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【創作小説】佐和商店怪異集め「お店訪問」

「うすー晃」
「げっ、マサ」
榊はあからさまに顔を歪めた。
「マサ?」
カウンター内で隣に居た菫は、あまりの反応に、榊を見やる。マサ、と呼ばれた男・日取真雨(ひとりまさめ)は、わはは、と笑った。
いつもの佐和商店。閉店間際の客が居ない時間。日取はやって来た。榊の腐れ縁の友人と言って笑う彼は、菫にも挨拶する。
「芽吹菫です。どうも……」
ぺこりとお辞儀する菫に、日取は人の良さそうな笑みを浮かべる。
「晃からよく聞いてるよ。頼れる相棒だって」
菫は目を白黒させて榊を見る。
「事実だろ」
榊はにやりと笑う。
「前見せた居酒屋の心霊写真撮ったの、こいつだよ」
「ああ!あの」
榊が、日取に説明する。
「前、居酒屋で俺撮ったろ。俺の腕消えたやつ」
「ああ!あれね」
日取はスマホを取り出し、写真を探し始める。
「持ってんなよお前……消せ」
「あんなはっきり消えてるのも珍しいからな〜面白いし」
「自分じゃねぇからってよ……」
呆れかえる榊を、菫は苦笑いで見ている。
「あった!やっぱり晃の腕が消えてんな」
菫は苦笑いのまま、自分に視えていた榊に絡む女のことを、詳しく話そうとはしない。日取は、菫を見て愉快そうに笑う。
「でも、この居酒屋、曰く付きなんだよな」
「曰く付き?」
榊が反応する。日取は榊も見て、わはは、と笑う。
「あの居酒屋な、女が死んでるのよ」
菫と榊は顔を見合わせる。
「聞いてねぇ」
「今の居酒屋の前の店だった頃だけどな。オーナーの女が、閉店後の店で首吊ってる」
「……それ、肩ぐらいの長さの黒髪で、赤いマニキュア、とか」
菫がぽつりと言う。日取が、頷く。
「正解」
菫は何とも言えない表情で、日取から目を逸らす。日取は不思議そうに菫を見る。
「俺も見たヤツに話聞いたことあったから。本当にそういう特徴の女だったよ。芽吹さんもどっかで聞いた?」
日取の言葉に、榊も顔を曇らせる。まさか写真に今もその女が写っているとは言えない菫は、何か考えるような顔で、日取を見た。
「……あの、やっぱり、その写真消した方が良いです。榊さんはこの前消してましたから、多分大丈夫ですけど」
「どうした?」
榊が、菫を見やる。菫は難しい顔のまま、日取を見ていた。
「そういう話もあるようですし、私も余計なこと言っちゃいましたし、お二人に何かあるのは、私が嫌なので」
日取と榊が顔を見合わせる。
「何か見えてるとか?」
さっきよりは真面目な声音で、日取が尋ねる。
菫は悩むように榊と日取を見比べた。榊がニヤッと笑う。
「こいつは大丈夫だ。話してくれよ、俺の為に」
菫は僅か目を丸くする。日取が呆れたような目を向けた。
「お前そういうとこだぞ」
「うるせぇ。元はお前のせいだ」
菫は息を吐き出す。
「あの、日取さんのスマホから、赤いマニキュアの爪の手がーー」
伸びて来てます。
榊と日取が揃ってスマホを見た。半透明の、しかしマニキュアの赤が異様に鮮明な指が、画面から生えて来ている。
「え、うわ」
榊が動く。叫ぶ日取の手を払い、スマホが床を滑って行った。
「うお!」
日取はただ、スマホを見送る。菫がすかさず近付いて、塩をかけた。
「うふふふふふ」
スマホから、女の笑い声が漏れ聞こえて来る。榊も日取も、その声を聞いた。菫が青い顔で、スマホの電源を切る。
女の声が残響を残して消えた。ふらりと立ち上がり、菫は榊と日取を見る。
「すみません……塩撒いてしまって」
「いや、その、何。うん。気にしないで」
「ありがとな、すみちゃん」
榊が菫に近付き、手を引いてカウンターまで戻る。三人で、しばらくスマホを凝視した。
「何だったの?あれ」
「さあな。写真出して話してたから、寄って来たんじゃねぇの」
「場所も悪いですしね……」
菫と榊は倉庫を伺っているが、日取は気付かない。
「さっさと写真消せ」
「画面から出るのは反則でしょ……いや、もうテレビから出て来るお化けがいるか……てか、スマホの電源入れたくないな」
おっかなびっくり、日取は塩を被った自分のスマホを拾い、電源を入れる。
女の声はもう聞こえない。日取はその場で無事、写真を消した。菫と榊も息をつく。
「すげー経験したわ……。晃と芽吹さんの連携プレー手練過ぎでしょ。打ち合わせしてんの?」
「するかバカ」
呆れた榊の言葉に、菫は声を出して笑った。
そのまま、菫は閉店準備で事務所へ引っ込む。
榊はカウンターを出て、大袈裟な溜め息をついた。
「何しに来たんだよ、マサ」
「冷やかしと、見物。芽吹さんてどんな子かなって。こんな体験するのは予想外だったけど」
「おい……」
日取はあれだけの体験をしながらも、何事も無かったように笑っていた。これが日取の良いところでもあり、悪いところでもあるのだ。長年の付き合いだが、懲りろと毎回榊は思っている。
「晃の話より数千倍良い子じゃん。度胸あるし。安心したわ」
「当たり前だろ」
事務所を見、榊は小さく言う。その目は優しい。それを見て、日取も目を細める。
「また来ようかな、面白かったし」
「もう来んな。とっとと帰れ」
顔を見合わせ、榊と日取は結局笑い合った。

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