佐和商店怪異集め「文披31題」Day19「爆発」
7月に参加させていただいた、綺想編纂館 (朧)様(@Fictionarys)のTwitter企画「文披31題」です。本編寄りだったり番外編よりだったり、フリーダムに思いついたまま書いています。
【花巡り】
その事故が起きたのは、突然だった。
デパートの爆発、炎上。
どん!と地が揺れた。菫を庇いながら榊が辺りを見渡すと、丁度二人で出て来たばかりのデパートが、火柱を上げて燃えているのが見えたのだ。
もう、デパート最寄りの駅近くまで来ていて距離はあったのだが、その衝撃と光景に菫と榊は言葉を失う。こちらにも、うっすら近付きつつあるような黒煙。その方を見ていた菫は、不意にぱたりと倒れた。それが寺の前で、見ていた住職が急いで二人を招き入れた。
「とんでもないことになりましたね」
外の方へ目をやる住職の言葉に、榊が頷く。菫は寝かせてもらい、目覚めそうに無かった。外では、救急車と警察のサイレンが鳴り止まない。
「おや、このお持ちの花は取りましょうか?」
住職に聞かれ、榊は首を傾げて菫を見る。花なんて持っていただろうか。見れば、確かに黄色い花を一輪持っている。しかも、花びらがあと一枚しかない奇妙な姿。
「いや。このままで構いません」
「分かりました。何かありましたら、いつでもどうぞ」
榊が礼を述べると、住職が部屋を出た。榊は菫の枕元に座り、その頭を優しく撫でる。
(花、か。なんか……妙だな)
胸騒ぎのようなものを覚える内、榊は強い眠気に襲われて意識を手放してしまった。
「おーい!大丈夫かい?」
降って来た声に、榊は目を開けた。真っ黒で何も無い空間。飛び起きた。
「元気そうで良かったよ」
笑い声の方をようやく向いた榊は、目を丸くする。紺色の浴衣を着た、榊より十は年上くらいの男が、榊を優しい目で見ている。淡い光を放つ姿に、榊は何となく安心してしまう。そして、見れば見るほど、菫と雰囲気が似ている気がする。
「まさか。芽吹花弁さん、とか」
男は目を瞬かせた。
「よく分かったね、榊くん」
「え、俺の名前、」
「ふふ、菫のご先祖様だからね、分かるの」
にこにこと笑う花弁に、呆気に取られていた榊は小さく笑った。
「よく似てます、あなたと菫さん」
「ほんと?あの子お母さん似だから、あんまり分からなかったなあ」
「顔、というより雰囲気とか気配、って感じですかね」
いつの間にか歩き出した花弁について、榊も足を動かす。
「ははぁ、なるほどね。そういう方向で見てくれる人っていないから新鮮。ありがとう」
花弁はにっこりと笑う。精悍な顔立ちの花弁に見つめられ、榊も思わずドキリとする。
「菫、花持ってたでしょ」
花弁の言葉に、榊は一気に真剣な表情になった。
「花びらが一枚だけになっただけの花でした。あれは一体、」
「見てごらん」
花弁は足下を指差す。黄色い花びらが幾枚も落ちて前方へ続いている。まるで道しるべのように。
「菫がこの先にいるはずだけど。ここは境だから、とても危険なんだ。間に合わせないとね。ーーさて」
花弁は榊の腕を取ると、滑るように駆け出した。榊にはどうしても、地を蹴る感覚が感じられない。飛んでいるんじゃないかと思った。
「ここは」
「私みたいなのも君たちも、長くいてはいけないところだよ。それに今は、何も分からずに来た者が多いから余計にね」
肩越しに振り向いた花弁が、寂しけに笑った。その理由を問う前に、腕から手が離れる。地に足が着いた、と思った途端、目の前に鮮やかな花の川と岸辺に立つ菫の姿が飛び込んで来た。花弁が優しく菫の目を隠し、倒れた彼女を抱える。
川に近付くと、微かに煤けた匂いが漂って来た気がした。
「ああ、」
意味の無い溜息のような言葉が、榊から零れる。
さっきの、爆発事故。
だが、榊がそれに思いを馳せたのは僅かな時間で、直ぐに菫へと目を戻した。
この向こうへ、菫が行ってしまうところだった、ということの方がよっぽどゾッとしたからである。
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