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【短編ホラー小説】短夜怪談「空調の蓋」

昔、中途で入った会社に勤めていた頃の話。
ある時、一人で残業することになった。この会社は何故か、残業にあまり良い顔をしない。なるべく早く帰れよと言う部署のメンバーたちを見送り、さっさと終わらすべく作業に取り掛かる。終業時間を過ぎていたから、部屋の照明は薄暗くする。どれくらい経ったか、集中力が切れた。座ってボーっとしていたら、デスクに出していたスマホの真っ黒な画面に、天井にある空調が映り込んでいるのが見える。伝わるかは分からないが、正方形で、蓋は外すとぶら下がるような格好になる、オフィス等でよく見るであろうタイプのものだ。見るともなしにそれを見ていると、ゆっくりとその蓋が、何故か内側から開き始めた。空調の専用業者が掃除や点検をする時にしか見ないような動きだったが、疲れていたのか、そんなこともあるかと画面を見続ける。黒く長い何かが、微かになびきながら下りてきた。画面越しにも分かるそれは、髪。空調の縁に、白い指らしきものが掛かるのを見た。
(あ、駄目だ)
瞬間、弾かれたように立ち上がって部屋を飛び出た。違う部屋で作業していた違う部署の上司に泣きつき、一緒に元の部屋に戻る。
「空調の蓋、どうやって下ろしたの?」
薄暗いフロアに、ぶら下がった空調の蓋が少しだけ揺れていた。後は何も無い。何もしてないことを含め、詳しく説明する。上司の顔が強張り、今日は帰れと会社を追い出された。
次の日出社すると、空調は元通りになっている。昨夜の上司は、休んでいた。
そしてどういう流れか、この日から一人での残業は禁止になったのだ。急に決まった事なのに、誰も何も聞かなかったことに、改めてゾッとしたのである。

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