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【創作小説】佐和商店怪異集め「防犯カメラ」

二十四時間営業でないコンビニ・佐和さわ商店の話。

いつもの佐和商店。
閉店まであと少しという店内に、相変わらずお客さんはいない。
カウンター内にいる私・芽吹菫めぶきすみれさかきさんだけど、榊さんが不意に真剣な表情で私を見た。
「すみちゃん……頼まれてくれるか?」
「何ですか、榊さん。改まって」
軽い気持ちで聞いたら、手を合わせて頭を下げられる。えっ、そんなに重大な頼み事?
「俺と一緒に店の防犯カメラ見てくれ……!」
一瞬、榊さんの言葉が理解出来なかった。ええと。
「防犯カメラ?……有ったんだ、って思っちゃいましたけど、今時のお店、有るの当たり前ですよね」
普段意識してないから記憶が曖昧だけど、確か入口にある気がする、多分。榊さんがカウンターから、入口の上の方を指差す。あった。手を下ろして、榊さんは笑う。
「防犯カメラのチェックは店長がやってるからな、普段は」
「何で今回は榊さんと私?が?」
聞けば、途端に榊さんの表情が曇った。
「いろいろ立て込んでて今回は、って拝み倒されたんだよ。ったく……避けたいやつなのに」
「何でですか?」
チェックってそんなに大変なんだろうか。榊さんが半眼になってぼやく。
「映ってるからに決まってるだろ?超常現象が!」
あー……なるほど。それは、
「まあ……そうですね。そりゃそうですよね」
慣れ切ってしまってて、それが今更怖いけど、ここは夜になると出るのだ、お化けが。わんさか。昼は静かだし、夜だって、全部がはっきり姿を現す訳じゃないけど。レンズ越しに姿を捉えられていてもおかしくはない。榊さんは額に手をやり、溜息をつく。
「映像で残されてると、逃げ場なくて怖ぇーじゃん」
「それは何となく分かりますけど。ーーまさか。今、これから見るんですか?」
急過ぎる。榊さんを見れば、にやっと笑っている。あ、嫌な予感。
「期限は明日店長の出勤まで。で、俺たち明日休みじゃん」
この人は本当に……!
「何でこの土壇場で言うんですか!こんな時間ですよ!?私にも心の準備させてください。倉庫の在庫取りでさえじゃんけんしてるんですよ、私たち」
「だから一緒に見るんだろ?」
榊さんは言い終えると、さっさと閉店のカードを外へ出しに行く。引き受けるとも返事してないのに。でももう逃げられない。戻って来た榊さんは、そのまま店内の明かりだけを少し落とし薄暗くした。事務所のドアを開けられてしまったので、仕方なく入る。
背後ーー倉庫ーーからの、いつもの怪音を聞きながら、げんなりした。

