日本オリンピックミュージアムに行って学んだこと箇条書き
場所
東京都新宿区霞ヶ丘町4番2号
入館料金
無料
開館時間
10:00〜17:00
休館日
月曜日(月曜が祝日または休日の場合、翌平日休館)
年末年始及び展示替期間等
URL
https://japan-olympicmuseum.jp/jp/
古代オリンピック
紀元前8世紀、戦争や疫病に苦しんでいた古代ギリシャから平和を願うために開催
オリンピック競技祭としてゼウスを祭る祭典であったため、血を流すことは禁止、この期間は休戦
オリンピアがゼウス崇拝の地→ゼウス祭る→オリンピック
最初は4年に1回ではなく不定期開催
紀元前582年あたりから2年に1度、4年に1度の大会はじまる
最初の競技は190m走
第13回までは190m走のみで開催
古代オリンピックはローマ帝国に征服され、ローマ人も参加するようになると不正がおこなわれたりするようになり神聖さが失われた。ローマ帝国が、キリスト教を国教化したときにギリシャ神への信仰が禁止され、393年第293回大会を最後に古代オリンピックは廃止され、オリンピア神殿は焼かれた。
近代オリンピック
近代オリンピックを始めたフランス貴族クーベルタン
軍人ではなく教育の道に進んだ彼はスポーツは心身を調和させると確信し、当時では画期的な発想でスポーツと教育を結びつけた
1894年、パリでの国際会議時に国際オリンピック委員会IOCの設置を決めた
1896年、第1回アテネ大会が開催され、1500年以上の時を超え、オリンピックが復興した。(8競技43種目、14ヵ国241人、9日間:大半が自費参加)
女子の参加は第2回パリ五輪から
オリンピックシンボルの五輪は1920年アントワープ大会から掲げられるようになった
聖火は1928年アムステルダム大会からメインスタジアムで灯されるようになり、1936年ベルリン大会から聖火リレーが開始された
聖火リレー→オリンピアで採火した聖火をベルリンに運んだ
東京大会へは、オリンピアで採火された火が聖火保管器に移され、飛行機で東京まできた
沖縄に到着した聖火は鹿児島、宮崎、北海道に分離、太平洋・日本海側を南北から東京に向かう4ルートで聖火リレーがおこなわれた
かつてオリンピックには建築、彫刻、絵画、文学、音楽の5部門もあった
オリンピック史
1902年パリ大会、1904年セントルイス大会は万博と同時開催され、万博の付随的な感じで見られてしまった。 アフリカ系の参加は認められず、余興で出場 クーベルタンは猛抗議し、今後オリンピックはイベントとの同時開催は認めなかった
1909年 アジアからのIOC委員を熱望していたクーベルタンの意を受け、柔道創始者の嘉納治五郎がアジア初のIOC委員になる
1911年 大日本体育協会(日本スポーツ協会)設立
1912年ストックホルム大会 日本初参加(アジア選手初参加)
この時参加した金栗選手は箱根駅伝創設者 NIPPON表記
1920年アントワープ大会 第一次世界大戦で疲弊したベルギー国民を勇気づけるために開催 日本人選手が初めてメダル獲得(テニス)
1924年シャモニーモンブラン大会(フランス) 初めての冬季大会
1924年 関東大震災後に嘉納治五郎の提案で初めて本格的な陸上競技場、明治神宮外苑競技場が竣工 1940年の東京オリンピック招致の機運につながる
1928年アムステルダム大会 日本人選手初めて金メダル獲得(陸上三段跳び、水泳)
1940年東京大会(日中戦争により開催中止) 勝鬨橋など都市開発された
1948年ロンドン大会 第二次世界大戦後初
1956年メルボルン大会 ヨーロッパアメリカ以外での初開催 馬術競技のみスウェーデンで開催(オーストラリアは動物検疫法が厳しいため)
1948年 イギリスの病院ストーク・マンデビル病院でアーチェリー大会開催。パラリンピックの原点になる
1960年ローマ大会 ローマ大会と同時にストークマンデビル大大会が開催。第1回パラリンピックといわれる。(ストークマンデビル大会は1952年から開催している)
1964年東京大会 史上初の衛星テレビ中継、コンピューターでの記録管理、ピクトグラムの開発、冷凍食品の開発、東海道新幹線など大会開催に伴う開発でレガシーが残った 式典の入場方式が今のような形になった。 オリンピック初の写真ポスター。
1972年ミュンヘン大会あたり オリンピック憲章からアマチュアという字句をなくす
1972年札幌大会(冬季) アジア初の冬季大会 開催に合わせて地下鉄開通 大会後札幌の人口が増え大都市となる 日本にウィンタースポーツが普及する契機になる
1988年ソウル大会 冷戦終結後の大会 オリンピックを開催することで独裁政権だった韓国の中に民主主義の機運が後押しされた
1989年 日本体育協会と日本オリンピック委員会が分離
2008年 同じ組織によってオリンピック、パラリンピックが開催される。
2012年ロンドン大会 女子イスラム教徒選手参加 史上初めて全参加国から女性が参加した大会
2016年リオ大会 史上初難民選手団結成し参加
オリンピックを開催するにもIOCのほかに国内のオリンピック委員会、国際競技連盟、国内競技連盟と連携しないといけない
日本オリンピック委員会JOCはヨルダンオリンピック委員会と略称被ってそう
1964年大会限定で柔道は競技になったが、男子無差別級のオランダ選手が金メダルを獲得した時、関係者が土足で畳に上がるのを止め、柔道の精神を伝えたことで、柔道が国際競技として普及し、今後も公式競技になる一助になった。
2020東京大会では、練習環境がままならない国から日本で練習環境を提供する動きがあった(フィジーやブータンなどから)
東海大、帝京大が結構受け入れてそう
運営ボランティアは50,000人以上集まった
21世紀以降
国立スポーツ科学センター設立
ナショナルトレーニングセンター設立
→スポーツが強くなっていく
古代オリンピック時代から選手村はあった
近代オリンピックでは1924パリ大会から選手村できた。
選手村は国境や障壁を超えさまざまな選手が交流する貴重な空間
2020東京大会は晴海だったが、1964東京大会は現在の代々木公園に作られていた(幻の1940年東京大会は駒澤につくられる予定だった)
選手村で神前式をあげる海外選手もいた
オリンピックをすることで残る遺産
スポーツ遺産
→施設、設備 競技人口 運営技術(計測技術、撮影技術)
社会遺産
→自国や他国の知らない文化を知る 異文化交流 大会で生まれた技術の日常活用(冷凍食品) 文化の創出(ボランティア)
環境遺産
→開催に伴う都市開発(荒廃した工業地帯の再生など) エネルギー技術の応用 環境教育の普及
都市遺産
→建築遺産国のシンボル 都市交通網 住宅(選手村)
経済遺産
→就労人口増 都市地域の知名度増による観光客増
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