「MONSTER」 - 蜃気楼のような怪物を追い続ける極上サスペンスアニメ
★★★★★
アニメも好きでよく観ます。「MONSTER」は放映当時、かいつまんで観ていたように思うのですが（原作はたぶん読んでないかな…）、10代だった私にはエンディング曲の映像が深夜帯に観るにはやけに怖かった印象がやたら強く、本編はざっくりした話とラストシーン以外の記憶が曖昧だったのでNetflixで観返し始めたらあっという間に完走してしまいました。たくさんの散らばったストーリーラインと登場人物たちがきれいにぴったりと嵌っていって完成する構成。核心はずっと分かっているのに辿り着けない不思議な違和感。初めはなんだか情けなくもある主人公の天馬が、その優しさと医者としての矜持で長い旅を走り切る姿。どこまでも緻密に組み上げられた物語は素材のひとつひとつに丁寧に仕事をほどこして仕上げられる料理のようで感嘆します。
はじまりは1986年。主人公は西ドイツ・デュッセルドルフのアイスラー記念病院に勤め、天才と呼ばれる日本人の脳外科医・天馬賢三（Dr.テンマ）。彼は勤め先の院長であるハイネマンの娘エヴァと婚約し、未来の院長候補として順風満帆に出世コースを歩んでいました。
しかし病院の利益になる患者を優先させる院長や、その考え方に疑問を抱かないエヴァを前に葛藤もあります。ある日、とある患者の手術直前に院長指示で他の患者の対応に回されてしまい、結果その患者が亡くなってしまうという出来事が起こり、苦しむテンマ。
そんな中、頭部を銃で撃たれた重傷の少年ヨハンが搬送されてきます。テンマは院長から別で運ばれてきた市長の手術に入るよう言われますが、先日の件もあって先に運ばれてきた少年を救うことを選びます。ヨハンは助かりますが、市長は死亡することに。院長の不興を買ってしまい、病院内でのテンマの地位は転落します。エヴァとの婚約も解消。ところがある日、院長はじめ外科部長ら病院上層部のメンバーが殺害される事件が発生します。同時に、入院中だったヨハンと彼の双子の妹が失踪するのです。
時は流れ1995年、院長らの死によってさらに翻弄されたテンマの運命。彼は外科部長となっていました。そんな彼の前に現れた美しい青年。それは成長したヨハンだったのです。テンマの患者であるユンケルスをいとも簡単に射殺するヨハン。しかも彼は過去の殺人も告白します。自分がとんでもない怪物を救ってしまったことを知るテンマですが、ヨハンの手による殺人事件の濡れ衣を着せられて逃亡生活を送ることに。自らの手でヨハンを始末しなければと心に決めますが、事件を調べているルンゲ警部の執拗な追跡を受け逃げ続けます。
一方ヨハンの双子の妹アンナは幼いころの記憶を喪い、ニナという名前で義父母のもと幸せに暮らしていましたが、20歳の誕生日に大事な義父母をヨハンの差し金で殺害され、彼女もまた自分がヨハンを止めなければと動き出します。
ヨハンを追うテンマとニナ。テンマを追うルンゲ。続くヨハンによる殺人。彼の信奉者。過去から繋がる人間関係…。だいぶ複雑ではありますが、ヨハンという絶対的な犯人がいることで観ていて迷子になることはありません。受ける印象は骨太で重厚、広大な舞台と長い時間の経過は大河ドラマのようでもあります。
途中から登場する「なまえのないかいぶつ」という絵本があるのですが、「PSYCHO-PASS」の主題歌だったEGOISTの「名前のない怪物」はここから取られているのでしょうか。確かにヨハンの人間味のなさ、容赦なさ、万能感は、「PSYCHO-PASS」の槙島聖護に繋がる悪役のひとつの原型のように感じます。
とても面白いのは、そのヨハン、最初からすべての黒幕であることが分かっていて事件も絶え間なく起こるのに、全編通してほとんど姿を見せません。昔、東野圭吾の「白夜行」のドラマ（山田孝之と綾瀬はるか版）を観たときに感じたのと似た感覚なのですが、ものすごく存在感があるキャラクターなのに実像が見えずずっと影を追い続けるような不思議な気分。登場しなくてもこの作品の世界観をヨハンが大きく専有しているのです。
あと個人的にハマってしまうのは、最初は敵役のようだった人々が、多くのエピソードを経てそれぞれに天馬を救おうとするようになっていくところです。典型的な悪役仕草を見せていたキャラクターも、何かをこじらせてしまっただけで心根は普通の善良な人間であることが多く、そうするとむしろすごい魅力的に思えるものです。思い込み、プライド、嫉妬、羨望。ごくごく人間的なものに葛藤しながら、自分たちなりに天馬を認めていく姿がグッと来ました。
浦沢直樹の卓越した創造力、それをなるべくリアルに（恐らく）忠実にかつ躍動的にアニメ化した作品。最新でなくとも、日本の漫画・アニメの地力の高さを実感することができる一本だと思います。
▼その他、ドラマの観賞録まとめはこちら。
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