見出し画像

エンジニアは、相手を自分の土俵に引きずり込んではいけない

…と、私は常々思っています。

ビジネスを「商談」や「交渉」中心に考えた場合、まったく逆の発想になりますよね。ですが、エンジニアが本来行うべき役割はそこではありませんし、自分の土俵で戦えば「必ず、お客さまは満足するのか?」という問いには答えられません。むしろ、「いや、無理じゃね?」と思う人も多いのではないでしょうか。

とはいえ、エンジニアもお客さまと話をすることはありますし、上手く進まない…というケースもあります。しかし、それでも「相手を自分のやりかたに従わさせる」という手段を取るべきではない、と私は思っています。

コミュニケーションのレベルを決めるのは、常に受け手(受信側)でなくてはならない

いくらエンジニアリングが仕事の中心にあると言っても、純粋な技術を持っているだけでは顧客満足度を上げることができません。B2Bでは特にそうです。お客さまとの意思疎通を図るために、ビジネスコミュニケーションにおいて専用用語を平易に翻訳する能力も身につけなければなりません。要するに『わかりやすい言葉遣い』を目指すということです。

たまに導入提案をするときに、すべてを説明しなければ気の済まないエンジニアがいます。詳細を漏らさず知らせなければ、説明責任を果たしていないと感じてしまうからです。実をいうと、20代の頃の私もそう信じていました。

IT会社のパンフレットにも同じことがいえます。
すごい技術やスペックのことばかりが書かれているのです。

ですがそれは、業界や商品のことに詳しいプロ向けの説明です。

相手が同じエンジニアやSIerというのであればまだしも、なかには

 「ユーザーはもっと勉強して言葉くらい覚えろ」

と突き放すエンジニアもいたりします。

しかし、お客さまは勉強する時間を節約するためにプロに相談を持ちかけているのですから、そんな意見が通るわけもありません。半ば仕事を放棄したような状態と思われても不思議ではありません。そのような態度では、お客さまからの信頼を得られるはずがないのです。

実際、お金を出す側であるユーザー、ユーザー企業の多くは、IT業界に不信感を持っています。

なぜなら、簡単な説明すらもエンジニアがわざわざ難しくしてしまい、「誤魔化しているんじゃないか?」「うやむやにしようとしてないか?」「価格を吊り上げる気か?」という疑念を持たせてしまうからです。お客さまからすれば、もっと簡単に説明してほしいのに、わざわざ難しく言うってことは何かあるに違いない、と勘繰らざるを得ないのです。エンジニアにすれば、むしろ自分たちにとって最も話しやすい話し方なんでしょうけどね。

エンジニアは、価格の張るシステムであるからこそ、その価格が妥当であることを理解してもらおうと、張りきって専門用語を使い、「より高度な技術が使われている」「他社にないすごいアプローチにしている」と言ったことを、何とか理解してもらおうと、詳細に説明しようとします。

しかし、そこが逆効果なんです。

ユーザーからすると、難しい言葉で、難しい説明を、しかもより長く、より詳細に話されれば話されるほど、何をするためのものなのかますますわからなくなっていきます。その結果、購入する側は、なぜ購入しなければならないのか理解できなくなってしまうのです。

そもそも、多くのユーザーはそこまでの説明を求めていません。

お客さまはアカデミックな技術論より、現状の仕事がlTシステムによって

 どれくらいの課題が解決するのか
 どれくらいラクになるのか
 どれくらい儲かるのか

を知りたいのです。専門知識を持ち、それらを駆使することはエンジニアとしての必須条件ですが、ユーザー側に強制すべき知識ではありません。


目的を見失わないことが大事

あるところに、学生時代、パソコンショップでアルバイトをしており、社員に負けず劣らず売上を立てている方がいました。その後、ショップに就職し、ソフトウェアを開発したり、開発機器の運用管理に携わったり、ピンチになったプロジェクトグループの支援をする部署で遊軍のような立場の仕事をしたりしていたのですが、あるとき、アルバイト時代の上司から

