ぐるめ!!

ぼくは、食べることがすきだ。
おいしいものを食べることこそがぼくの人生であり、それ以外はどうだっていい。
友達から体型をからかわれて悲しくても、昼ごはんを食べれば忘れるし、彼女ができなくて悲しくても、夜ごはんを食べれば忘れる。だから、太っていても構わない。むしろ、ぼくの今までの『おいしかった思い出』で形成されたこの体が、ぶよぶよのお腹が、とても誇らしく愛おしい。
おいしいものを食べることだけがぼくの人生、それ以上でもそれ以下でもない。

一番の好物はさっくさくのころもに包まれたとんかつだが、ラーメンチャーハン餃子の3点セットはやっぱり最強だと思うし、箸でわると肉汁がしたたるあつあつのハンバーグ(もちろんチーズ入り)もはずせない。カレーはそのままでももちろん素晴らしいが、どうせならカツカレーに進化させてあげたいのが食いしん坊心だろうか。
母親の手料理も格別だ。定番のにくじゃがはもちろん、いつ飲んでも安心するお味噌汁、しょうがたっぷりがポイントの唐揚げ、ケチャップでハートが書かれたオムライス、どれも店の味に劣らない。
もちろん、甘いものもすきだ。結婚するならショートケーキ、彼女にするならドーナツ、妹にするならシュークリームといったところだろうか。
あ、ごめん、白玉ぜんざいは上司でお願いします。
そんなことを考えていたら、案の定叫び出すぼくのお腹。集まるたくさんの視線、馬鹿にしたような目。
……許してよ、3時間目が一番きついんだよ。


帰り道。どこからか魚を焼く匂いがする。
季節はずれの秋刀魚、いいなあ。
秋刀魚のならぶ食卓に思いを馳せながら歩いていると、たったったった…後ろから走っているような足音が聞こえる。
『あのう!!!』
女の子の声だ、ぼくには関係ない。
『ちょっと、まって!!!』
呼ばれてんだろ、まってやれよ。
『まってってば!!!』
だれだよ、かわいそうだろ。
『まってください!!!!』
…ぼく?
『そう、あなた!!!』
立ち止まると目の前には、肩で息をする女の子の顔。まんまるの目、幼い顔立ちが特徴的だった。
『ぼ、ぼくに…な、なにか用ですか?』
動揺のあまり、滝のような汗が流れ出す。
『隣のクラスの者です。あ、あやしいものではありません…。実は、そのう、ずっとあなたと話してみたいと思っていて…。』
『はあ?!ぼ、ぼくですか?』
『そうです!あなたです!すみません、突然話しかけちゃって!うしろ姿が見えたもので、つい…!』
『な、なんで、』
こんなことがあってよいものか。ぼくの人生はおいしいものを食べることだけに捧げたはずだ。
それなのに、なぜ、こんなベタな漫画みたいな展開に…!
『わたし、ご飯をおいしそうに食べる人がだいすきなんです。今までもすきになったのはそういう人ばかりで。たまたま学校であなたを見たとき、なんていうか、この人だ!って思いました、それで、』
『ちょ、ちょっとまって!ぼく、こんなに太ってるし、今だって汗だくで気持ち悪いでしょ?』
『そんなことないです。太っていることは悪いことじゃありません。少なくともわたしは、そう思います。』
…テンシデスカ?
ぼくはしばらくその場から動けず、口をぱくぱくさせていた。
『よかったら、連絡先教えてください…!』
『ハ、ハイ。』
言われるがままに携帯を操作し、ぼくは彼女の連絡先をゲットした。
ぐぎゅるぎゅる。ぼくのお腹も驚いている。
秋刀魚の匂いはどこかへ消えてしまった。今晩の献立はなんだろう。


最近、すっかりうかれている。
例の彼女と一日に何度もメッセージの交換をし、廊下であったら挨拶をし、帰りは待ち合わせをしていっしょに帰る。それがもう何日も続いた。
彼女は毎日ぼくに手作りのお菓子をもってきては、それをぼくが食べる姿を見てにこにこしていた。
彼女と毎日顔を合わせるようになって気づいたのは、目がきゅるるんとしていてゼリーのように輝いていること、ほっぺたはマシュマロのようにふわふわしていること、彼女全体が白く儚げでまるで生クリームでつくられているように見えること。
…おいしそう。
思春期真っ只中、健康な男子であるはずなのに、刺激されるのは完全に『食欲』だけだった。



放課後、約束の時間の2分前。
今日の朝、廊下ですれ違った彼女に『5時に用事が終わるからそれまで教室で待っていて。』と言われ、絶賛待機中だ。
いつもは外で待ち合わせなのに、今日はなにか特別なことでもあるのだろうか。
ぐぎゅるぎゅる。ぼくのお腹も不安そうだ。
今日はお弁当が足りなかったので、いつにも増して空腹だ。黒板消しでさえもおいしそうに見えてしまう。
午後5時。
約束の時間になったが、彼女は現れない。
ぐぎゅるぎゅる。空腹が限界に達しそうだ。
早く帰りたい、早くなにか食べたい。
早く、早く、早く…!!!!
とんかつラーメンチャーハン餃子ハンバーグカレーにくじゃが唐揚げえびフライすしお好み焼きピザサンドイッチショートケーキドーナツシュークリーム白玉ぜんざいたい焼き大福チョコレートアイスクリームプリンアップルパイ、
『ごめん!!おくれちゃって!!委員会、なかなか終わらなくて…』
勢いよくとびらが開く。
『今日、ここでわざわざ待ってもらったのには理由があって…あのね、わたし、あなたに伝えたいことが…』
…ゼリー?
『実は、じつはわたしあなたのこと…』
…マシュマロ?
『すきです!付き合ってください!』
…生クリーム?
『ねえ、聞いてる、』
『生クリーム!いっただっきまーす!!!』

ぱくり!!!!!!


うーん、甘いと思ってたからちょっと期待はずれだったなあ。
帰りにドーナツ買ってかーえろ。


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