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【創作小説】佐和商店怪異集め「地蔵と歳神と佐和商店」

二十四時間営業でないコンビニ佐和商店の話。

大晦日。
いつも通り、私・芽吹菫も榊さんも出勤している。
ただ、大晦日ということで、閉店が一時間早い十時
になっている。今日は雪が降って、少し積もった。今は止んでいる。お客さんも居ない。あと少しで閉店だ。
「終わった終わったー」
入口付近を少し雪かきしていた榊さんが、中へ戻って来る。
「お疲れ様です。雪、積りましたね」
「まあ、このくらいなら明日には溶けるだろうけどな。晴れだし」
榊さんの言葉に頷いて、私も店内の掃除を始める。今日仕事を納めても、明日からまた仕事始まりなんだけど。……考えるの止めよ、今は。モップを掛けながら窓の向こうを見た私は、足を止めた。猛吹雪。いつの間に?
「うわ、何だこの吹雪」
榊さんが声を上げる。良かった、幻覚じゃなかった。榊さんと店の外へ出てみる。さっきまで少ししか積もって無かったのに、もう一面真っ白。歩道と車道の区別も付かない。膝下くらいまで積もっているのでは。呆然と雪を見てたら、店の電気が消えた。停電。街灯も周りの店の電気も消えている。一旦中に入ろうと榊さんと顔を見合わせてたら、ザッ、ザッ、とこちらへ歩いて来る足音がする。吹雪で視界が悪いのに、誰が……。浮かび上がって来る影は七つ。じっと目を凝らすと、見えて来たのは、
「……お地蔵様……?」
石で出来た、榊さんより少し低いくらいの背丈のお地蔵様が、七人。一列に並んで私達の前にいる。しかも、七人目には首が無い。笠地蔵を思い出す。あまりの光景に、私も榊さんも声が出ない。
「もうし、そこのお二人。お願いがあるのですが」
先頭のお地蔵様に、声を掛けられた。
「何でしょう」
榊さんが答える。私は少し、榊さんの背に隠された。
「我々は、心無い人間に仲間の首を奪われてしまいました。七人目の者がそうです。今その人間を追っておりますが、我々は空腹になってしまいました。何か食べ物を恵んでいただけませんか?」
お地蔵様が、食べ物を……。私と榊さんはまた、顔を見合わせる。
「渡しましょう。ホットドリンクとか、まだ温かいかもしれません」
「だな。間に合うかもしれん」
榊さんがお地蔵様たちにまた向き直って、食べ物を持って来ると伝えると、お地蔵様たちが一礼する。すると、また違う声が聞こえた。
「ここに七輪がある。どうせなら、温かいものを食べたらいい」
見れば、首の無いお地蔵様の隣に、古びた着物姿のお爺さんが立っていた。両手に七輪を抱えてにこにこ笑っている。
「七輪?」
榊さんの声が裏返る。妙な客ばかり来るし、吹雪だし、声も裏返るだろう。でも、こんな吹雪で七輪を使っても、火は直ぐ消えそう。榊さんは雪を被りながら唸り、提案した。
「かまくら作るか」
「かまくら?」
今度は私の声が裏返る。
「停電が復旧するまで、どのみち寒いしな。すみちゃんはとりあえず食べ物と飲み物集めてくれ。俺はかまくら作るから。寒いから、着て来た上着羽織れよ」
吹雪は止む気配が無い。やるなら急ぐしかなかった。私は頷いて、上着を着に中へ入る。榊さんの上着、軍手も取って来て渡す。その後で、私は食べ物、飲み物を集める。ホットドリンクがまだ温かいから、先にやって来た八人に渡した。七人目のお地蔵様は飲めないけど、持ってるだけでも温かいだろう。それから彼には、店にあった手ぬぐいを首元に掛けて結ぶ。
「首が戻ったら、支えに使ってください」
言ったら、そのお地蔵様に優しく握手された。感触は確かに石なのに、温かい気がする。着物のお爺さんも、笑って頷いた。後は、榊さんの手伝い。ちゃんとしたかまくら作るの何年ぶりだろ……。