「見るのは、直近三日分だけなんだけどさ」
榊さんと並び、ドアに背を向ける形で、置かれたモニターに向き合う。そのモニターに榊さんが何やら操作して、店内の映像が映し出された。なんてことは無い。店員がいて、お客さんが買い物して出ていく、一日の様子。防犯カメラの映像だな、という内容だ。一日目は何事も無く、流れるように終わる。二日目。昼間。店内には、魚住さんと天我老くんがいる。お客さんが途切れた時、私は、ん?と思った。榊さんも隣で首を傾げている。
「すみちゃん、見えるか?」
モニターを見たままの榊さんに問われ、私は頷く。
「急に、カウンター前に誰か来てますよね?浮かび上がるみたいに、」
そうとしか言えない。いつの間にか、カウンター前に誰かが立っているのだ。店内にずっといてカウンターに来た、とか、外から入って来た、とかでなく、湧いて出たような現れ方。男の人に見えるけど、その人だけ姿が不鮮明で、解像度の低い画像みたい。俯いてしばらく立っていたが、天我老くんが棚整理を終えて戻って来ると、パッと散るみたいに消えた。天我老くんは何も気付いてないみたいで、そのままカウンターの中へ入って行く。
「マジか……」
「これは、」
私たちは言葉少なく顔を見合わせる。本当にこういうのあるんだ……。またモニターへ目を戻すと、その男の人は店内に何回も現れていた。店の隅、棚の通路、カウンター前、パッと現れては消えるを繰り返している。榊さんがやって来た辺りで、もう現れなくなった。代わりに、白いもやみたいなものが、開いた入口のドアから出て行くのが映る。二日目はもう、異変は無く終わった。三日目は、一日目と同じような映像が流れて終わり。私は榊さんを見た。
「立派な心霊映像でしたね……」
榊さんはがっかりしたように溜息をつく。
「これだよ……。店のヤツじゃ無さそうだけど、」
話してたら、急に事務所の電気が消えた。モニターからのぼんやりした光だけが浮かび上がる。
「停電ですか?」
「ならモニターも消えるだろ」
確かに。じゃあ何で?
考えながら何となくモニターへまた目をやり、二度見した。ゾクッとする。
「榊さん、これ、」
「ん?」
示した指が、少し震えた。見終わって止めたはずが、また映像が映し出されている。画面右下には録画された日時が表示されるのだが、それが今日、今現在の時間。リアルタイムで今入口にあるカメラが映している映像、ということになる。
「は、何で」
呆然と、私と榊さんは目の前のモニターを見つめた。しばらくすると、入口のところに白いもやみたいなものが現れ、ぼやけた人影になった。さっき映像で見た男の人。そのまま、滑るように薄暗い店内を回り始める。身体が固まり、嫌な汗が浮かぶ。背後のドア一枚向こうに、いる。私も榊さんも黙ったまま、振り向けなかった。こっちに来たら。
モニターを睨んでいたら、不意に、ガタン!と大きな音がした。倉庫から。モニターにも、倉庫のドアは映っている。何も無い。だけど、人影がカウンターの方を向いた時、また大きな音がした。そして、いきなり倉庫のドアが開いたのだ。
「えっ、」
私も榊さんも、思わず身を乗り出してモニターを見る。人影も、倉庫の方を向いた。そこへ、灰色の数多の手が倉庫から伸びて来て、人影を鷲掴みするとそのまま窓の方へ放り投げた。人影は窓をすり抜けて飛んで行くようにカメラから、店から消える。手たちはしばらく佇むようにしてたけど、やがてするすると倉庫に引っ込み、ドアも閉まった。後は、何の音もしなくなる。モニターの映像が、ぶつんと切れて真っ暗になった。
え。これは、何?
頭の情報処理が全く追い付かない。榊さんを見たけど、彼も同じようで、固まっている。
消えた電気が戻った。明るくなった事務所で、夢でも見てたんじゃないか、という気がしてくる。
「すみちゃん」
「はい」
「録画に映ってたヤツが今また来て、店内をうろついてた」
「はい」
「それを、倉庫にいたヤツらが追い出した」
「ように見えましたね」
「見たよな?」
「見ました」
私たちは顔を見合わせる。何も言うことが出来ない。榊さんはまた何か操作して、溜息をついた。
「今のリアルタイム映像、記録に残ってない。そもそも、そんな操作してねぇから、あの映像がここに映るはずがないんだよな」
怪奇現象オン怪奇現象。大渋滞である。見てた三日分の映像は変わりなく無事らしい。
「……店長には異常無しって言っておくわ」
苦々しい顔で榊さんが呟いた。
「こんなにはっきり映ってるのに、大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ。物が壊れるとか、物理的に何か起きてない限り、映ってても視えないんだ、店長は」
「なるほど。それはそれでもう、一種の能力な気がしてきました」
吉瑞きずきさん凄すぎる。
「……倉庫のお化け、あんなこと出来るんですね」
「俺たちに害が無いの、何なんだろうな、マジで」
私は静かに事務所のドアを開けて、倉庫を見る。音は変わらず。でももう、何も視えない。
「ーーま、とりあえず今真面目に考えるのは、止めるか。帰ろうぜ。もう何も無いだろ」
軽く肩を叩かれ、私は頭を振って頷いた。そうしよう。まだ混乱してるし。
お店のお化けのことが、ますます分からなくなった。害は無いからまあいいかと思ってたし、分かったらまずいとも思ってるけど、謎ばっかり深まるみたいでつい溜息が出た。

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