 「新たに会社を立ち上げるから、立ち上げメンバーとしてこないか」

と呼ばれました。以前のように新店舗で売上に貢献してほしいということでした。喜び勇んで転職したものの、アルバイト時代と違ってまったく売れません。

そのスランプは半年の間続きました。
自分では売れない理由がさっぱりわからなかったので、彼はお店で販売していたビデオカメラを借りて自分が接客している様子を撮影してみました。
そしてようやく売れない原因を突きとめたのです。

その原因は、

 SE時代の環境に慣れてしまっていて、
 来店客にアカデミックな話ばかりしていたから

でした。気づかないうちに、むずかしい専門用語ばかりを使うようになっていて、お客さまがちんぷんかんぷんになっていたのです。これではお客さまは製品の概要すら理解できませんから、購入してくれるわけがありません。どんなシーンで使うと、どんなに便利なのか、スペックの情報から読み取れるお客さまばかりではないのです。

目的を見失っていたんですね。

「自分の知見を活かし、思い通りに売り」たかったのでしょうか。それとも、「お客さまに気持ちよく買っていただき」たかったのでしょうか。売上が落ちた…というのは、「売りつけたい」のか「買っていただきたい」のか、このちょっとした考え方の差で、出たものです。

ITの世界にどっぷり浸かってしまうと、一般ユーザーのレベル感がわからなくなってしまい、気づかぬうちに相手を自分の土俵に引きずり込んでしまうのです。ある種のオタク効果と言ってもいいでしょう。

ファストフード店で、「揚げたおいもをください」というと、気のきかない店ではマニュアルに従って「フラィドポテトですね」といい直します。お客さまにフライドポテトという業界用語を強制するのです。

これが相手を自分の土俵に引きずり込むということです。

一方、お年寄りの利用者が多い店では、フライドポテトのことを「おいもさん」、チキンナゲットを「とり肉(関西なら「かしわ」?)」というように、お客さま側の言葉に合わせます。

ファストフード店のアルバイトですら、少し優秀になれば相手によって言葉を使い分け、相手の土俵に合わせて売上勝負をしています。

そもそも、学校のテストでは猫のことは「猫」と書かなければ不合格ですけれど、外に出れば「ねこ」でも、「ネコ」でも「ニャンコ」でも、「ニャーニャー」でも、もちろん「Cat」でも、とにかく相手に伝わればいいのです。逆に、コミュニケーションにおいては、相手に伝わらなければどんな知識も意味がありません。

画像1

 「これは、オホサスレスの短毛種で、アメリカ原産の…」

と得意げに言われても、猫に詳しくない人は誰もわかりませんよね。同じことを意外にもIT業界のエンジニアは、お客さまの前で繰り広げているわけです。

これからのエンジニアは、相手の土俵に合わせてどう説明すればよいかを練習しなければなりません。少なくとも、お客さまの前に出るエンジニアは急務と言ってもいいでしょう。


「わからない人に、わかるように」という視点

では具体的にどう説明をすれば、お客さまは理解してくれるのでしょう。
そこで、私が最も有効だと思うのが

 「新人教育研修の講師」

です。特に、あまりコンピューターを触ってこなかった文系大学出身の新人に対して、最低限の設計書の読み取りとプログラミングができるようになるまで鍛える過程。この過程を、『相手の土俵に立って』導くことができれば、ある程度下地はできたと言ってもいいのではないかと思います。

 「わからない人に、わかるように説明し、理解してもらう」

というスキルは、ビジネスコミュニケーションの中でも、かなり難しい部類のスキルになります。レイヤーの異なる相手とコミュニケーションのチャンネルを開くわけですから当然です。プロトコル(ルールや前提)からして違っているようなものです。英語しか話せないアメリカ人に、いきなり日本語で話しかけても通じるわけがありませんよね。

ITに関する知識レベルは人それぞれです。

若いときからITの世界に触れていた人と、ある程度の年齢を重ねてからはじめてITに触れた人とでは、見方が違います。こういった違いは、少なくとも3つくらいに分類できます。

 ①生まれたときからすでにIT技術が日常的に使われていた人。
 ②ITの進化とともに年齢を重ね追いついてきた人。
 ③年齢を重ねてからポッと出てきたITに翻弄されている人。

