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アンサンブル・キャストも楽しいよ / 「アステロイド・シティ」

ウェス・アンダーソン監督の作品はいつも観客を楽しませようといろんなことに"挑戦"しているから好きだ。これまでも「グランド・ブダペスト・ホテル」と「ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語」を取り上げたが、あまり評価されていない2023年の映画「アステロイド・シティ」について書きたい。
これまでも何度か指摘してきたが、ハリウッドでは"主人公が複数になると客ウケしない"という定説があるらしい。こうした手法は英語で ensemble cast (アンサンブル・キャスト)と呼ばれ、もともと"異端児"ことロバート・アルトマン監督が得意とした筋書きだ。ところが、ウェス・アンダーソンもポール・トーマス・アンダーソンも、アルトマンの映画から影響を受けているので、懲りずに撮ってはあまりウケないという、負のスパイラルに陥っている。
アンサンブル・キャストにした方が映画の中の視線が複数になり、これらの物語がどう繋がるのだろうというワクワク感もあるのだが、物語に集中できない、主役に感情移入できない、などの苦情が多いのかもしれない。有名な映画でいえば、アカデミー作品賞を受賞した2004年の「クラッシュ」はアンサンブル・キャストである。そのせいか、いまいち評価の低い受賞作だ。
「アステロイド・シティ」は有名な俳優だけでも、ジェイソン・シュワルツマン、スカーレット・ヨハンソン、トム・ハンクス、ジェフリー・ライト、ティルダ・スウィントン、エドワード・ノートン、エイドリアン・ブロディ、スティーヴ・カレル、マット・ディロン、ウィレム・デフォー、マーゴット・ロビーらが出演している。おそらく安いギャラにもかかわらず、優秀な俳優たちはみんなこういう実験的な映画に出たいのだ。せっかく俳優をしているのだから、ウェスの作品のように演技力でコメディに仕立て上げる共同作業に参加したくなるのだろう。
また、アンサンブル・キャストの映画ゆえ、とにかくあらすじを書くことが困難である。それぞれのキャラクターがバラバラに動いているからだ。大雑把にいえば、ネバダ州の田舎の村でジュニア宇宙科学大会が開かれ、そこに宇宙人が現れるーー、という普通なら観る気がしなくなるような話である。ところが、ウェス・アンダーソンは相棒のロマン・コッポラとともにこれを104分楽しませる映画にするのだから大した才能である。それぞれの俳優たちが役柄にしたがって、同時に様々のことをしている様子が忙しなく漫画のように描かれていく。難しいことを考える必要もなく、ただボーッと見ているだけでクスッと笑える。
ポール・トーマス・アンダーソン監督は1999年の映画「マグノリア」をアンサンブル・キャストで撮ったが、この話は「アステロイド・シティ」ほど登場人物が多くなかった。登場人物を増やすほど収拾がつかなくなる恐れがあるのだが、ウェスはこの映画を見事に閉じた。1人の主人公をじっと見つめていたい観客が多いのかもしれないが、たまにはこうした、おもちゃ箱の中に入れられた複数のピンポン球を"眺める"ことも、映画の楽しみ方の一つだと思う。
気のせいかもしれないが、どの俳優も生き生きと演技しているように見えた。ウェス・アンダーソン監督の映画らしく、色調もどこか異世界のような雰囲気を醸し出している。COVID-19のせいで撮影は困難だったそうだが、あの辛気臭い時にこうした"おバカな映画"を撮っていたのだから、ハリウッドはまだまだ世界の映画界を引っ張るはずである。

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