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リスケしないマネジメントを心掛ける

「計画通りに行くわけがない」

それはまぁその通りなのですが、だからと言って計画を立てないのも、計画通りにコントロールできないことを言い訳にするのも、何か間違っていると思いませんか?

「何でも思い通りに行くはずがない。
 だから計画を立てても、計画通りに事が進むとは限らない。
 だからこそそのリスクすらも事前に考慮し「計画通りにならない」事態を
 可能な限り誘導し、コントロールする努力が求められる」

というのが正しい「あるべき姿勢」だと思うんです。

その努力もロクに行わず、計画に頼らない手法に乗り換えるのは、ただの"逃げ"と大差ありません。

まぁ…どんな手段を選ぼうが、要は「目的や目標を達成できれば」何も問題はないわけですが。だからこそ、新旧色々な手段に対してあえてアンチになるような必要性は一切感じませんよね。自分の認めたやり方以外を罵る人、自分の身止めたやり方以外を否定する人を見ると、いつも

 「あぁ…こういう人とは関わりたくないなぁ」

と思ってしまいます。


さて、これまでの人生のなかで、仕事でもプライベートでもたくさんの約束を交わし、そして意図してか、意図せずか、その約束を裏切ってきたことはないでしょうか。

相手をがっかりさせたくないという気持ちから用事を安請け合いした結果、期限の直前でキャンセルやリスケをしてしまった経験は誰しもあることでしょう。

しかし、そうした小さな不義理を積み重ねていると職場でも私生活でも信頼を失うことにもつながりません。

たとえば、

駐車場に戻ると、車の側面にすられたキズが見つかった。
以来、損害保険会社に電話をするたびに、同じメッセージを耳にする。

「現在、電話がつながりにくくなっています。
 メッセージをお残しください。本日中に必ず折り返しご連絡いたします」

10回以上電話をかけたが、実際に折り返し電話があったのはわずか2回。

なぜ、留守録用メッセージで本日中に必ず折り返し電話すると請け合っておきながら、実際に電話を返すのは、折り返すと約束した回数のわずか20%にすぎないのでしょう。

その理由はおそらく、私たちが「月曜日にメールに返信する」と約束したり、「金曜日までにメモを送信する」と約束したりしておきながら、実際にはやらないのと同じなわけです。

当然「忙しい」という事情はあるのでしょうけど、ならばなぜ果たせない約束をするのでしょうか。

答えは簡単、無理な約束をしすぎるからです。

相手をがっかりさせたくない一心で相手が聞きたいだろうと思うことをつい口にします。その瞬間のプレッシャーに負けるわけですが、後になってどれほど大きなプレッシャーを感じるかには考えが至らないわけです。

実際に請け負ったことには、どのくらいの時間が必要なのかと考えることもしません。約束した期限までの間には緊急事態や遅延が必ず発生するにもかかわらず、そうした事態に対処できるような予備日を予定に組み込んでおくこともしていないのです。


以前の会社で、約束した打ち合わせをしょっちゅうキャンセルしたり、延期したりしている人がいました。

その一方で、頼まれ事には(「ノー」と断るよりもはるかに容易なので)よく「イエス」と応じていました。約束の期限が近づくにつれて気が重くなり、キャンセルしたくなっていき…そして実際しばしば、キャンセルされていました。

この書籍では「信頼」の大切さを次のように説いています。

約束しておきながらそれをキャンセルするのなら、
あなたは信頼できない人間だということになる。
みずからの意志で約束したことを果たせなければ、
その結果から信頼が生まれるはずもない。

みなさんは最近、「約束したことを、ギリギリになってキャンセルした」という経験はあったでしょうか。キャンセルに至る思考過程ではやはり痛みが生じます。後ろめたさを感じるのです。

「どうしようどうしよう」とさんざん悩んだあげく、優柔不断でいることに次第に疲弊していく。結局、約束はキャンセルしてしまい、自分に対する自信も揺らぐ。自分は物事を完遂できず、スケジュール管理はおろか自己管理さえできない、との確信が強まっていきます。その影響は個人的な生活に及び、また確実に職場にも及ぶことになります。