運動靴だから、もう足は濡れて感覚が無い。私も軍手をしてるけど、こっちもやっぱり濡れて感覚が消えた。鼻も痛い。でも、ずっと動いてるから若干暑い気もして変な感覚だ。せめて吹雪が止んでくれたら良いのに。二人で一心不乱に作業し、駐車場にかまくらが二つ出来た。一つ当たり、五人は入れる。 
「お疲れ……すみちゃん」
「私は少しお手伝いしただけですよ……ありがとうございます、榊さん」
言ったら、積もった雪を払うように、頭を撫でられた。かまくらの一つに七輪をセットして暖かくなると、誰からともなく歓声が上がる。こういう時の火の安心感は凄い。大晦日っぽいかな、という考えで選んだおにぎりとお餅をメインに、廃棄がもったいない食料を焼いて行く。止まると動けなくなりそうだから、私も榊さんも二つのかまくら間を動き通しだった。
お地蔵様たちはどの食べ物も美味しいと言って、全て食べてくれた。ひとしきり食べ、お地蔵様たちがかまくらから出て来る。感覚が麻痺してるけど、凄い絵面だと思う。話、あんまり覚えてないけど、笠地蔵のお爺さんお婆さんもこんな気持ちだったのだろうか。
「お二人、本当にありがとうございました。暖かいもてなし、忘れませぬ。首を持つ人間も近い故、そろそろ参ります」
お地蔵様七人は、深々と頭を下げて、雪の中へ消えて行った。
「人の世にある地蔵たちも大変だ。まあ、歳神手ずから用意した七輪で物を食べた地蔵だからなぁ、並の戒めにはならぬよ、首を持つ人間は」
怖い声で笑って、お爺さんはお地蔵様たちの消えた雪道を見ていた。
このお爺さんて。私は榊さんに手首を掴まれ、そっと彼の方へと引き寄せられる。
「地蔵の首を取るような人間もいれば、人ならぬモノにも等しく手を差し伸べるお前たちのような人間も居る。本当に人の世は面白いなぁ」
お爺さんは七輪を抱えて、ふわりと浮く。吹雪は止んでいた。
「美味かったぞ。礼を言う。来る年も見守っているよ」
「あ、ありがとうございます……」
私と榊さんで、ようやくそれだけ言えた。お爺さんもとい、歳神様は、にっこり笑って夜空に消えた。近くのお寺から、除夜の鐘をつく音がする。榊さんが時計を見た。零時。年明け。
「年、明けたぜ。すみちゃん」
私たちは、顔を見合わせた。店が明るくなる。街灯も点いた。停電が復旧したのだ。あんなに積もっていた雪が、消えている。かまくらも無い。
お地蔵様たちも、歳神様も、彼らの居た痕跡が何一つ無くなった店の前で。私と榊さんはどちらからともなく笑い出していた。
「……すみちゃんが、こんな時一緒に笑ってくれる娘で良かったわ」
ようやく落ちついたらしい榊さんが、しみじみと言った。私が笑うのは、
「榊さんだから、笑ってるんですからね。誰とでも笑える訳無いでしょう」
「……愛してる」
「えっ、このタイミングで!?もっと違うシーンで言うんじゃないんですか」
「これからたくさん言うから。どのシーンでも良いんだよ」
榊さんを見れば、優しい目で私を見てる。それ以上は、何も言えなくなった。
「……新年ですね。今年もよろしくお願いします、榊さん」
「おう。よろしく頼むわ、すみちゃん」
やっぱり、新年という実感が全く無くて笑ってしまった。榊さんもつられて笑っている。
「年越したけどな。俺の家で年越し蕎麦食おうぜ。温かい物食いてぇ」
「ご馳走になります」
最後まで変な目に遭った年だった。いつも通りと言えばいつも通りだけど。ゆっくり振り返る間も無かった。また無事に一年。過ごせますように。
祈るともなく祈って、私は榊さんと店へ戻った。

どこからか、断末魔のような悲鳴が聞こえた気がしたけど、気のせいだったかもしれない。

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