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僕のアメリカ横断記④(ロサンゼルス3日目→フラッグスタッフ)

■8月23日(火)
 ロサンゼルス最後の日。
 朝、荷造りをして、事務所でチェックアウトの手続きをとった。なぜかフルーたちの姿がなく、ちゃんと別れを言えなかったのが残念だったが、たまたま事務所の前でスーザンと鉢合わせた。彼女はリュックを背負った僕を見て、「行くの?」と訊いた。昨晩スーザンは外泊していて、結局、下着姿で現れたあの一件以降はあまり彼女と話す機会がなかったのだ。「うん、フラッグスタッフに行くんだ」と応えると、「グランドキャニオンね」と言って、またあの可愛い笑顔を見せた。僕はスーザンに手を振って、この旅の最初の宿となったバナナ・バンガローを後にした。

 今日は、”UCLA”ことカリフォルニア大学ロサンゼルス校へ見物に行く。今回の旅ではハリウッドやグランドキャニオンのような有名観光地はむしろオマケ程度で、各地の名門大学や美術館を積極的に訪ねたいと思っている。世界に冠たるアメリカの大学群や美術館群に触れる経験は、僕に知的な刺激を与えるばかりではなく、内省を深める上での良い触媒になるに違いないからだ。 

 宿の近くにあるバス停からUCLA行きのバスに乗り、約50分。市街地から徐々に緑豊かな高級住宅街に景色が変わったと思ったら、そこが有名なビバリーヒルズだ。どんなセレブたちが住んでいるのだろうと想像を巡らせているうちに、UCLAの校章を掲げた街路灯や、研究棟らしき建物が目につくようになる。
 大学に近いバス停で下車したはずが、日本の大学のような正門が見当たらず、四方向に伸びる道路と街路樹からなる殺伐とした景色が遠くまで広がっている。UCLAの敷地面積は実に1700㎡に及ぶそうだから、本校舎に辿り着くのも一苦労だ(学生ならもっと便利な場所にあるバス停を知っているのだろう)。
 ちょうど昼時で腹も減っていたので、UCLA Storeという、食堂も入っている大学生協のような建物を目指した。歩き進めるうちに、若い学生の姿も見えはじめ、だんだん大学らしい雰囲気がしてくる。広場の奥にUCLA Storeを発見し、中に入った。二階建ての広い建物で、UCLAグッズが並ぶショップから、コンビニ、ファストフード店、果てはゲームセンターまで、ちょっとしたショッピングモールのようだ。

UCLA Store

 僕は二階にあるTSUNAMIという(今となっては抵抗感を覚える店名だが)日本食の店で、サーモン巻きを食べた。まるで冷蔵庫に保存してあったのをそのまま出してきたような冷たさだったが、久しぶりの寿司だったので十分美味しかった。
 近くの席に、日本からの留学生と思われる青年二人組が座っており、聞こえてくる日本語が懐かしかった。二人のうち一人は真面目そうな感じなのだが、もう一人の方はドレッドヘアーにサングラスを乗せ、かなり大きなサイズのノースリーブシャツを着ている。若手ラッパーとそのマネージャーのようで、なんだか面白かった。

 少し敷地内を歩くと、寺院のようにも見える荘厳な建物が現れた。パウエル・ライブラリーという1920年代から存在している大学図書館で、UCLAを象徴する施設の一つである。

パウエル・ライブラリー

 職員さんに中を見学をさせてほしいと頼むと、あっさり通してくれた。蔵書数の多さには圧倒されたが、夏休みにあたる期間なのか、学生は想像よりも少なかった。コンピュータールームや自習室もあるようだったので、そこに閉じこもっていたのかもしれない。
 校内では、UCLAのロゴが入ったシャツやパーカーを着ている人がよく目についた。「ブルーインズ」というアメフトや野球などのスポーツクラブの愛称がプリントされたものも多く、オリンピック選手を多数輩出するスポーツ強豪校らしい一面が垣間見えた。

クマがかわいいスウェット(UCLA Storeウェブサイトより)

 考えてみれば、UCLAのロゴが入った衣服は日本でも着ている人をたまに見かけるくらいだから、ある種ブランド化しているのだろう。帰りに再び立ち寄ったUCLA Store一階のショップでも、ロゴや校章、そしてマスコットキャラクターらしいクマがプリントされた様々なグッズが売られていて、大学の購買部というよりもテーマパークのお土産屋さんのような雰囲気だった。
 
