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【創作小説】扇形家奇譚「拗ねて拗ねられて」

「随分くたびれているね、勾さん」
勾楼は、真幌の部屋に入るなり、部屋の主にそう笑いかけられた。のっそりと、勾楼は真幌を見る。さらさらと、美しい黒髪が揺れた。見目の良い顔が、曇っている。
「……聞いてくれるかい?真幌」
「もちろん。お茶淹れるね」
にこにこと笑ったまま、真幌は手際良く二人分の茶を淹れた。
そしてーー
「ふうん。あの露店、昼でも開くの」
「何の気まぐれだかね。それもだけど、清水石さ」
「あの石も大層貴重で美しいものだよね。それに嫉妬されちゃったの?」
勾楼は不意に、真幌から顔を逸らす。
「……私に、良い持ち主がいるのが妬ましいとさ」
真幌は目を丸くする。
「良い物に出会えたのは僕の方で、僕の方が幸運なんだけどなあ」
不思議そうに茶を啜る真幌を、しかし勾楼は直視することが出来ない。照れである。
「ーーでも、薫が清水石を興味津々で見てたのが面白くなかったんでしょう?勾さんは」
にこにこと笑う真幌に言われ、勾楼は言葉に詰まる。
清水石は、日常ではまず出会えない摩訶不思議な、異界の石だ。見た目の美しさといい、普通の人間の子である薫が興味を惹かれるのは、何ら不思議なことではない。
それでも。同じ石の類としては、やはり少々、いやかなり、面白くない。所謂、嫉妬というもの。
「……守り石なら、私が居れば十分さね」
「うんうん。そうだね」
優しく肯定しながらも、真幌は面白そうに笑っている。
「勾さんも拗ねちゃうことがあるんだねぇ」
「……拗ねちゃいないよ」
「そういうところだよ」
からからと、真幌は笑う。勾楼はそっぽを向いたまま、清水石に言われたことを反芻する。
真幌には話していないこと。

『この娘が持ち主になってくれたら良いのに』

ゾクリとした。
清水石の水を本当に薫が飲んでしまったら、自らの領域へ取り込むつもりなのだろう。そう思わせるほどの感情が籠もった言葉だった。
勾楼は頭を一つ振る。そんなことはさせない。見ていた真幌が不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「いや。ーー真幌も薫も、私が居ないとダメだねぇ、って話さ」
まだ顔を逸したままの勾楼を見、真幌はやがて快活に笑った。
「勾さんらしいね」
笑い声を聞きながら、ようやく勾楼は真幌へ顔を向ける。
穏やかな笑みを浮かべている付喪神を見て、真幌も少しホッとしたような心境になった。
(僕が持ち主になって良かった、のかな)
真幌は勾楼と初めて会った日に思いを馳せながら、再び茶を啜ったのだった。

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