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僕のアメリカ横断記②(ロサンゼルス1日目)

【その①を未読の方はこちらから

 ともかく、ロサンゼルスはユニオン駅に到着した。サンフランシスコからは南下したことになるが、カリフォルニア最大の都市・ロサンゼルスを旅程から外すわけにはいかないだろう。アムトラックからホームに降り立つと、乗客たちが慣れた足取りで僕をどんどん追い越していく。そうしてひとり取り残されると、車中で過ごすひとりの時間よりもずっと強い孤独感に包まれた。誰一人知り合いのいない土地の巨大な駅に、吹けば飛ぶようなノッポの東洋人が立っている・・・。不安な気持ちもあったが、その底に静かな感情の昂りがあることを感じていた。
 時刻は21時。このユニオン駅はアムトラックのターミナル駅となっていて、駅舎も立派だ。カフェやコンビニも入っており、コンコースはまるで豪華なホテルのロビーのようだった。

ユニオン駅のコンコース

 とにかく、今日の宿を確保しなければならない。今朝、伯母の家から何軒ものユースホステルに電話をかけたのだが、どこも満室で、唯一空室があったのが「バナナ・バンガロー」という陽気な名前のホステルだった。ところが、どういうわけか予約を承れないと言う。そこでやむなく、着いたとこ勝負に出ることにしたのだった。
 駅の中に公衆電話が並ぶコーナーを見つけ、バナナ・バンガローに電話をかけようとしたが・・・、いくら番号をプッシュしても、"ブチッブチッ"と妙な音がするばかりで繋がる気配がない。このコーナーにあるいくつかの公衆電話には"Out of order"と貼り紙がしてあったので、多分こいつも壊れているのだろう。最悪なことに、投入したコインも戻ってこない。最終的には、スマートフォンからバナナ・バンガローのウェブサイトにアクセスし、そこに記載されていたフリーコールの番号を別の電話機でプッシュすると、あっけなく繋がったのだった。
 やはり予約はさせてくれなかったものの、幸い、空室数はまだ余裕があるとのことだった。電話口の女性にホステルまでの行き方を尋ねると、「地下鉄のレッドラインに乗って、ハリウッド・ウェスタン駅で降り、そこから歩けばいいわ」という。「歩けばいいわ」と簡単に言ってくれるが、実は僕は相当な方向音痴なのだ。
 (参ったな・・・)と思いながら、とにかく言われた通り地下鉄に向かう。これも初めての経験で、切符の買い方などを駅員に尋ねながら四苦八苦したが、なんとかハリウッド・ウェスタン駅で下車。外はすっかり暗く、ますます方向音痴を困らせる。僕はスマートフォンのGoogleマップを頼りに夜道を不安げに歩き出したが、結局迷子になってしまった。
 そこで、(こうなったら人力だ!)と、道中のコンビニというコンビニに入り、店員に「バナナ・バンガローというユースホステルはどこですか?」と訊きまくった。アメリカのコンビニの店員は日本のように親切な対応はしてくれない。道を教えているのか、あしらっているのかわからないような対応をされながら、最後に駆け込んだのはサブウェイだった。日本でも見かけるあのグリーンの看板が、砂漠のオアシスに見えたものだ。二人の若い従業員が丁寧に行き方を教えてくれ、なんとかホステルに辿り着くことができた。

 ホステルの入り口に立つと、看板など無くとも、「あ、これがバナナ・バンガローなんだろうな」とわかる。というのも、ジャングル風というべきか、トロピカルというべきか、独特の雰囲気を漂わせているのだ。青く塗装されたロの字型の宿舎は派手にライトアップされ、中央にはヤシの木が何本も植えられた中庭があり、オープンカーなどが停まっている。敷地に入っていくと、管理人の事務室のほかに、コインランドリーやパソコン室、シアタールームや卓球場まであるようだった。その卓球場に、ロシア系に見える女性が幽霊のように立っていた。この人が管理人かと思いおそるおそる声をかけると、自分は宿泊客だと言う。

バナナ・バンガロー(写真はTrip advisorより)

