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【創作小説】佐和商店怪異集め「『時計』詰め合わせ」

※『時計』をお題としたワンライに参加した際に書いた四本です。

【時計】

休憩中。
事務所の掛け時計が止まっているのに気付いた。壁の少し高いところにあり、思い切り背伸びして届くかどうか。私は精一杯手を伸ばす。後もう少し。その時、横から伸びて来た手が軽々時計を取る。
「あっ」
横を見たら、不思議そうな顔の榊さん。
「呼べよ。時計取るくらい」
「取れるかと思って」
「せめて椅子使え」
「……次はそうします」
「休憩中だろ。時計置いとくけど、直すなよ」
釘を刺された。榊さんは私の頭をぽんと撫でて出て行く。デスクの上の時計は、くすりと笑っているみたいだった。

【守るもの】

「良い時計だね、それ。贈り物?」
「ん?そうだな。恋人から」
居酒屋。
榊は、兄の晄一郎とのんびり酒を飲んでいる。
飲みに行こうよー、と兄から連絡があったのは、数時間前。晄一郎は良い店を多く知っている。榊は任せっきりで、ただついて行くだけだった。
「悪いモノから守ってくれてる、晃のこと」
頬杖をついて、榊の腕にある時計を見る晄一郎の目は優しい。兄おすすめのカクテルを流し込み、榊は笑う。
「会わせようと思ってたけど、どんな娘か、もうバレてそうだな」
「実際に会えるの、楽しみにしてるね」

【知らせる】

「あれ?おかしいわね……」
レジで、おばさんが腕時計を見て首を傾げている。
もう会計も袋詰めも終わったタイミングだった。
私はカウンターの向こうで、首を傾げる。
「ごめんなさいね。時計が……何回直しても同じ時間で止まっちゃうみたいなの」
おばさんが時計を外して私に見せてくれる。五時十分。本当に、何の確信も無く、私は尋ねた。
「どなたかから、電話来てませんか?」
「電話?」
おばさんはその場でスマホを出す。一瞬で真っ青になった。直ぐ電話を掛ける。その場ではい、はい、という返事だけして電話を切った。
「入院中の祖父が……ごめんなさいね、ごめんなさい」
半泣きで、おばさんは袋を持って出て行く。駆け出していた。多分、お祖父さんが時計を使って知らせていたのかもしれない。そして多分もう……。
「すみちゃん?どうした」
榊さんが事務所から出て来る。
「いえ。時は残酷ですね」
「はぁ?」
間の抜けた榊さんの声に、私は噴き出した。

【鐘】

誰も居ない通りを駆けている。
車も人も通らない。夢か現か。私はまた、どこに迷い込んだのか。泣きそうになりながら、私は佐和商店を目指している。行っても、誰かがいる保証は無い。でも、榊さんに会いたい。居てくれないだろうか。祈るように足を前に出す。佐和商店へ、飛び込んだ。がらんと静かな店内には、誰もいない。お化けたちの気配も無い。
(どうしよう……)
息を整えながら、レジの前に来た時、カウンターにメモ紙が乗っているのが見えた。
『鐘の音を待て』
綺麗だけど、誰の字か分からない。
「鐘の音って……」
私はメモを手に外へ出る。鐘と聞いて、白水タワーを連想する。
「まさかね……」
六時。夕方の鐘がゴーン、と鈍く大きく響き渡る。いつもより大きい音に、肩が跳ね、一瞬目を閉じた。その一瞬で。
「すみちゃん?」
榊さんの声。直ぐ目を開いて振り向くと、榊さんがいつも通りの様子で目の前にいる。周りの景色も元通り。人と車の往来もある。
「そのメモ、今さっき書いたばかりなのに、何ですみちゃんが持ってんの?」
「え、」
手に持つメモは、いつの間にか、榊さんの在庫メモになっていた。

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