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【創作小説】僕と「帰り道に会う」

その日、宗也そうやは一人で帰宅していた。
夕暮れ時。一人ぶらぶらと歩いていると、電柱の陰にサラリーマン風の男性が立っていることに気付く。藍色のスーツに古く黒い鞄。革靴。特に何も思わず、宗也はその人を追い越して歩いて行く。
(あれ?)
しばらく歩いて、また電柱の陰にサラリーマン風の男性を見つける。
(サラリーマンの格好て皆似てるし、違う人か)
そう思い直し、宗也は足を止めずまた進む。段々薄暗くなり、家も近付いて来た時、宗也は今度こそ足を止めてしまった。電柱の陰に、さっきの男性がいる。同じ色のスーツと鞄。靴。俯いて、その顔は分からない。宗也は一本道を歩いており、誰ともすれ違ったり追い越されたりした記憶は無かった。
(何でいつも僕より先の場所にいるんだ??)
気付いてしまうと、このまま家に帰るのが急に怖くなった。とっさに、コンビニへ寄ろうと踵を返す。
すると、今度はコンビニに向かうまで、その男は宗也より先の場所で現れ続けた。
(コンビニ出てもついてきたらどうしよう。というかコンビニに入って来たら嫌だなあ……)
考えながら歩いていて、不意に肩を叩かれた。宗也の身体が跳ねる。
「み、満寛みちひろ……?」
「どうした」
振り向くと、友人である満寛がいた。宗也は胸に手を当て息を整える。
「いや、ちょっとびっくりしただけ」
「コンビニ行くのか?」
数メートル先のコンビニを顎で示され、宗也が頷くと、満寛が歩き出す。
「俺も行くとこだったんだ。行こうぜ」
「うん」
辺りを見ても、今のところあの男性はいない。何より一人じゃない。宗也は少しホッとして、満寛に続いた。
コンビニで適当な買い物をし、宗也と満寛はコンビニを出る。
買ったお茶を飲もうとして、宗也は自分の足元が視界に入った。同時に足が止まる。あの男性の足が目の前に。革靴のつま先が、こちらを向いている。顔を上げられない。
「あ、」
満寛の呟く声が聞こえたと思うと、衝撃音と共に足元が濡れた。半透明の液体が、宗也の靴の大半を濡らす。それは水溜りを作りながら、緩やかに男の足先へも流れて行く。液体が触れた革靴は、怯んだように震えたかと思うと、男はスッと消えた。
「悪い、宗也」
男が消えた後の地面をじっと見つめていた宗也は、ようやく顔を上げて友人を見る。どうやら、満寛が開封したスポーツドリンクを落としたらしい。
「僕は大丈夫だけど。満寛、飲んでないんじゃない?新しいの買い直したら?」
「……ここで待っとけ。勝手に帰るなよ」
「うん」
足早にまた取って返す友人を見送り、宗也はスポーツドリンクの水溜りを見下ろす。
「幽霊ってスポーツドリンクも弱いのかな」
応えは無い。もうついてこなさそうだからいいかと、宗也は改めてのんびりお茶を飲む。
盛大に濡れた靴と靴下は、気にならなかった。

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