 15時過ぎに、UCLAを出た。このままユニオン駅に移動し、アムトラックで次の目的地であるフラッグスタッフへと向かう。
 バスに揺られていると、途中の停留所でアジア系の老夫婦が乗ってきた。自分が韓国人だからか、不思議なもので直感的に韓国人であることがわかる。老夫婦もそうだったのかもしれない。通路を挟んで僕の隣の席に座っていたご婦人の方が、まるでここが韓国であるかのように自然に韓国語で話しかけてきた。僕も韓国語で応じる(僕は英語に比べれば韓国語の方がずっと得意だ)。
 「韓国から来た留学生かい?」
 「いえ、留学生ではなく、観光です」
 日本から来たことを説明すると話が長くなるので、そこは省略。
 「申し訳ないんだけど、荷物がとても重たいから、私たちが降りるときに手伝ってくれないかねぇ」
 「もちろん構いませんが、僕は次のユニオン駅で降りるんです」
 「あぁ、そうなの・・・。私たちはもっと先まで行くからねぇ・・・」
 すると、窓際に座っていた元国連事務総長の潘基文によく似た旦那さんの方が、「学生さんに気を遣わせるんじゃないよ」とご婦人をたしなめた。僕としても荷物を持って差し上げたかったのだが、こればかりはやむを得ない。
 それにしても、あの老夫婦はロサンゼルスで何をしていたのだろうか。荷物が多いことと、服装が韓国現地のお年寄りのそれだったので、アメリカに定住しているようには見えなかった。かと言って、かなりのご高齢だったので韓国からお二人で旅行に来たともちょっと考えにくい(しかも、ユニオン駅では降りないというのだから)。日記を書きながら、今さらそんなことが気になった。
 
 さて、駅に到着した。大きな電光掲示板に、【SOUTH WEST CHIEF 6:15PM】と大きく表示されている。これは発車時刻を表示しているもので、どうやら遅延は発生していないようだ。サウスウエスト・チーフとは、ロサンゼルスからシカゴまでを結ぶアムトラックの列車名で、僕はロサンゼルスの次の停車駅であるフラッグスタッフで下車する。「次の停車駅」と書くと近いようだが、所要時間は実に10時間以上かかる見込みだ。
 駅の中にコンビニらしき店舗があることはユニオン駅に初めて着いたときから気づいていたが、よく見ると看板に"FAMIMA!!"と書かれていた。後に調べると、やはり日本のファミリーマートの海外ブランドで、1号店はハリウッドにあるらしい。店内は清潔で、ラーメンや三角おにぎり、寿司など日本食も豊富に揃えてくれている。列車の中で食べようと思い、ツナマヨとチーズ&サーモンのおにぎりに、スプリングロール(春巻き)を買った。しめて10ドルほどだが、以前に食堂車で食べたラザニアもどきよりずっと美味しそうだ。

 しばらくすると、乗客たちが簡易カウンターのようなところに集まり、係員に切符を見せはじめた。サンノゼ駅では列車のすぐそばで切符を切られたが、ここでは駅舎内で済ませるようだった。
 切符を切ってくれた係員に、何番のプラットホームから乗車すればよいか尋ねると、12番だと言う。通路を歩いていくと、1・2番、3・4番・・・と2路線ごとにプラットホームの入口が分かれており、言われたとおりに12番のホームへ続く入口から階段を上がっていった。すると、12番ホームと、その隣の11番ホームにもすでに巨大な列車が停まっていた。重いリュックを長時間背負っていたおかげで肩を痛めていたので、とりあえず12番ホーム付近のコンクリート台に腰を下ろした。
 ところが、18時になっても、12番ホームに停まっている列車は一向にドアを開ける気配がない。さすがに不安になってきたので、11番ホームの列車のそばに立っていた駅員の女性に尋ねると、「フラッグスタッフ行きはこっち(11番)よ!」と言うではないか。驚いた僕は思わず、"Really!?"と声を上げ、駅員さんももう一度、「フラッグスタッフに行くのよね?」と確認するので、そうだと頷くと、「こっちよ!」と繰り返すのだった。
 列車の前では、毛布と枕を脇に抱えた白人の男が、ガールフレンドらしい白人の女と別れを惜しんで熱いキスをしていた。それを見て、思い出した。フラッグスタッフに到着する予定時刻は明日の朝4時半なので、今晩は列車の中で寝なければならないのだが、枕と毛布を買い忘れてしまった。実はサンノゼから列車に乗ったとき、強烈な車内冷房のせいで震えるほど寒く、アムトラックに慣れている乗客たちが自前の毛布にくるまっているのを見て、(自分も買わなければ)と思っていたのだ。発車の30分も前にホームに着いていたのだから、もっと早くこのカップルを目にしていれば買いに戻れたのに・・・。
 僕はしかめっ面をしながら、バタバタと11番ホームの列車に乗り込んだ。座席は今回も二階だったのだが、そこでさらなる不運が・・・。
 アムトラックは、座席の確保はされるが席の指定まではなく自由席制なのだが、唯一空いていた席が、ゆうに100キロは超えているであろうという巨漢のおじさんの隣だったのだ!
 通路側の席だと景色も見えにくいし、コンセント穴が窓のへりに設置されているので、移動時間にラップトップで日記を書く僕にとっては窓側の席を確保できないことは致命的だった。もっと早く乗車できていれば窓側の空席があったかもしれないのに・・・、こうなったのもあの係員が誤った乗り場を僕に教えたせいだ!そうしてムシャクシャしていたものの、考えてみれば、発車の気配もなければ駅員も立っていない列車の横で、ギリギリまで異変に気づかず待っていた自分もやっぱり間抜けなのであった。

