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【創作小説】佐和商店怪異集め「クリスマスループ」

二十四時間営業でないコンビニ佐和商店の話。

今日はクリスマスイブ。
私・芽吹菫は、賑わう通りを抜けて、佐和商店へ向かっていた。榊さんによると、イブもクリスマスも忙しいらしい。ケーキの予約、結構受けたから多分引き渡しとかそういうのもあるんだろう。
そんなことを考えながら、店近くの交差点まで来た時。衝撃音とクラクションが鳴り響いた。パッと、道路を見る。赤いコートの女性が倒れていた。血溜まりがゆっくり広がっている。足があり得ない方に曲がっていて、一目でもう助からないことが見て取れた。悲鳴や怒号が一拍遅れて響く。だけど、私が彼女の身体を見たのは一瞬。その身体の側に、当の本人が呆然と立っていたからだ。幽霊。
「あ……」
手には何故か真っ赤なキャンドルを持っている。彼女は亡骸となった自分の身体には目もくれず、交差点の向こう、公園の方へ走り去って行った。何が出来る訳でも無い。私は頭を振って、救急車とパトカーのサイレン音を背に、また歩き出した。

「白水タワーの鐘、鳴るらしいじゃん」
忙しさの合間。榊さんが不意に言った。
「そうらしいですね。今夜零時と、明日の零時の限定でしたっけ」
駅前に、一応シンボルと銘打って、白水タワーという建物がある。そこには、教会にあるみたいな鐘があるのだけど、故障と管理の問題で、長いこと鳴っていなかった。それが、今日のイブと明日クリスマスの日限定で鐘を鳴らすらしい。深夜零時だから、騒音的な意味で心配だけど。
「どうせなら大晦日にすりゃ良いのにな」
「あれは多分、除夜の鐘的な意味のある鐘じゃないですよ」
白水タワーの鐘も泣くんじゃないか。そんな鳴らされ方。榊さんはからからと笑った。その後はずっとバタバタして、気付いたら閉店時間。確かに、前榊さんが言ってた『ケーキ売りロボット』という言葉に納得してしまう。疲れた……。外に出ると、イルミネーションの明かりが煌めいている。駅前からこの佐和商店のある場所も、イルミネーションの範囲。
「お、ピカピカしてんな〜クリスマス滅びろって願かけとくか」
「イルミネーションも困りますよ……そんな願かけられても」
忙し過ぎて話す時間がほとんど無かったせいか、いつも別れる場所に着くまで結構駄弁ってしまった。あっという間。
「プレゼントは明日な。明日終われば落ち着くし、駅前のイルミネーション見に行こうぜ。クリスマス抹殺だ」
「だから違いますって」
疲れているのに、つい笑ってしまう。本当に困った人だ。
榊さんと別れて、無事家に着く。ベッドに座った時、ゴーン、と遠くで音がした。タワーの鐘。本当に鳴ってる。疲れからか、目眩がして視界が真っ暗になった。

目が覚めた。朝。
布団掛けた覚えがないけど、ちゃんとベッドに入って寝てる。スマホを見て、二度見した。十二月二十四日。クリスマスイブ。
「何で……?」
今日はクリスマスのはず。リアルな夢でも見てたのか。私は混乱したまま、しばらく起き上がれ無かった。

午後。
賑わう通りを抜けて、佐和商店へ。交差点が近付いて来て、クラクションと衝撃音。ハッと道路に目を向ければ、倒れた赤いコートの女性。まさか……。広がる血溜まり。悲鳴。その傍らに、彼女本人の霊。手には赤いキャンドル。呆然としていた彼女は、交差点の向こうへ走り去る。全部、昨日見た光景。
「……どうなってるの」
私は何も分からないまま、店へ向かった。