一度コミットしたことを守ることは、成熟の証しです。

任された仕事を完遂できない社員や、期日に遅れたり仕事の質が低かったりする社員、あるいは遅刻の常習犯で会議をしょっちゅうすっぽかしてアポをキャンセルする社員、さらには会社の予算を費やした事業であるにもかかわらず報告も評価もできない社員というのは、他のチームメンバーの足手まといであり、雇用主にとっては負債同然の存在です。

これはマネジメントにおいても同様です。

こうした悪習はいたる所にはびこっていて、リーダーに昇進する人と一緒に悪習もついてくるケースが少なくありません。それも上層部に行くほど、悪習に起因する職場の機能不全が拡大すると言われています。

 自分で責任を負わなければ、部下にも責任を課しにくい

かといってそれを傲岸不遜にできてしまう人は、他人から信頼されることもありません。自分が信用できなければ、他人も信用できません。

リーダーにとってコミットメントが「守らなくてもいい行動規範」であるならば、どうやってチームを真にコミットさせることができるのでしょうか。
自分で自分をコントロールできなければ優れたリーダーシップを発揮することはできません。


私は基本的に約束をリスケジュールしません(ゼロだとはいいませんが)。マイルストーンを微調整することはあってもデッドエンドの期限を変えることはしません。

結果的に達成できるかできないかはともかく、一度コミットしたことは責任の及ぶ範囲で最大限、最後までコミットしようと決めています。

もちろん本当の意味で達成させるべきは「目的」であって、スケジュールを達成させることが目的と合致するか否かで優先度が変わることはあります。しかし、その責務上コミットしたことを簡単に放棄も他責もすることはありません。

その結果、わかったことがあります。

自分の意志で「やる」と約束したことを実際に行動に移すときには、
以前のように、約束の期限が近づくにつれて感じていたストレスを
ほとんど感じずに済む

ということです。

より多くのコミットメントを守るにつれ、自信が増していきます。

そして、約束したことにどれくらいの時間が実際に必要かがわかるにつれて完遂できる時期を的確に見積もることができるようになりました。「イエス」と応じつつも本音は「ノー」なのであれば、最初から「ノー」と言うべきです。そうでなければ、いい歳した大人なのにただの"嘘つき"でしかなくなります。

人は皆、同じ船に乗り合わせています。

たとえば、同じ会社の社員であれば、「(会社名)丸」と言う船に乗った同乗員です。

一人ひとりには持ち時間には限りがあり、その限られた時間を使ってすべき価値のある物事は、無数にあるように思えます。「ノー」と言う方法がわからなければ「リクエストに対して『ノー』と言う方法」をグーグルで検索して勉強すればいいでしょう。

最後までやり抜くつもりがないなら、最初から引き受けるべきではありません。確信が持てない場合は、少し時間をもらって熟考するといいでしょう。そして、スケジュールを詰め込みすぎないようにしましょう。

すでに限界を超える仕事を引き受けているのなら、仕事を間引いて整理する期間が必要かもしれません。本来であれば、仕事を依頼する側/指示する側がきちんと相手の業務量を把握または確認していれば、詰め込みすぎるほど依頼したり、指示したりということはないはずなのですが、それが期待できるほど世の中は真の「リーダー」や「マネージャー」に溢れてはいません。名ばかりの「リーダー」や「マネージャー」が数多く存在しています。

そのため、自分の身は極力自分で守っていくしかありません。

信頼および信用を獲得したいのであれば、いったん整理したら「イエス」と言って引き受けた約束はしっかり守ることです。

その時点でコミットすることがよいアイデアだと思えたのであれば、時間が経ったいまでもそれはよいアイデアであるはずです。たとえコミットした内容そのものに価値が見出せなくなったとしても、完遂することで手に入る信頼には価値があるのですから。

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