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【創作小説】剣と盾の怪奇録「新天地と人形」

一人暮らしの僕の部屋が不審火により焼失したのは、夏の終わり頃のことだった。
大学に行っていたので、僕自身は怪我一つ無く無事。その後のごたごたも一段落し、とりあえず友人宅にでも泊めてもらおうかと思っていたら、叔父さんから連絡が来た。祖父の葬儀後、連絡先を交換し、無事繋がることを確かめて以来だ。
「叔父さん?どうしたんですか」
“お前、家無いだろ、今”
「……無いですね」
何で分かった?とか、それでどうして電話を?とか、いろいろ頭を駆け巡ったけど、言葉として口から出て来たのはそれだけだった。
“うちに来いよ”
「はい?」

そんな訳で、僕は叔父さんの家にいる。
思ったより、僕の通う大学と近い場所にあった。古い道の、古びた小さな石橋を渡った先にある雑木林に囲まれた、二階建ての一軒家。荒れてるけど庭もある。
「この家、叔父さん一人で住んでるんですか?」
「おう。一応な。部屋は好きなとこ使って良いけど、二階をおすすめする」
玄関先で出迎えてくれた叔父さんは、相変わらず人一人殺った後みたいな目で笑っていた。今日は、白地に、黒い大きな龍がぐるぐるしている柄のシャツを着ている。こういうの、どこで見つけるんだろうか。耳元の大きな金魚も変わっていない。
「ありがとうございます」
よく分からないが、とりあえず二階に上がってみる。外観は年季が入っているように見えたが、中は意外とそうでも無い。洋室も和室もあり、とりあえず階段寄りの和室へ入った。押入れと窓があり、日当たりの良い静かな部屋だ。背負って来たリュック一つをとりあえず置いて、僕は少し座ってしまった。思ったより疲れたみたいだ。しばらくそうしていると、静かな二階に、不意にちりん、と音がした。鈴、みたいな。気のせいかと思ったけど、再び鳴る。叔父さんかと思い、廊下に出た。誰もいない。するとまた、ちりん、と鳴った。奥の部屋からだ。二階はあと二部屋ほどあり、和室洋室が一部屋ずつ。僕の荷物がある和室の隣が洋室。更に奥がまた和室。音はその和室から聞こえる。奥の和室は襖で、僕は特に何も考えずそれを開けた。
畳の真ん中に、一体、人形が立っている。博多人形みたいな大きさ。男性の人形で、藍色の着物を着た美丈夫、と言うのか。人形ながら、かなり整った顔立ちだ。中に入ってよく見ようとしたら、背後から声がした。
「おい、」
びくりとして振り向くと、いつの間にいたのか、叔父さんだった。凶悪な目をしていて、殺られると思った。
「すみません。開けてしまって」
「いや。お前じゃない。そっちだ」
叔父さんは顎で人形を示す。もう一度人形を見ても、何も分からない。叔父さんは後ろ頭を掻きながら、怠そうに続けた。
「んー、お前はこの部屋あんまり入るな。部屋は手前の和室だろ?リュック置いてる」
「そうさせてもらえたら」
「いいぞ。好きに使え。何か飯でも食いに行くか」
叔父さんに追い立てられ、二階を降りる。
その晩は、あばら家みたいな見た目のラーメン屋に連れて行ってもらい、中華そばをご馳走になった。飲食店なのに、ガリガリで顔も青白い、死神みたいな風貌の店主が一人きりの店だったけど、味は美味しかった。

深夜。
なかなか寝付けなかったけど、気付いたら寝ていたらしい。トイレに行きたいわけでもなし、何故目覚めたのかよく分からなかった。庭の木の葉が風に揺れる音を聞きながら、布団の中でそのままぼんやり天井を見ている。と、遠くの方で、すっ、と何かが動くような音がした。まるで、襖が開いたみたいな。叔父さんは一階で寝ている。はずだ。この階には僕しかいない。耳を澄ませていると、ぺたりぺたりと、裸足で歩く足音がする。この部屋に近付いて来るようだ。そう気付くと、身体が動かなくなった。金縛り。目だけが動く。こういう時、どうすれば良いんだったか。金縛りに遭い、かつこんな状況になったことが無いから、頭が上手く働かない。足音はこの部屋の前に来て、止まる。襖が静かに開いた。僕の元まで滑るようにやって来たのは、昼間見た博多人形だった。ゾクッとしつつも、おお、人形だ、と考えている冷静な自分もいる。僕がただ見ている内に、人形はどんどん人間の姿になった。背の高い男が、僕の上に馬乗りになり、顔を間近に近付けて来る。重い。目は硝子玉みたいに、人の目と違う光り方をしている。無表情だけど、やっぱり綺麗だな、と考えていたら、バン!と襖が勢い良く開いた。外れたんじゃないか、と思うほど。
「なに勝手に身内に手出してやがる。沈めるぞ」
ドスが効いた重く低い声。叔父さんが入口でこちらを睨んでいる。正直、叔父さんの方が怖い。びっくりしたら身体が勝手に跳ね起きた。布団の上には、人形が転がっている。叔父さんはつかつかとやって来て人形を鷲掴みにすると、部屋を出て行く。僕は流石に電気を点けた。様子の割に静かになって、廊下に出ようと思った時、叔父さんは何事もなかったように戻ってくる。
「悪いな。大人しくさせといたから。しばらく大丈夫だろ」
何が?何を?何で?頭が疑問符だらけだ。
「……こういうことって、よくあるんですか?」
自分でも訳の分からない質問をしているなと思う。叔父さんは不敵に笑う。
「割とな。ま、旭は大丈夫だろ、多分」
「……そうですか」
飲み込めていない間に、叔父さんは欠伸をして一階へ戻って行った。それを見送った後、僕は部屋から頭だけ出して、奥の和室を見た。襖から、やや髪が乱れたように見えるさっきの人形が、少し身を出して僕を見たと思うと、すっと中へ戻って行った。……大丈夫じゃないのでは?
そう思ったけど、今夜はもう誰にも訴えられなかった。

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