「白水タワーの鐘、鳴るらしいじゃん」
「……え?」
昨日と同じ言葉に、固まってしまう。榊さんは不思議そうに私を見る。
「知らないか?今夜と明日零時限定で鳴るって話」
「……知ってますけど、昨日もその話、しましたよね?」
榊さんは首を傾げた。
「そうだっけか?まあ、どうせなら大晦日にすりゃ良いのにな」
「……あれは、そういう鐘じゃないですよ」
答える声が震えそうになるのを抑える。これは何?夢?だけど、忙しいことには変わりなく、閉店までは無心で仕事をした。
帰り道も、昨日と一緒。榊さんと駄弁って、明日のクリスマスにプレゼントを交換して、イルミネーションを見に行く約束をする。それで別れた。
「今日って、何だったの……」
疲れより、不可解さで、ベッドに座る。ゴーン、とまた鐘が鳴った。それが合図みたいに、視界が真っ暗になった。

目が覚めた。朝。
ベッドに入ったまま、私は真っ先にスマホを見る。十二月二十四日。クリスマスイブ。
夢なら覚めて欲しいけど、夢では無いような気もする。
それからは、鐘が鳴る度、同じクリスマスイブを何回も繰り返した。

「……流石に無理」
多分十五回目くらいのクリスマスイブ。
私は疲労感でベッドから起き上がれなくなった。忙しい日が十五回。連勤状態。何の手掛かりも得られない。身体は多分疲れてないはずだから、精神の問題だと思う。でもどうなんだろう……。身体も疲れてるんだろうか。ループなんて初めて経験するから分からない。そんな経験要らなかったんだけど。店長の吉瑞さんに連絡した後、榊さんに連絡した。
「吉瑞さんか魚住さんが行くそうなので」
“そんなことよりちゃんと休めよ。声やべーぞ”
「……ありがとうございます」
榊さんには、三回目くらいでループの話をした。信じてくれたけど、鐘が鳴ると、その二十四日に起きたことを全て忘れてしまうようだった。周りの人たちも同じ。だから、榊さんに何度話しても、彼の中で無かったことになってしまう。私がループしてることが。最初のイブの日のまま変わらない榊さんに、いろんな気持ちになって泣きそうになる。何とか堪えて電話を切った後、そのまま寝た。これ、次起きたら二十五日になってないかな……。
夕方に起きた。もう外は暗いけど、二十四日のまま。私はぼんやりと天井を見てた。ループする原因は一体何か、考える。でも、頭が働かない。もう一回寝ようか。無音が少し怖くて、テレビを点けた。ニュース番組を見るともなく見ていた私に、鮮やかな赤が飛び込んで来た。あの交差点の事故。思い出したく無い。バラエティ番組に変えて、また横になった。身体が重い。沈むような感覚と共に、私は目を閉じた。

スマホが鳴る音が聞こえた気がして、目を開けた。
時刻は、零時十分前。私はのろのろと、相手も見ずに電話に出る。
「もしもし……」
“すみちゃんか?大丈夫か?”
ああ、榊さんか、としか思えなくて、私の精神もそろそろヤバいのかもしれない。
「……今日はすみませんでした」
“謝るな。体調まだ悪そうだな”
「朝よりは」
良いです、と言いかけて、虚しくなって来た。あと五分で鐘が鳴る。こうして電話をくれたことも無かったことになって、榊さんは二十四日に戻ってしまう。
“……何かあったか?”
「いえ。……榊さんは、過去に戻りたいとか、この時が永遠に続けば良いとか、そういうこと考えたこと、ありますか?」
“何だ?急に”
「ただ聞いてみたいだけです」
“無いね。進み続けてれば、過去より、止まった時間より、良いもん見られるだろ。いつかは”
榊さんらしい。電話の向こうの声は、笑った。
“それに、ずっと同じ場所にいてもつまんねーだろ”
それはそう。
“すみちゃんはどうなんだよ”
「私も……無いですね。辛くても明日へ行きたいと思ってます」
自分の言葉が重く、胸に響く。
お礼を言って、電話を切る。何も解決してないけど、少しだけ気持ちが落ち着いた。
この、明日に行けない今日は、何処へ行くんだろう。哲学みたいなことを考えている内に、鐘が鳴った。一番無駄なクリスマスイブだったかもしれない。

