固すぎる思考
学歴や知識はあってもなぜか成果を出せない人、いますよね。
たとえば、
こんな事件がありました。
「ミスター慶応 ファイナリスト」の男子学生が女性への準強制性交容疑で逮捕。
さらに、その仲間である2人の学生も11月に入り窃盗で逮捕。
同じく10月にはホテルで恋人と大麻を吸った男子学生が大麻取締役法違反で逮捕。
また、京王井の頭線の電車内で女子大生のお尻を触って逃走劇を繰り広げた男子学生も東京都迷惑防止条例違反などの容疑で逮捕。
といったように、「いい学歴を持っていればいい人材か?」というと明らかに間違いであると言い切れる事例が後を絶ちません。ちなみにこれ、すべて同じ年に慶應義塾大学の学生が起こした不祥事です。
そもそも「頭がいい」ことと「いい人材」であることはイコールではありません。
「いい人材」の要素の1つに「頭がいい」ことが含まれることはあるかも知れませんが逆もまた真とはなりません。それだけがすべてではないのです。正しく"人を視る"のであれば、必ず人格…あるいはモラルというものも見なければなりません。
さて。
モラル云々はともかくとして、それ以外にも学歴や知識はあってもなぜか成果を出せない人がいます。彼ら彼女らに欠けているものは何でしょうか。
「知は力なり(ものごとを深く知ることは大きな力である)」
といったのはイギリスの哲学者、フランシス・ベーコン(1561~1626年)でした。
日本でいえば、徳川家康(1542~1616年)と同じぐらいの時代に生きたベーコンの言葉は世界中の人々に影響を与え、近代科学の精神を体現した最初の思想家ともいわれています。そのベーコンの考えに基づいて当時の自然科学の研究者たちはいくつかの画期的な発見もしましたが、社会で広く理解された意味としては
「知識=すでにある情報を覚えることが重要だ」
という程度のものになってしまっています。その証拠に、学生の試験や受験は暗記で何とかなる問題が圧倒的多数を占めています(学校によります)。
ベーコンのあとにフランスの哲学/数学者パスカル(1623~1662年)が、かの有名な「人間は、考える葦である」という言葉を残しました。「知識よりも考える力のほうが大事だ」という説でこれも後世に大きな影響を与えました。
「知は力なり」
「人間は、考える葦である」
どちらの言葉も真理を突いてはいるのですが、「知識」と「思考」を両立しようとするとなかなかうまくいきません。
特に、日本では知識ばかりが優先されて、思考が軽んじられる時代が長く続いたという過去があります。
明治時代に入り、形の上では欧米の教育制度を参考にして、日本でも初等教育が整備されましたがその内容は知識を教え込むことが中心でした。何も知らない子どもたちには、 まず知識を与えることが重要という考え方です。
これは、現代の学校教育にまで大きな影を落としています。
ここに大きな間違いが潜んでいるのです。
知識は確かに力ですが、純然たる力(スカラー)でベクトルを持ち合わせていません。
その力をどのように使いこなすかは、知識だけでは決定できないのです。
その力…すなわち道具を使いこなすものこそ、知恵(考えること)です。
本来であれば、知識を詰め込んだら次の段階として「思考力」を育てるプロセスが始まるはずですがそうはなりませんでした。中等教育以降も知識が最重要視され、考える力を養う場は殆ど生まれていません。
これは当然の成り行きです。
知識には思考を妨げるという弊害があるからです。
知識とはいわば「他人がすでに考えた結果」であり、それを蓄えるほどに自分では考えなくなります。わかりやすく言えば「へぇ、そうなんだー」「ってことらしいよ」が増えるだけで、その知識をどう活かせばいいのか、どうすれば活かせるのかまでは知識にありません。
よい「道具」があるからと言って、良い料理が作れるとは限らないのと同じですね。
結局、重要なのは「腕前」です。腕が悪ければ、どんなに良い道具を用意してもおいしい料理は作れません。これと同じことが言えます。
逆に、知識がない人ほど自分で考えるしかなくなります。
事実、十分な知識を与えられず「考える」ことで大成した人もたくさんいらっしゃいます。
たとえば、シャープ創業者の早川徳次氏の経歴を見ると、学校で知識を詰め込まなかったことで独創性を発揮できた人物であることがわかります。
幼い頃に養子に出された早川氏は小学校をわずか2年でやめさせられ、朝から晩まで内職でマッチ箱のラベル貼りをしなくてはならなくなりました。その後、8歳で金属加工業者へ奉公に出され、18歳のときに独立・起業を果たします。
