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それは本当に本心ですか? / 「セックスと嘘とビデオテープ」

世の中を把握するための知能がいまいち欠けている人たちの間で流行している"スーパーヒーロー映画"について、"Nobody's fucking!"(誰もセックスしてないやん)という急所を衝くようなコメントをしたナイスガイ、スティーヴン・ソダーバーグ監督は、1989年に初めて撮った長篇映画「セックスと嘘とビデオテープ」で同年のカンヌ国際映画祭にてパルム・ドールを受賞した。当時まだ26歳だった。
予算がほとんどない独立系、いわゆるインデペンデント映画として快挙を成し遂げたのだが、こういう映画はまさにスーパーヒーロー映画の真逆と言えるだろう。超能力も爆発もカーチェイスもなく、主に4名の男女がただ会話をしているだけだ。ソダーバーグ監督はこの男女の対話、ダイアログを通して、大人の嘘を観客に示してみせた。ちなみに、この年のカンヌの審査委員長は「パリ、テキサス」や「ベルリン・天使の詩」を撮ったヴィム・ヴェンダース監督だった。良い監督は良い才能を見抜くものだ。短篇映画を撮っていたロバート・アルトマンを絶賛して世に送り出したのはアルフレッド・ヒッチコック監督だった。近頃の日本列島から良い文学や映画が登場しない理由の一つは、三流が審査しているからである。
さて、「セックスと嘘とビデオテープ」の舞台はルイジアナ州バトン・ルージュ、ソダーバーグ監督が学生の頃に住んでいた街だ。夫を愛することができなくなっている主婦アン(アンディ・マクダウェル)のところへ、夫ジョン(ピーター・ギャラガー)の学生時代の友人というグレアム(ジェームズ・スペイダー)が訪ねてくるところから物語は始まる。グレアムは女にセックスへの欲望を語らせ、その様子をビデオテープに撮影して楽しむという奇妙な趣味の持ち主だ。アンはそのことを知ってグレアムを遠ざけるものの、やがて妹シンシアと夫のジョンが寝ていることを確信すると、グレアムに私を撮影してくれと頼むのだったーー。
この映画は、夫をもはや愛していないアンが、そのことについて悩みつつ、しかし心情をセラピストにしか話すことができない、というところが出発点だった。こうした夫婦は世界に山ほど、いや、ほとんどだろう。アメリカのようにセラピーが一般的でない国ならば、誰にも言えずに心情を内に秘めたままの女が多い筈だ。この時点ではアンは嘘をついていない、すなわち心情を秘めているのだが、しかしアンは I think that sex is overrated. (セックスってそんなに重要かしら)と語る。ここでアンは嘘をついたことになる。つまり、自らの性欲を隠し、それが重要ではないという"逃避"に当たる言動をとったことで、周囲から見られているアンという姿は守られるかもしれないが、それは本心ではないからだ。
僕がいつも書いているように、語られたことは、それが語られたことだからこそ、信用できないものだ。アンが語ることは、アンが"語りたいこと"を話しているのだが、しかしその動機が逃避であったり隠蔽であることも少なくない。それはちょうど、「ワタシってサバサバした女だからァ」と聞いてもいないのに語る女はだいたいドロドロの重たい女ということと同じだ。
カメラのレンズを向けられたことで、他人やセラピストではなく、何か無機質な、あるいは神に語りかけるような状況になっている女たちは、そこで嘘ではなく本音を話しているという設定になっている。現実の世界で本音を言う機会なんて滅多にないものだという表現だろう。シンシアと夫の浮気を確信したアンは、自らの本音と向き合う決意をし、グレアムのところへ行く。グレアムもまたレンズを向けられてしまい、自らの過去と向き合うのだった。
ところが、この映画にはトリックがある。妻のアンがグレアムのビデオに出演したことを知ったジョンが怒り、グレアムに向かって「俺はお前がエリザベスと付き合ってる時に寝たもんね、あいつはベッドで良かったよ、しかもそのことをお前に黙ってたんだね」と告げて去るシーンだ。この発言によってグレアムは過去の自分、すなわちビデオテープを全て処分することになるのだが、この告白は嘘かもしれないのだ。しかし、たとえそれが事実であっても嘘であっても、グレアムが本心と向き合うキッカケになったのならば、どちらでもいいことだという解釈ができる。つまり、大人は嘘と本当のミックスジュースの中で生きているものだが、大切なことは何が事実なのかということではなく、"本心と向き合うこと"だというメッセージだ。なぜなら、多くの大人は自分のつまらないプライドや価値のために、本心すら仮装して生きているからだ。人に嘘をつくなということよりも、自分に嘘をつくなということである。
ソダーバーグが"全財産を注ぎ込んだ"という製作費はわずか120万ドルだったが、この映画は興行収入だけで3700万ドルを売り上げた。パルム・ドールに相応しい映画である。

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