朝。クリスマスイブ。
起きたら身体が少しマシになってた。
これからどうしよう。哲学を考えても仕方ない。悲観してばかりもいられない。ループが起きた原因は何か。今日の中に何かあるはず。
今回は事故現場を見たくない。私は少し時間をずらして店に向かった。
人集りも悲鳴も落ち着いた交差点に差し掛かり、私はすっかり油断していた。前方から誰か走って来て、激突する。勢いで、よろめいた。
「すみません、大丈夫ですか」
「あなた!私が分かるの!?」
げっ、嫌な台詞。言われ慣れているから分かる。こんなことを言うのは大抵ーー
「私、やっぱり生きてるわよね!!?」
真っ赤なコートに赤いキャンドル。ついさっき亡くなったばかりのあの女性が、立っていた。

交差点を渡った先、駅前の公園。
彼女の名前は、ユウミさん。赤いコートを着た彼女は、ベンチに座って、キャンドルを握り締めている。私より少し上くらいの歳に見えた。今まで分からなかったけど、若い女性だったのだ。
「私、恋人のとこに行く途中だったの。先週プロポーズされてね。返事をするのが今日。本当は直ぐ返事するつもりだったけど、彼が、クリスマスイブで良いよって言ってくれたの」
ユウミさんは、その時に……。胸が痛い。掛ける言葉が一つも浮かばないから、気になってたことを聞いてみた。
「そのキャンドルは、どうしたんですか?」
「恋のおまじないよ。キャンドルの側面に願い事を彫って火を灯して、願い事を唱えたら火を吹き消すの。十日くらい続けなきゃいけないんだけど。このおまじないを続けてたら彼からプロポーズされて。最終日が今日だから、今日キャンドルを吹き消して、土に埋めればそれでおしまい」
なかなか面倒なおまじない。手間と日数が掛かってる分、念が強そう……。そわそわしている彼女は、本当に恋人の元へ行きたくて仕方ないんだろうな。でも。
「ユウミさん、」
声を掛けた瞬間、彼女は勢い良く立ち上がった。
「やっぱり、事故なんて夢よね!あなた話聞いてくれてるし!ありがと!」
私が何か言うより先に、彼女は駆け出した。もう何度見ただろう。彼女の後ろ姿はパッと消える。私は伸ばしかけた手を下ろして、彼女の消えた道を見ていた。前回休んだことに続けて、最初のイブとは大きく違うことが起きた。ループの原因は彼女?分からない。私はスマホを見て急いで店に向かった。遅刻だ。

「すみちゃんどうした。遅刻はともかく、げっそりして」
「……すみません本当……いろいろありまして……」
これから忙しさの修羅場を潜り抜けないといけないのに、少し走っただけでもう疲れた。
「ふーん」
榊さんの目が鋭く光る。これは納得してない目。説明するか悩む。今日も結局忙しい。どうしようかな、と考え事が出来るくらいには身体に叩き込まれてしまったイブの流れを再現しつつ、夜は更けた。
「すみちゃん、おかしいぜ」
「え?」
閉店間際。
私は掃除の手を止めて、榊さんを見る。何時になく真剣な顔をしていて、私は身体ごと榊さんに向き直った。
「おかしい、というのは」
遅刻したことか、疲労困憊なことか、どっちもか。
「今日の動き、立ち回り。まるで前から、どう動けば良いのか、これから何が起こるのか、知ってるみたいな動き方してる。仕事が出来るから、だけで起きる動きじゃない。何だ……そう、未来でも見て来たみたいな動きだ」
どれでもない。でも、周りを見てて仕事が出来る榊さんらしい指摘。ループして来て、初めて言われた。何だろう。歪、みたいな。世界にひびが入っているような、何か変わろうとしてるような微かな予感めいたものを感じる。
「……何か、話したいことあるんじゃねぇの?」
言葉を発せない私に、榊さんはそう言って笑った。
何も知らないはずなのに、全てお見通し、みたいな目が狡くて、優しい。
ここで働くまで、榊さんと出会うまで、一人で不可思議に立ち向かわないといけない場面が多かった。そして多分、どこか自棄だったと思う。いつもこの世のモノじゃない存在にちょっかい出されて、自分にしか分からないなら、もうどうでも良いと、少し思っていた。今、どうしようもなく、また独りきりなのに。榊さんに会う度、声を聞く度、何度繰り返しても、諦められない。自棄になれない。このままじゃ嫌だ。榊さんと、明日へ行きたい。
「……時間が無いので、とりあえず聞いてもらえますか。突飛な話ですけど」
榊さんが、にやっと笑う。
「もちろん」
私は深呼吸して、ループとユウミさんの話をした。