初等教育も満足に受けられなかった早川氏は、知識で思考を肩代わりするのではなく、はじめから自分の頭で考えるしかなかったと言います。開業後は次々と発明品を生み出し、そこで生まれたのがシャープペンシル、通称シャーペンでした。
当時「早川式繰出鉛筆」と名付けられたこの商品は国内ではなかなか売れませんでしたが、第一次世界大戦によるヨーロッパでの品薄がきっかけで大量注文が舞い込み、欧米の市場で引っ張りだこになりました。
もし早川氏が学校で高等教育を受けていたならどうなっでいたでしょう。「シャープペンシルを販売する企業くらいはつくれたかもしれないが、発明はできなかっただろう」と世間では言われています。知識偏重の教育に足をすくわれなかったからこそ、早川氏は独創的で面白い人生を歩めたのだと、解釈されています。
また、ホンダの本田宗一郎氏も小学校を卒業後、東京・本郷湯島の自動車修理業の丁稚になった経歴の持ち主で高等教育を受けたわけではありません。
日本を代表する成果を残した技術者・経営者の生きざまを見ても、知識は必ずしも力ではないということがよくわかります。
この数十年で優れた経営者の高学歴化は一気に進みましたが、それと反比例するようにして行動力は下がっているのではないか、という声も多く聞かれます。
昨今の若い人を中心とした風潮を見ていると、そう感じることがよくあります。
実際、経産省が進める「社会人基礎力」に協力・協賛している多くの大手企業でも、学生に求める資質に"主体性"、次に"実行力"をあげています。
イマジネーションまたそのイマジネーションの根源となる"考える力"が足りないと、仕事をするにも作業効率が悪くなります。いちいち過去の知識、前例、他人の意見を参照しようとするからです。
こんな話もあります。
筑波大学が、まだ東京教育大学という名称だった頃の話です。
付属小学校の入学試験は全国でも指折りの難しさだといわれていました。
競争率が10倍、20倍は当たり前だったため、各地の塾では試験対策が練られ、学校側も塾の予想を裏切る試験問題作りに熱心に取り組みました。その結果、入学希望者たちの知識ではなく自ら思考する力を問う、素晴らしい設問が生まれたということです。
ある年、緊張の面持ちで試験会場に座る子どもの前に1枚の紙が置かれ、その紙の上には砂状の白い山が2つ作られました。
――これが試験問題でした。
受験する子どもたちは大いに戸惑ったと言います。
通っていた塾では、こんな設問への対策は教えてくれていなかったのです。
2つの山を見つめているだけでは、砂糖と塩を判別することはできません。
なかには塩よりも砂糖の粒子のほうが粗いという知識を披露した子どももいたようですが、世の中には粒の粗い塩もあるのですから、この問題の正解としては不十分となります。
所詮、持っている「知識」だけでは限界が訪れるといういい例です。
結局ほとんどの子どもは「わかりません」と答えました。
これは、受験に挑んだほとんどの学生がすでに「知識」という足かせをかけられてしまっていたことを示しています。知識だけでは正解にたどり着けない類いの問題を解けないのです。
この問題の正解を導く方法は単純で、
『2つの山をそれぞれ舐めてみればいい』
それだけです。「砂糖は甘く」「塩はしょっぱい」ことさえ知っていれば、誰でも正解を出せる設問でした。なんだそんな簡単な話かと怒る人もいるかもしれませんが、人間は赤ん坊のときからすべてのモノをなめて確認します。人間の知恵のもとは、なめることから始まると言っても過言ではありません。なめてみて苦ければ危険と判断するし、逆に味覚が異常を示さなければ飲み込むのです。
設問には、触れることや舐めることを禁止する文章はありません。勝手に「こうした試験には何かしら制約や裏があるかも知れない」と自分の知識の殻に閉じこもろうとした人が解けなかった…というだけなのです。
種明かしをした後だととても単純な試験に思えますが、塾で入試対策の知識を詰め込まれた子どもたちの多くが解けなかったのでしょう。
この素晴らしい入試問題からわかるのは「実験」「実践」の大切さです。
実践しないもの、失敗しないもの、経験しないものには、本当に必要な情報は身につきません。一般的な教育ではベーコン的な観点からまず知識を与え、その次にパスカル的な視点で思考力を育もうとするものです。
しかし、その順番だと、知識が思考の邪魔をしてしまいます。
この砂糖と塩を見分ける試験は、そのことを明らかにしたと言っても過言ではありません。あるべき順序はまず実験であり、実践であり、そして経験なのです。
仮説、検証、思考、知識という順に段階を踏んでいくことで人間は本当の意味で賢くなります。実験を繰り返す精神によって考える力が育まれ、そこからまだ見ぬ新しい知性が生まれます。
重要なのは、実験が「失敗」を伴うものであるという点です。
