@妹 俺はお姉ちゃんじゃない 1話 俺はお姉ちゃんじゃない

 朝目覚めるときは、いつも柔らかい感触に包まれている。
 それは布などでは実現しようもない人肌特有のもの。ほど良い温かさに、ぷにぷに、すべすべとした確かなぬくもりは、いつまでも触っていたいという欲求を呼び起こされる。
 しかし、その心地よさに浸っているわけにはいかない。起こさないように気を遣いながら、その人肌のぬくもりから抜け出して朝の支度を始める。

 顔を洗ってから制服に着替え、お弁当の準備を始める。朝食は寮の食堂で用意されるので、用意する必要はない。もちろん昼も食堂でもいいし、昼だけ有料といってもも大した負担にはならないのだが、単純に好きでやっている面が大きい。

 二人分のお弁当ができあがるころ、愛する同居人が目を覚ます。
 そしてまだ眠そうにまなこをこすりながら、俺にこう言う。
「おはよう、お姉ちゃん」

 ――笑顔がかわいい、大好きな妹。

 俺は盛岡冬樹。この春、とにかく自由と名高い由律学園高校に入学して半年ほどになる。妹の夏樹とは一緒の部屋で寮生活をしている。そう、俺とさっきのぬくもり―夏樹は双子の妹だ。

 兄妹で同じ部屋で寮に入れるのかと驚かれるかもしれないが、そもそも由律学園の寮は男子寮、女子寮と分かれていないし、階層による区別もない。完全に混合寮となっている。
 そもそもここ、由律学園自体が性別という概念がまるでないというくらいに、ジェンダーフリーが進みまくっている。トイレや更衣室にすら男女の区別がなく、すべて個室対応となっているのだ。
 だからこそ俺たち兄妹は、こうして一緒の部屋で暮らすことができているというわけだ。

 いや、さっきお姉ちゃんって言われてたし、君ら兄妹じゃなくて姉妹なんじゃないのって?
 確かにだいたいの人には姉妹だと思われてるかもしれない。何しろ俺たちは双子だけあってよく似ている。体格もほぼ変わらない(身長155センチに届いていないが、もう止まった気がする)し、顔も我ながらほんとによく似たものだと思う。
 それを思いっきり活かして、いつも双子コーデなどしてたりもする。髪型も、色違いのアクセサリーも、軽いメイクも、そして何より服装も一緒だ。そう、俺は現に今もこうして制服のスカートを履いていたりする―これで男だと主張するのも確かに無理があるかもしれない。

 制服も性別不問の由律学園と呼ばれるひとつの大きな所以だ。
 まず第一に制服の着用義務がない。公式の行事がある時でもだ。海外では学校に制服があるほうが珍しいくらいなので、これはジェンダーフリーというよりグローバリゼーションの一つなのかもしれない。
 しかし、日本人は制服というものに対する憧れが強い。高校生であるからには制服が着たい、そんな声にも対応すべく、由律学園独自のスラックスとスカートの2種類の制服が存在する。
 しかしその2種類に男女の規定はない。性別に関係なく好きな方の制服を着てもいいのだ。

 ついでに言うと、学籍上の名前も法的な本名とは別のものを名乗ることもできるらしい(これは芸能人の本名バレ対策にも使われている)。これによりトランスジェンダーの人も望む服装、名前で学生生活を送ることが可能となっている。……俺は本名だという注釈は付け加えておく。

 背景の説明が長くなったが、ここで事実上確認をしておこう。俺は一般的には女子向けとされるスカートタイプの制服を着ているが、男である。
 理由はいろいろあるが、この方が都合がいいからとだけ言っておこう。

 以上を踏まえて俺は夏樹の朝の挨拶を返す。

「おはよう夏樹。それと俺はお姉ちゃんじゃない」

「えへへーっ、じゃあ今日も髪、やっちゃうねー♪」
 夏樹は反論を無視して、お弁当の準備を終えた俺の髪をいじり始める。まあスルーはいつものことなので、特に追求しない。通過儀礼のようなものだ。

 俺は確かに自分の意思で女の服装をしてはいるが、センスもないし、詳しいわけではない。そのへんは全部夏樹任せだ。料理は俺の仕事、服に関しては洗濯含め夏樹の仕事、掃除は二人で、というような住み分けができている。