閉店後、私と榊さんは、事故のあった交差点へ向かった。
もし本当にループにユウミさんが関わっているなら、何か手掛かりがあるかもしれない。二人で話して、そういうことになった。
人も車も、あまり通行が無くなった交差点の真ん中。嫌に浮く真っ赤なコートとキャンドル。ユウミさんだ。だけど、昼間と全く雰囲気が違う。真っ黒などろどろしたモノに半分ほど姿が変わっている。
榊さんに腕を引かれて、立ち止まった。
「本当にあの人なのか……?」
「ええ。でも、」
言いかけて、ユウミさんがこちらを向く。
「私……私は死んでない……死んだりしてない……あの人から貰った柊のブローチ……見つからないの……おまじないは成功したのに……何で……」
悪いモノに成りかけている。息を呑んだ瞬間、ユウミさんだった黒い塊が飛んで来て、どろりと私を飲み込んだ。寒い。冷たい。視界が真っ黒になる。
「すみちゃん!」
榊さんの声に被せるように、鐘が鳴る。視界は真っ黒なまま、何も分からなくなった。

朝。ベッドで、最悪な目覚め。
スマホを見たら、クリスマスイブ。また、戻って来た。今度ばかりは死んだと思ったから、また、しばらくベッドから出られ無かった。
しばらく深呼吸してたら、スマホが鳴る。榊さん。
段々、最初のイブとズレが出て来てる。
「もしもし」
“すみちゃんか?”
ループしてるから当たり前なんだけど、榊さんが無事でとりあえずホッとする。
「どうしました?榊さん」
榊さんはループの記憶を持たない。何で連絡をくれたのか。
“……いや。待ってるから。店、必ず来いよ”
「え?分かりました」
何か変。違和感を覚えたけど、ユウミさんがどうなってるのかも気になって、ようやく起き上がれた。

結果的に、事故は起きた。ユウミさんが亡くなる事実は変わってない。
本当は、幽霊になったばかりのユウミさんを捕まえた方が早そうだけど、今朝の榊さんの言葉も気になったから、とりあえず店に向かった。
店に入って、挨拶の途中で榊さんに腕を引かれる。何!?事務所に引っ張り込まれて、声を上げる前に抱き締められた。腕を掴んでた時は強かったのに、今はびっくりするほど優しい力。
「……榊さん?」
「生きてるな、すみちゃん。あれに呑まれた時……死んだかと思った」
言葉が出ない。何で?どうして?榊さんが前回のイブの晩のことを覚えてる訳ないのに。
離れた榊さんが、私を見て笑い出す。
「俺が昨日のイブのこと覚えてて訳分からん、って顔してるな。すみちゃんももちろん覚えてるよな?昨日の、まあ今日もだけど、イブのこと」
「……当たり前です。何回ループしてると思ってるんですか」
「怒るなってー。俺も昨日の晩からループに乗ったらしい」
「え」
何で。ループから抜け出す方法を探していたのに、見つかるどころか榊さんも巻き込むなんて。嬉しいような、安心するような。でも、いざこうなるとやっぱり申し訳無いような、複雑な気分になる。
「そんな顔すんなよ。一人より二人だろ?」
「私に巻き込まれたのに、丸め込まないでください……」
榊さんは楽しげに笑う。
「俺はすみちゃんに巻き込まれたなんて、思ってねぇけど?」
言葉に詰まる。この人は何でいつも……。
「考えようぜ、ループを終わらせる方法」
のんびり笑う榊さんに、私は息を吐き出した。一人であんなに悩んでたのが、バカらしくなる。
「そうですね」
榊さんがいたらもう大丈夫な気がして、私も大概だと思った。