 とにかく、巨漢のおじさんの隣にソロソロと腰を下ろす。彼の体の4分の1くらいは僕の席を侵犯しているので、圧迫感が凄まじい。この白人のおじさんはサングラスをかけ、杖を傍らに立てかけており、僕が隣に座っても全く無反応だった。おいおい、愛想も悪い人なのか・・・。
 すっかり落胆していたとき、ハッと展望車の存在を思い出した。あそこならシートにゆとりがあり、たしかコンセントもあったはずだ。よし、もう今すぐラップトップを持ってこの狭苦しい空間から抜け出そう!
 そう思い、立ち上がりかけたとき、おじさんがいきなり僕の方をじっと見て、サングラスをゆっくりと外した。クリリンとした愛くるしい青色の瞳が現れ、その視線を床に落としたかと思うと、「ふぅっ」と溜め息をついている。僕が困惑していると、呟くようにこんなことを言った。
 「・・・私は旅が好きですが、ときどき嫌になることもあるんです」
 (急に何を言い出したんだ・・・)と思ったが、ひとまず浮いた腰を下ろして、話を聞いてみることにした。
 彼は(出身地はわからなかったが)、僕と同じようにアムトラックに乗って長旅をしており、自分には座席が窮屈で、尻や腰が痛くてたまらないのだと言う。また、自分の体が大きいせいでどうしても隣の席の人に迷惑をかけてしまうため、申し訳ない気持ちでいっぱいなのだそうだ。
 言われてみれば、彼は腿をぴたっとくっつけて、手を膝の上に置き、自分の体が外側に出るのを最小限にする姿勢を取っている。少し早口で喋るのが特徴的だったが、優しい心を持った旅好きのおじさんであることがひしひしと伝わった。人は見た目で判断してはいけないという教えも、今回の旅行の中で日々実感している。
 僕が、「大丈夫ですから、気にしないでください」と言うと、彼はまるで少年のようににっこりと笑った。そして、一つお願い事をしたいと言う。曰く、彼は僕と同じくフラッグスタッフで下車するのだが、スマートフォンをなくしてしまいホテルの予約ができないから、自分が手間賃をいくらか払うかわりに、僕の電話から予約をしてほしいとのことだった。
 彼が、”If I pay you some money…”と言ったときの申し訳なさそうな語調や表情の感じが、妙に僕の胸をぎゅっと締めつけた。いくらでも協力してあげたかったのだが、残念ながら僕のスマートフォンは日本のものなので電話をかけることはできない。そのことを伝えると、彼は悲しそうな笑顔を浮かべて、”I see. Thank you.”と言った。彼が頭上のラックを指差しながら、「もしかしたらバッグの中を探せばあるかもしれないのだけど・・・」と言うので、僕はしばらく席を離れるから、広くスペースを使って存分にバッグの中を探してほしいと言い残し、展望車へと向かった。

アムトラックの展望車両

 展望車にはちらほら先客がいたものの、シート同士の間隔が広いので気にならなかった。もう外は真っ暗だったので景色が見えないのが残念だったが、コンビニで買った三角おにぎりの包装を解きながら、日本を懐かしんだ。23時頃まで、そうして展望車で食事をしたり、日記を書いたりしながら過ごした。
 日記を書くことは、一次的には事実を記録する行為だが、文章の中には直接的にも間接的にも自分の考えや感情が反映される。それゆえ、自分自身の内面と対話しながら、旅の歩みを振り返るには最適なのだ。だから僕は、日記をつける時間をとても大切にしたし、幸い、アムトラックという移動手段を選択した時点でその時間はたっぷりと与えられることになった。

 席に戻ると、座席に白い枕が置かれていた。隣のおじさんもその枕で寝ていたので、アムトラックが支給してくれたものなのだろう。買い忘れた枕が手に入り、ありがたい限りだ。
 さて、眠りに就こうとするが、やはり隣のおじさんの存在感と、何より万が一寝過ごしたら・・・という心配からなかなか寝付くことができない。結局、きちんと眠れないまま、列車が到着した5時までの時間を過ごした。
 4時頃に、こんなことがあった。隣のおじさんが席を立ってどこかへ行ったのだが、僕が用を足しにトイレのある一階に下りたとき、彼は杖を傍らに置き、ドアにもたれかかって目を閉じていたのだ。その姿を見たときは、僕と同じように寝過ごすのが不安なのだろうと軽く思ったが、席に戻ってまたうつらうつらしていると、(まさか寝づらそうにしていた僕のためにああしているのか・・・?)という考えがふと浮かび、そう思えば思うほど、また胸を締めつけられた。そんな行動をとってもおかしくないと思わせるくらい、痛ましいほどに優しい雰囲気を持ったひとだった。
 このおじさんとは特別に密な会話を交わしたわけではなかったが、今回の旅の中で印象深い出会いのひとつとなった。

【その⑤はこちら↓↓↓】
https://note.com/sudapen/n/na00cfff42f3e


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