 夏樹は「今日はどうしようかなー」と口にしながらも、手早く器用に手を進めていく。
 この、夏樹に身支度をしてもらっている時間がとても好きだ。他者に身をゆだねる心地よさというものだろうか。夏樹が俺に顔を近づけて髪や顔に触れ、眉を寄せて悩んだり、うまくいって微笑んだり、コロコロと表情を変えている。ハイパーかわいい。
 この時夏樹は俺のことだけを見て、俺のことだけを考えてくれている。そう言うと独占欲のようだろうか? ……まあ否定はしない。俺は夏樹を愛している。こんなにかわいいんだから。シスコンとでも何とでも言え。全力で肯定してやる。

 そしてしばらくして、
「よーっし、できた! うんうん、今日も可愛い♡」
 と、俺に完成を告げる。
 夏樹とおそろいで、肩より少し長く伸びた俺の栗毛は、横の髪をリボンでそれぞれちょっとはねさせて、襟足は軽く内巻きにするスタイルになったようだ。いつもながらほんとに器用なものだ。両耳には小ぶりなピアスがついていて、唇には薄い桜色のリップも塗られている。

「おつかれ夏樹。可愛くできたな」
「いいでしょー♪ ちょっと待ってね、わたしもすぐ準備するから」
 そういって制服に着替え、俺と同じ髪型とメイクを自分にも施す。
ただ一点、ピアスだけが違う。俺のは雪の結晶型なのに対し、夏樹はひまわり、それぞれ名前からとった冬と夏の象徴だ。デザインを左右対称や色違いにするなど、対極の要素を取り入れるのが夏樹の双子コーデのお決まりパターンだ。
「お待たせー♪ じゃ、写真撮ろっ♡」

 自身のセットも完成した夏樹と朝食前にツーショット写真を撮ることも、毎朝のお決まりパターンになっている。
今日も本当に鏡写しみたいによくできている。いくら同じ遺伝子を持つからといっても、よくぞここまで似るものだ。

 俺は自分の外見に大した関心を持たない。女の服装をすることへの抵抗は最初はあるにはあったが、それ以上に得るものが大きいから、もう失せた。
 何しろ俺の目の前にいる夏樹がもう、めちゃくちゃかわいい! その夏樹の嬉しそうな顔を見れるから、俺の顔と体くらい差し出そう。俺は尽くすタイプなのだ。

「おはよーっ、ナツ、フユ!」
 朝食のために寮の食堂に向かっていると、俺と夏樹に女の子が抱き着ついてくる―俺と夏樹は一緒に歩く時はいつもゼロ距離なので、二人まとめてハグるのも容易だ。

 この子は津山雫。俺たちからすると少し背も高くて大人っぽく、何かと支えてくれるようなお姉ちゃんのような存在だ。
 外見至上主義だそうで、いつ見てもビシッとオシャレに決めている。ナチュラル美人に見えるが、これはメイクテクの賜物らしい。
 夏樹のファッションへの向上心とセンスを気に入り、入学時からよく一緒にいる。言わば夏樹の親友だ。

「おはよー雫ちゃん! 朝ごはん今から? 一緒に行こっか!」
「おはよう雫。俺は男だからあんまり不用意にひっつくもんじゃないぞ」
「大丈夫、私は分かってるから! でもひっつくのはやめない!」
 雫は抱きつきながら指をbにして、ドヤ顔をこっちに向けてくる。
 なぜか俺の言い分は夏樹以外にも一蹴される。これもいつものことだ。「とか言ってるけど、ほんとに女の子なんでしょ?」とでも言いたげだ。
 まあ別にわざわざ証明するほど性別にこだわりたいわけでもないので、意地にならずに通過儀礼をこなす。

 そうしたいつものやり取りをしているうち食堂に到着し、それぞれバイキングの朝食をとってきた。
 美容にこだわるだけに、三人とも野菜中心のヘルシーな取り合わせだ。男子高校生の胃には物足りないのではないかと思われるかもしれないが、もともと小食なので夏樹に合わせても問題はなかった。……これも身長が伸びなかった要因か。

 そして卓についての会話が始まる。もちろん今日の話題は決まっている。
「二人はさー、後期の授業ってもう決めた?」
 そう、今日は後期のガイダンスの日。今日から後期の授業の選択期間が始まるのだ。

 そして俺たち双子にとっては、一つの選択を迫られる日でもあった。





※この作品は別名義でノベルアッププラスにも掲載されています

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