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個人事業主日記 2024年6月1日

小2の息子がピアノを習い始めた。

楽器の素養がまったくない親なので教えてやることはできないが、先生に教わったことを自分であれこれ試しながら、まあそれなりに楽しそうにやっている。飽きずにどれぐらい続くかはわからないけれど、親としてはとにかく「楽しく続けていくための手助け」に徹していきたいなあ、と思う。とりあえず、自宅にちゃんとした鍵盤がある暮らしが初めてで、おれのほうがどきどきしている。

入学直前に始めたスイミングと、始めたばかりのピアノ。週1回ずつとはいえなかなか忙しそうだ。

息子が傑出した水泳選手になるかどうかや、ピアノ奏者になるかどうかは、現時点で可能性がないとはいえないが、正直どうでもいいことである。楽しくやれて、そのうちできることが増えて、直接に間接にいろいろなものが育まれる。それでいいわけだ。特に幼少期の習い事なんていうものは。

翻って、40代で個人事業主のおれはどうなんだろうな、などと考える。やってみたいことはいろいろある、が、いつ、何をやって、そのかわりに何かができなくなって、みたいなことをまずは考えてしまう。

独立の動機のひとつが「成長」だったことを思い出す。それは、まったく新しい勉強や修業を始めるというよりは、日々の業務のなかでの成長というイメージだった。新しい出会いや関係性の中で、新しい仕事をし続けて、そのつどいい仕事のためにがんばる。学ぶことをやめない。そんなようなことが自分には必要だと直感して、それをするための独立だった。

ありがたいことに新しいご縁、新しい引き合いをいただきながら、独立の目的は現状、達成されているといえそうだ。どこまで続けていけるかは自分次第でもあるし、自分にはどうにもならない外的要因もあるだろうし、わからない。

おれはこれから先、どれだけ成長していけるのだろうか。というか今、おれの思っている「成長」って、いったいどういうことなんだろうか。小2の習い事と同じで「すごいプレイヤーになれるかどうか」はわからないけど「できることが増えて、直接に間接にいろいろなものが育まれる」で、いいんだっけ?

なにも、世界を変えるようなものを作る作り手になることだけが成長のゴールではない。高みを目指すための成長というよりは、生存戦略としての成長という意識のほうが強い。それでもさあ、やっぱり「自分はそこそこの作り手でいいんですよ」って言い切っちゃうのはどうなんだろうなという惑いもある。

マンガ『左ききのエレン』の最近の回に、中堅の伸びしろの話があった。なかなかしみるところがありつつ、自分はそこまで「やった」と言えなさそうだなあという思いが残った。

傑出したプレイヤーになるために、なにをどこまで犠牲にできるか。寝ないでやるか。遊ばずやるか。原田宗典のエッセイみたいに「女房も子供も捨てちゃう捨てちゃう」をやるか。やんないよね。やりたくないよね。

中年の成長には策が要る。日々の仕事と生活の工夫の余地にアンテナを張りつつ、スケジュールをしっかり切って、やれることをちゃんとやる。誠実にレスポンスしながらマイペースを死守する。楽しむ。バリバリの若手のような圧倒的成長は難しそうだけど、ヌルッと結果的成長ならいける気がする。

それを成長と呼ぶのか。成熟か。変化か。停滞していなければ、なんでもいいか。

ヘルシーに長生きする。「無理はするな、しかし易きに流れるな」という両立は可能だと思う。

「少し多く、ずっと続けろ。」後栄治

目下成長中のスコピーをよろしくどうぞ。


【おしらせ】

札幌コピーライターズクラブ SCC賞公開審査会2024

6/8(土)13:00〜 かでる2・7(札幌市中央区北2条西7丁目)大会議室
※ご注意!昨年と会場違います!

SCCの年に一度の公開審査会。予約不要・途中出入自由で審査会を観覧できます。業界のアワードって要はお祭り。どうぞ気楽にお越しください。今年の特別審査員は高崎卓馬さんです。


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