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ネット企業が老舗アニメ誌「アニメディア」買収 狙いと成功の可能性は?

■総合アニメ雑誌の一角がIT企業へ
 年の瀬となりましたが、アニメ業界では話題のニュースが相次いでいます。なかでもアニメ関係者を驚かせたのが、株式会社イードによる老舗アニメ誌「アニメディア」の買収です。学研プラスよりアニメ関連事業の譲渡を受け、「アニメディア」「声優アニメディア」「メガミマガジン」、そしてムック本の発行とウェブサイト「超!アニメディア」の運営も引き継ぎます。

 イードと言えば、僕が3年半前まで務めていた古巣です。もともとイードがアニメ進出したのは2012年当時、僕が運営していたウェブ情報サイト「アニメ!アニメ!」と「アニメ!アニメ!ビズ」を譲渡したのが最初です。今回の買収にあたっても既存のアニメ事業との連携が掲げられており、感慨深くもあります。
 とはいえ現在はイードから離れてだいぶ経ち、今回の出来事も客観的に見る立場です。むしろアニメ業界の新たな動きとして興味を掻き立てられます。

■学研の教育・介護事業フォーカスで、アニメ事業スピンオフ
 「アニメディア」は1981年創刊、今年で38年目を迎えます。「Newtype」(KADOKAWA)、「アニメージュ」(徳間書店)と共に三大総合アニメ雑誌に数えられます。なぜ学研グループは手放すのでしょう。
 ある程度の年齢なら、学研の雑誌では「アニメディア」よりむしろ「学習」と「科学」をよく知っているかもしれません。最盛期には月間600万部以上を刊行した学研の顔です。いずれも2010年までに休刊になったことを考えれば、むしろアニメ雑誌が続いていることが驚きです。
 学研は2000年代後半の業績不振を乗り越えて、近年経営は急速に改善しています。しかしその過程でコア事業は出版から教育・介護・健康に移りました。かつて会社を急成長させた出版も、教育以外は傍流になりつつあります。コア事業へ集中する方針から、アニメ事業を切り離す選択は合理的です。

 もうひとつは雑誌出版全体の長期低減傾向です。アニメ雑誌も同様で、むしろ若者依存が大きいだけに顕著です。日本雑誌協会の集計する1ヵ月あたりの発行部数は、2019年1月~3月で「アニメディア」が2万7000部、「声優アニメディア」は1万4000部、「メガミマガジン」は1万8000部でした。ライバル誌も多くが2万部から4万部の間です。
 日本雑誌協会のデータで辿れるもっとも古い2008年ですと「Newtype」は15万7000部、「アニメディア」が10万7000部、「アニメージュ」は6万4000部です。さらに昔、最盛期には月間20万部を大きく超えた雑誌もありましたから、やはり厳しい状況です。

■いまだから重要な紙雑誌の優位性 
 逆にイードはなぜ「アニメディア」を取得するのでしょう。雑誌が成長ビジネスとして、なかなか厳しいことは理解しているはずです。ただ雑誌の隠れたパワーをよく知っているのも、ウェブメディアなのです。
 企業、宣伝担当のメディアに対する対応は、いまでも紙媒体、放送媒体ファーストで、ウェブは最後です。ウェブメディアがリーチ力を活かして、莫大なユーザーに到達していてもです。権威主義的な古い偏見もありますが、認めなければいけない理由もあります。
 ウェブメディアの欠点は、コンテンツを作る力の不足です。資金、経験、体力不足もありますし、PV依存型の経営にも理由があります。コンテンツは瞬間的なバズり、それを実現するための過度なスピード要求や大衆受けに向かいがちです。ウェブコンテンツは常にクオリティの下方圧力に晒されています。

 一方で紙メディアには取材・編集のノウハウの蓄積があります。それらは長い歴史で築かれた人的ネットワークやブランドに支えれらてます。
 アニメ雑誌はいまでも子どもたちが回し読みをしますし、本屋の立読みも含めると部数以上のアクティブなユーザーがいるはずです。本屋に表紙が並ぶディスプレイ効果も見落とせません。近い将来に雑誌文化が必要とされなくなるとはとても思えません。問題は採算性です。

■なぜ紙雑誌は儲からないのか
 雑誌メディアの脅威は、ユーザーが利用するウィンドウの拡散です。ニュースをとっても、新聞・雑誌、スマホ・PCでのデジタル、さらにラジオや動画配信まで受け取りかたは様々です。それぞれに異なるユーザーがおり、同じユーザーも状況に応じて使い分けます。
 ニュースを送り出すほうは、ひとつのソースを全てのメディアに最適化した多角展開が求められます。それによりニュース・情報のビジネスも収支がとれるはずです。
 しかし紙メディアはかつて単独で大きな力を持っていたため、出版社はひとつのメディア(紙)だけに特化して情報・コンテンツを作ってきました。しかしウィンドウの多角化が進む中で、コストが合わなくなってきているのです。

 「アニメディア」を例にとれば、コンテンツのデジタル展開は有力な出口になります。ひとつの取材・企画から紙だけでなく、様々なかたちに向けた展開が出来るでしょう。
 あるいは過去記事をデータ化して販売することも可能でないでしょうか。過去の人気特集やスタッフ・声優インタビューの個別記事に何百円か払ってもいいと考える人はいるはずです。新たな作品の取材やインタビューは新興企業でもできますが、1990年代のインタビューをいまからは取れません。そこに38年間の重みがあります。
 実際にはこれを実現するのは、かなりハードルが高いです。それでも長期的に見れば、過去のライブラリーは大きな価値を持つはずです。

■ウェブで成功する老舗雑誌は少なくない
 実は三大アニメ誌の経営がIT企業に移るのは今回が初めてでありません。「アニメージュ」を刊行する徳間書店の経営は、2013年にカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)に移っています。蔦屋書店で知られるCCCは、音楽・映像・書籍の配信、ネット通販などIT企業の側面が強いのです。
 経営破たん後、同じくCCCに経営が移った現代アート誌「美術手帖」は、現在成功を収めています。老舗ブランドでのウェブ展開、アート販売のEC事業、さらにリアルイベントやリアル店舗にまで進出しています。
 他にも「東洋経済」「文春」「女性セブン」など、雑誌の取材力とブランドをネットに移し替え、紙雑誌を支える成功は意外に多いのです。老舗雑誌のウェブ展開はアニメでも可能なはずです。

 とは言っても、それがM&Aとなるとハードルがあがります。そもそも一般企業のM&Aでも成功する確率は1/3と言われるぐらいです。今回の試みが成功するかは、未知数です。相互補完のシナジー効果は存在しますが、紙とウェブの文化はかなり異質です。考えている以上に障害は多いはずです。
 ただ雑誌が生き残る有力な手段のひとつが、紙以外のウィンドウを巻き込むことであることは確かです。今回のイードと「アニメディア」の出会いは決して悪くないし、今後の展開も気になります。

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