「この際」
「ん?」
閉店間際の掃除をしながら、私は思いついたことを口に出していた。イブの仕事において、私と榊さんは無双状態になったので、やっぱり考え事をする余裕がある。
「ユウミさんが原因だろうとなかろうと、彼女には何とか……自分のことを分かってもらった方が良いと思うんです。あのキャンドルのおまじないも気になりますけど」
「最後は土に埋めるやつ、まだやって無いんだっけか?後は……柊の葉のブローチ、か」
「多分、事故の時に失くなったんでしょうけど……」
榊さんは顎に手を当て、空を睨んでいる。
「交差点の側まで行ってみるか。また彼女がいたらやべーから、物陰に隠れて」
私は頷いた。

閉店後、交差点へ向かう。
物陰に隠れてそっと伺うと、ユウミさんがいた。でも普通の、前昼間に会った時と同じ姿だ。道路に屈み何かを必死に探しているみたいだけど、やがてふらりと立ち上がって公園の方へと消えた。
「榊さん、柊のブローチ、探してみてくれませんか?私、ユウミさんのとこに行きます」
「おい、」
榊さんに、腕を引かれる。
「時間もありませんし。それに、何かあってもまた戻りますよ」
無策に近いけど、最初からあの姿じゃないし。
「……やっぱり、同じ行動を繰り返してる訳じゃない彼女が、ループの原因なのかも」
分からないけど。榊さんが、溜息をついて手を離す。
「ある程度探して見つからなかったら、直ぐ行くからな」
「ありがとうございます」
私は公園へ向けて駆けた。
公園へ入ると、あの時話したベンチに、ユウミさんが座っている。バックにはイルミネーションのぼやけた明かりがあって、何かの写真みたいだった。
ゆっくり、彼女に近付く。
「……ユウミさん」
のろのろと、ユウミさんは顔を上げた。泣いている。
「……あなたね。私のこと、覚えてるの?何がどうしてこうなったの……!?私、どうしちゃったの……今日はクリスマスイブよね?こんな時間になっても、この公園から先に行けないのよ……あの人に会えない……柊のブローチも失くしちゃうし……鐘が鳴る度に、イブの朝に戻って……それで、」
何故ループが起きているのかは分からない。でも私は多分、彼女の死に居合わせたから、それに巻き込まれた、そんな気がした。泣いている彼女にこんな事実、伝えたくない。でも、もう時間は止めてちゃいけない。誰にとっても。私は、息を吸い込む。
「……ユウミさん。貴女は、昼間の事故で亡くなっているんです。今の貴女はもう、」
「嘘よ!!」
彼女の悲鳴のような絶叫が被さる。どうしようも無い痛みが、胸に広がった。彼女の足元から、その色が真っ黒になりつつある。このまま、ユウミさんが自分の死を認められなかったら、もしかして。悪霊化するのかも。
もし。私が大切な人に何の想いも伝えられないまま、幽霊になったら。私も留まり続けてしまうのだろうか。昔は何となく分かる気もしてた。けど今回、嫌ほど同じ時間を繰り返して、思い知った。やっぱり前には進みたい。
「本当にそれで良いんですか!」
声を張り上げた私に、彼女が怯んで、色が元に戻る。
「ずっと同じ時間と場所でぐるぐる留まって。大切な人に伝えたいこと、このままじゃ本当に伝えられなくなりますよ!おまじないでも、柊のブローチでもなく、貴女が本当にしたかったことは何だったんですか?」
ユウミさんは我に返ったように、私を見た。
「私……私は、あの人に、『大好き』って言いたかった……」
そう言う彼女は、悪霊化しかけた幽霊じゃない。大切な人に会えなくて悲しんでいる、一人の女性だった。
「でも……どうしたら良いか……」
「私も分からないですけど……ユウミさん、キャンドルのおまじないをしてましたよね?それ、土に埋めてとりあえず終わらせてみたらどうでしょう」
ユウミさんは、手に持つキャンドルを見て、頷いた。死んでも持っているんだから、相当気にしてるんだろうし。
「やってみるわ」
公園の隅の地面に、彼女は手で穴を掘る。出来た空間に、キャンドルを入れた。