本来ならそれぞれに適した説明がなければ、説明も提案も困難です。最初からすべての情報を伝えるのではなく、多少手間がかかっても必要最低限の情報からはじめて、相手が納得するまで少しずつ詳細を付加していく、その際『専門用語を極力使わない』ということを意識するだけで、相手の理解度はグッと向上します。「もっと詳細を伝えて自分の知識を披露したい」という感情は抑えて、相手が求める説明をするようにしましょう。


相手の知識レベルを知るために

お客さまに説明するときは、相手を自分の土俵に引きずり込むのではなく、
相手の知識レベルに合わせて説明することが大切です、とお伝えしました。

しかし、初対面の場合など、IT技術に対して相手がどれくらいの知識を持っているのかがわからないこともあります。相手によって説明のしかたや細かさを変えるためには、事前調査が必要です。

いちばん簡単な事前調査は、まず「相手の話を聞く」こと。

相手の話を聞けば聞くほど、おおざっぱな説明を好む人なのか、細かな説明を求める人なのかを判別できるようになります。とても簡単なことなのですが、実はそれがなかなかむずかしいのです。

 「耳が2つあって、口が1つあるのは、
  『自分が話すよりも相手の話をよく聞きなさい』と神様が考えたから」

あるいは

 「耳が2つあるのは、口の2倍努力が必要だから。
  だから、話すことの2倍聞く努力をしなさい」

一度は聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。前者はユダヤのことわざですね。逆に考えると、こういった言葉があるのは、それだけ人の話を聞くことはむずかしいということです。

エンジニアといえば、話し好きというより、無口で寡黙なイメージのほうが一般的かもしれません。しかし、このイメージにはひとつ誤解があります。エンジニアは、自分の領域外…たとえば、経営の話や営業の話になるとたしかに寡黙になります。つまらなそうに聞いているといったほうが正しいでしょうか。

エンジニアはお客さまにとっての最大の関心事である「商売」に対して関心が薄く、「モノづくり」に対しての関心が強いからです。専門外の話には寡黙なエンジニアであっても、自分の専門分野に話題が転じると、ぺらぺらと話が止まらなくなってしまうことがよくあります。このようなエンジニアにかぎって、自分の知識を披露したくなるクセがあったりするのです。

お客さまと打ち合わせをしているとき、お客さまの経営課題の話からIT導入の相談に話題が移り、得意分野に話が進むとエンジニアはとたんに目を輝かせます。

お客様が話をしているのに、

 「○○を導入したら簡単です」と途中で口を挟みたくなったり、
 「要するにこういうことでしょう?」とまとめたくなったり

とにかく話したくてウズウズしてくると、相手の話をろくに聞かなくなります。こうなってしまうと、相手の知識レベルを探ることなどできません。

そんな状態で話をされると、今度は相手が上の空になってしまいます。そうなると、エンジニアの説明は意味をなしません。伝わっていないわけですから当然です。

また、「私はきちんと相手の話を聞いている」と思った人も注意が必要です。あなたはしっかり聞いているつもりでも、客観的に見ると、自分の話しかしておらず、相手の情報を引きだせていない可能性があるからです。しっかり相手の話を聞いて、相手の求める説明ができているのかどうか、一度客観的に検証してみる必要があります。

そして、自分の説明が相手の知識レベルに合っているか検証する方法は簡単です。相手と自分との話を客観的に聞いてみればいいのです。

打ち合わせのとき

 「内容を忘れないように録音してもいいですか?」

と断りを入れ、承諾をいただいたうえでICレコーダーなどを用い、録音します。昨今であれば、スマホのアプリでもレコーダーになるものはありますよね。

機密事項に抵触する可能性もあるので、取り扱いには十分気を付ける必要がありますが、もし承諾をいただいた場合であれば、ぜひやってみてください。

会話の内容を忘れたころに聞き返せば、自分の説明を冷静に聞くことができます。すると、

 「この説明はクドかった」
 「ここは概略だけでよかった」
 「あの説明のしかただと、お客さまが理解できなかったのではないか」

などということがたくさん見つかることでしょう。そうやって、客観視できれば、相手に合わせた説明の要領を身につけやすくなるはずです。

いただいたサポートは、全額本noteへの執筆…記載活動、およびそのための情報収集活動に使わせていただきます。