そもそも「失敗」やそれによって「恥をかく」ことを嫌がっている時点で、どんなに学歴が優れていてもどんなに偉そうなことを人前で語っていても、それは他人の情報を吸収し再利用しているにすぎず、それを自分の力として発揮することもできませんし、いざと言う時に応用することもできはしないでしょう。
試行錯誤を繰り返すことからこそ、本当の思考力が身についていくのです。
このあるべき順序は、学校教育の話にとどまりません。
実験をやめたら、人生はつまらなくなる
既に誰かが検証し終えた情報を「知識」としてため込むだけですから、何一つ自分でクリエイティブなことをしているわけではありません。
誰かの知識をなぞらえるだけの人生。
はたして本当に楽しいのでしょうか。
そう言った観点から、人はいつまでもある程度は失敗を恐れずに挑戦を続けられたほうがいいのです。
私が過去、多くのプロジェクトにて、トラブルが起きてからその解決支援として参画してきたことは以前にも書いたかもしれませんが、こうしたトラブル解決にも「過去の知識」と言うものは参考になるかもしれませんが、直接的にはあまり役に立ちません。
役に立つとしたら
お客さまに説明する文書構成
お客さまを訴求し、納得させるフレーズ
くらいのものです。そんなものはトラブルの経緯や条件、症状などによって使えたり使えなかったりするので、必ずしも万能薬のようなものにはなり得ません。「運が良ければ使おうかなー?」くらいにしか役に立ちません。
ですから、私の場合、相手がトラブルプロジェクトであっても、新規プロジェクトであっても、着手する際、真っ先にすることは
・頭の中の思い込み(エゴ)をリセットすること
・過去の経験に頼らず、目の前の情報に目を向けること
です。
「自分の経験から過去はどうだった」とか「こういうケースなら、ああするべき」とかそういうのは本当に必要になれば改めてその妥当性を検証するとして、まずは完全にまっさらな状態で勝手な思い込みで間違ったベクトルに進まないよう、初めてリーダーやマネージャーを担う気持ちで取り掛かるようにしています。
そう
初心忘れるべからず
です。
そこで重要なことは、知識に頼らず、
考え、
検討し、
スモールスタートで実験し、
都度検証し、
改善を加えつつ状況をつぶさに把握し、
適切な進行となっているか管理し、
そうでない部分はそこだけ切り出して、
また最初に戻って考え直す
をできるだけ細かいサイクルで繰り返す、ただそれだけです。
検討時に、過去の知識から引用することはあっても「これが正しいはず」と確証もなく思い込みで判断することはありません。あくまでも実験し、検証するための1つの方策として引用するだけです。
検証した結果使えなければ、すぐに他の方策を考えなければなりません。
全ては、自分自身の持つ「知識」が判断の邪魔にならないようにするためです。
成功したプロジェクトをイメージしてもそこに辿り着くまでの道筋を辿っていなかったからこそトラブっているわけで、成功イメージ通りにしようとしても机上の空論になるだけで意味はありません。
トラブルを起こしたとき、本当に必要なのは、
正規ルートを外れた道から、正規ルートに戻るまでの『道なき道』を
どうやって作り出すか?あるいはどうやって探し出すか?
ということだけです。
そこに、過去の知識なんてものはありません。
全く同じプロジェクト、全く同じ経緯、全く同じトラブルと言うのは、世の中に存在しないからです。
時間軸が違う
担当するメンバーが違う
顧客が違う
条件が違う
求めるシステムが違う
似ているものはあるかも知れませんが、似ているというだけでは自分の持つ知識と全く同じ対応を施していい根拠にはなりません。
常に、その現場に入りながら、
「どこで遭難したのか」
「遭難した理由は何だったのか」
「現時点でまず救済すべきはどこか」
などを並行処理で確認しながら空いている時間を捻出し、獣道すら存在しない混沌の中から道を作り出す作業を進めなければなりません。それは、普通にソフトウェアを開発するよりもよほどクリエイティブなことかもしれません。
しかも、通常のプロジェクトよりもよほどスケジュールは逼迫している状況で、一歩も下がることを許されず、そして必ず実現しなければなりません。トラブル解決を実現できないということは、要するに損害賠償請求を受け入れるということになるからです。
そうならずに解決してこれたのは「考え」「実現する」ことを止めなかったからこそであり、その結果として、限られた期限内に求められる成果を出してこられたのだと解釈しています。
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