「ありがとう……願いを叶えてくれて……」
土を被せ、それを完全に埋める。私はただ、横で見守ってた。ユウミさんが、その地面を見ながら、ポツポツと話し出す。
「ごめんなさい……貴女を巻き込んで。今、埋めてみたら……段々思い出したわ。事故は一瞬で、記憶が無かったから、死んでないと思いたかった。本当は気付いてたのに、」
生きている私は、何も言うことが出来ない。
揃って立ち上がる。ユウミさんは、遠くのイルミネーションへ目を向けた。ふふ、と小さく笑う。
「こんなことなら、さっさと答えてれば良かったんだわ。はい、って。ただそれだけを、言いたかったのに……」
ユウミさんの横顔は、凄く綺麗だった。
少し惚けて見ていたら、悪寒がする。この気配。
私とユウミさんは、ハッと振り向く。
ベンチの影から、真っ黒などろどろしたモノが湧き上がって来る。悪霊と呼ぶには足りないくらい、何か、悪いモノ。伸び上がって、私たちに向かって来る。取り込むつもり、
「すみちゃん!」
横から飛び込んで来た榊さんに突き飛ばされ、私たち三人は転がった。榊さんに起こしてもらって、立ち上がる。
「あったぞ、ブローチ」
「えっ、」
私とユウミさんが短く叫んだ。榊さんがポケットからブローチを取り出して、手に乗せる。銀色の柊の葉。そのブローチが、急に光った。私が首から提げていた水晶のネックレスも。また襲って来た悪いモノは、その二つの光に弾かれて、消える。あっという間だった。何も居なくなった公園は、静かになる。何の気配も無くなった。柊の葉は魔除けって聞くけど、凄い威力。もちろん、お守りの水晶も。
「私のブローチ……良かった」
「ほら。もう失くすなよ」
榊さんが、ユウミさんの手にブローチを渡す。
ユウミさんは、それをじっと見つめ、目を閉じた。
「ありがとう……会えなくなっても、会いに行くから……」
ユウミさんは綺麗な光になって、消えた。
唐突に消えたから、私はしばらく、その場所を見つめる。榊さんが、慌てた様子で時計を見た。
「時間!鐘!」
「あ!」
言った瞬間、鐘が鳴る。だけど、視界が真っ暗にならない。あれ?
ゴーン、と鈍い音を聞きながら、私と榊さんは顔を見合わせる。
「どうなってんだ?」
恐る恐る、スマホを見る。二十五日。零時。
「二十五日になってる……」
「本当か!?」
榊さんもスマホを出して、声を上げた。
「やったな」
「あんまり実感無いですけど」
深呼吸する。終わった。新しい夜。ループから抜け出せた。

二十五日の朝。クリスマス。
朝日が柔らかく感じた。スマホを見る。確かに二十五日。身体がめちゃくちゃ重い。だけど不思議と、悪い気はしなかった。

夕方。
佐和商店へ向かう。
あの交差点まで来た時、一人の男性が、電信柱に花束を手向けている。コートの胸元には、銀色の柊の葉。まさか。男性はしばらく、花束を見つめていたけど、やがて歩き出した。そのポケットから赤いリボンがするりと落ちる。私はそれを拾って、男性へ声を掛けた。
「あの、落としましたよ」
男性はリボンを受け取り、それをまた見つめる。
「ありがとう。昨日、彼女をここで失ったばかりで……プレゼント、渡す予定だったから」
何も言うことが出来ない。ユウミさんは、あの後どうしたんだろう。
「昨日の夜にさ、その彼女が来たんだ。『ありがとう。大好き』って、言ってくれた。俺が贈ったこのブローチを渡してくれたんだ。大事にしてくれてたんだな。最期に、持って来てくれるくらい」
男性は胸元の柊の葉を示して、笑った。
ユウミさんは、会いに行けたんだ。最期の最期で、ちゃんと公園を越えられた。
「すまない。いきなり。変な話をしたね。自分でも信じられなくて」
私は首を振る。
「会えて、良かったですね」
「ありがとう」
男性は、目元を拭って、歩き去って行く。私はそれを見送って、店へ向かった。私も、ちゃんと伝えよう。自分の気持ちを。伝えられる内に。

