナックがあって、そこの人間味あふれるママさんに、なんだかんだと喋っているうちに気持ちも軽くなったものだった。 「あれですよ、もしいま犯罪を犯して逮捕されてニュースになった時に、目つきの悪い瞬間でストップされて“無職の”ダレソレって書かれるヤツですよ…

短編:【明日から先輩ではない私】

「結局、何時までにあげるんでしたっけ?」 いかにも間に合いません!と言いたげな語尾の強さで、彼は私の顔も見ずに声を上げた。 「今日中…と言っても先方の営業時間は6時迄だから…遅くとも5時とか5時半迄に…」 返事はない。 キーボードに怒りぶつけるような力強い音をさせて打ち付けている。チッという舌打ちの代わりにマウスをカチカチと鳴らして、時たまケータイの時刻をチェックしている。 彼は何年後輩だったか、入社当時は照れたように頭をかきながら、何でも言ってください!なんて可愛らしい言

【カフェにて】

通り横にあるそのカフェの、道に面したカウンター席には電源があり、おかげで出先での仕事もはかどっていた。いつでもPCリュックを背負い移動オフィス状態の僕にとって、WiFiやコンセントの使える場所は非常にありがたく重宝している。 ふと窓の外を見たら、大きなメニュー看板を真剣に、ケンカを売るような目つきで、対峙している女性が立っていた。お昼時にはまだ早く、大きめな帽子をかぶったその女性は、何を食べるかで悩んでいるように見えた。 パソコンに目を戻し、2〜3行文字を打ち、再び窓の外