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【短編ホラー小説】短夜怪談「配達先」

ある時、食事のデリバリーの仕事をしていた。
毎週土曜の夜に、同じ家からアイスコーヒーの注文が入る。一人分。プラカップのアイスコーヒーを携え、毎週通っていた。その地域の外れにある、寂しい雰囲気の一軒家。こんな家に人が住んでいるのか、と最初は慄いたが、毎回お爺さんが一人出てきて、きっちり代金も払う。受け答えも普通で、トラブルも無い。段々気にならなくなった。
ある土曜の夜。
いつもの注文が入った。
アイスコーヒーを手に、すっかり見慣れた玄関前でインターホンを押す。お爺さんが出てきた。
「毎週悪かったね。今夜で最後だから」
「最後?」
初めて金銭のやり取り以外の言葉を発した。
「そう、最後。今までありがとうね」
「はぁ、」
唐突過ぎて、何と言って良いか分からず立ち尽くす。だが今までと違って、今日は室内が見えた。廊下の左隣の和室にある、簡易的な祭壇。骨壷の箱?に、遺影もある。その写真は、目の前のお爺さん。
「じゃあね」
バン、と唐突にドアが閉まる。訳が分からないまま、帰宅した。そして本当に、翌週から注文が入らなくなったのだ。初めて昼間に家へ行くと、誰も住んでいなかった。あの夜から二週間ほどしか経っていないのに、人が住めそうにないほど朽ち果てていたのだ。

この後、件の家から誰の覚えも無い大量のプラカップが出て来て騒ぎになったらしいが、定かではない。

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