今日も忙しかった。まだイブなんじゃないかと、疑ってしまうくらいには。
「終わったな〜〜ケーキ売りロボット終了だ」
「お疲れ様でした」
私と榊さんは仕事終わり、駅前のイルミネーションを見に来た。人はまばら。明かりが無数に輝いている。
「お疲れ様は、すみちゃんだろ。長いイブだったな」
「もう二度と経験したく無いです、ループなんて……」
ユウミさんと恋人の話をしたら、榊さんもホッとしたように笑った。
「会えたんだな。良かったじゃん。一時はどうなるかと思ったが」
木の下にあるベンチに座って、私と榊さんは、リクエストし合ったクリスマスプレゼントを交換する。
お互い、腕時計。こんなことある?とびっくりしたのが、なんだかもう懐かしい。
「まさか被るとはな」
「変えても良かったんですよ?」
「その言葉、そっくり返すぜ?」
「欲しいなら、良いじゃないですか」
榊さんが堪え切れなくなったように笑う。
プレゼントの箱を開けると、濃い紫色の革バンドに、淡い紫色の文字盤が煌めく時計。もったいないくらい、良い時計。
「ありがとうございます」
「俺も。ありがとな。気に入った」
早速着けてる榊さんの腕時計は、濃い茶色のバンドに、白い文字盤のシンプルなもの。めちゃくちゃ悩んだけど、合っててホッとする。私も今まで着けていた時計と着け替えた。しばらく時計を見た後、遠くのイルミネーションへ目を向ける。何も無かったみたいに、当たり前に過ぎて行く時間。明日が来ることは、当たり前じゃない。ユウミさんと出会って、分かった。
私は散りばめられた明かりを見ながら、口を開く。榊さんを見てしまったら、きっと言えないから。
「榊さん。私、明日もその先も、榊さんとずっと一緒にいたいです」
「……それ、もしかして愛の告白ってやつ?」
こんな時まで、この人は!思わず、榊さんを見てしまった。
「何で先取っちゃうんですか」
「あー……やり直すか?」
バツが悪そうな顔をしている。無性に、可笑しくなって来た。また、イルミネーションへ目を戻す。
「しませんよ。……そういうところも含めて、榊さんのこと、好きなんですから」
横から、榊さんの笑い声が聞こえる。
「本当に面白いな、すみちゃんは。ーーいや、」
ぐいと手を引かれ、榊さんの方を向かせられた。
手は解けない。
「俺も好きだぜ、すみちゃんのこと。宜しく頼む」
「よろしくお願いします」
榊さんはにやっと笑った。
「ところですみちゃん。ここが何の木の下か知ってるか?」
何の木?
「はい?知りませんけど」
榊さんは屈託なく笑う。少しドキリとする。
「すみちゃんのそういうとこ、持ってるよなあ。ここはヤドリギの下。でもって、女性はこの木の下ではキスを拒めない。だから、」
「え、」
私は引き寄せられ、顎をくいと持ち上げられる。
見上げた榊さんの瞳は、イルミネーションの光が乱反射して、宝石箱を覗いてるみたいな。見惚れてたら、彼は微笑んだ。
「黙って奪われてくれ、菫」
溢れた想いは唇ごと、一瞬で塞がれた。
タワーの鐘が鳴る。祝福の鐘。一瞬そう思ってしまったけど、間違ってはいないんじゃないかな。

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