 ちょうどそこへ、サバイバル生活が得意そうなたくましい女性がばたばたと二階から降りてきて、おもむろに事務室の扉を開けて入っていった。どうやらこの人が管理人らしい。
 僕は追いかけるように事務室に入り、「あの、さっきユニオン駅から電話した者ですけど」と言うと、「あら、来たのね。でもちょっと待って」と言い、いつの間にか僕の背後に立っていた小学生くらいの男の子の方を見やった。「どうしたの?」と訊かれた男の子は、小声で、"Water…"と言っている。管理人は、「ああ、そうだった!」と言ってまた外に飛び出し、すぐそばの自販機を鍵で開けてペットボトルの水を取り出し、男の子に渡した。水はこうして頼まれると無料で配っているのか、なぜ自販機から直接なのか、色々とよくわからない・・・。
 ともかく事務室に戻ってきた管理人に、僕のパスポートを見せたり、二泊分の代金68ドルを支払ったりして、宿泊の手続きを済ませた。朝8時から11時までの間であれば無料の朝食も提供されるという。一泊あたり34ドルで一食付きはなかなか悪くないだろう。
 管理人は、謎の大きな袋を僕に渡したかと思うと、「ついてきて」と言ってずんずん歩き出し、二階の217号室の前まで来ると鍵を渡してさっさと去っていった。なんだか突風のような人だ。

 気を取り直してドアを開けると、20代前後の若い二人の男女が地べたに座っていた。二人とも欧米系で、美男美女だ。傍らにはウォッカらしき瓶が置かれていた。僕は男女相部屋と知らなかったので戸惑ったが、とりあえず「Hi」と挨拶し、日本から来た者だと自己紹介した。男の方が立ち上がり、僕に握手を求めてきたとき、突然シャワールームのドアが開き、パンツ一丁の白人の男が現れた。僕と握手をしている男は、同年代くらいのパンツ男に、「ジャポネ、ジャポネ」と僕を指して言った。話を聞くと、どうやらこの二人はフランスから一緒に旅行に来た友人らしかった。
 二人は、僕のベッドが、部屋に二台ある二段ベッドのうちの一台の上段だと教えてくれた。管理人から渡されたこの袋はなんだろうと思って中を覗いていると、今度は女の方が近づいてきて、勝手に袋の中身を取り出した。それはベッドのシーツだった。彼女はどういうわけか、親切にもそのシーツを僕のベッドにきれいに敷いてくれた。僕がたどたどしく礼を言うと、彼女はにっこり笑った。「スーザンよ。あなたは?」僕が名前を伝えると、「素敵な名前ね」と笑った。その笑顔が素晴らしく可愛いかったのだが、彼女の両目がひどく充血しているのが気にかかった
 スーザンは23歳で、オーストラリアから一人で旅行に来ており、このホステルにはすでに何泊かしているとのことだった。そんな話をしていたかと思うと、彼女は突然思い立ったようにシャワールームへと入って行った。するとすぐにドアが開き、出てきたスーザンはなんと上下黒色の下着姿だった!
 僕はあまりの急展開に、頭が混乱した。スーザンは自分から進んで下着姿になったくせに、恥ずかしそうな表情を浮かべてモジモジしている。フランス人の男ふたりはすっかり興奮したようで、酒瓶を片手に彼女に近づき、綺麗なブロンドの髪の毛を触ったり、鼻に持ってきて匂いをかいだりしはじめた。僕は内心ドギマギしていたが、アジア人の威厳を保つため、日本でもこんな状況は日常茶飯事ですと言わんばかりに、努めて冷静を装った。
 スーザンはフランス人ふたりの手をすり抜けて、僕に近づいてきた。彼女は僕のそばで体を悩ましくくねらせ、頬を紅潮させている。そして僕の耳に口を近づけて、「・・・タバコ吸ってもいい?」と訊いた。部屋の壁には思いっきり"NO SMOKING"と張り紙がしてあったが、「別にかまわないよ」と答えた。すると彼女はどこからか小さな黒い箱を取り出して、「じゃあ"weed"は?」と言った。weedというのは・・・まさか、「マリファナ?」呆気にとられている僕を見て、スーザンは小悪魔のようにキキキと笑っている。「そう、本当に気持ちいいのよ。すっごくリラックスできるの。やったことない?」あるわけがない!僕は首を振った。「そんなもの、どこで手に入れるの?」そう訊くと、うまく聞き取れなかったが、おそらくマリファナを売っている店名を口にした。「このあとその店に行くんだけど、一緒にどう?」・・・僕は一瞬だけ悩んで、断った。
 僕にとってマリファナなど、ニュースや映画で名前を耳にするだけの”遠い世界の存在”だった。しかし、今まさにタバコのような感覚でマリファナを吸っている同世代の子が眼前にいる。彼女の目の充血も、きっとマリファナの影響によるものだったのだろう。
 フランス人ふたりがマリファナをやっていたかどうかはわからないが、また彼女を挟むようにして、珍妙なダンスを踊りはじめた。そんな異様な空間の中で、僕は自分のベッドによじのぼり、無心でこの日記をタイプし続けたのだった。

【続きはこちら↓↓↓】
https://note.com/sudapen/n/n2071d2ba59e8


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