中根すあま

週に1回金曜日に『中根すあまの脳みそ』と、気が向いたら短編小説を投稿しています。以後お…

中根すあま

週に1回金曜日に『中根すあまの脳みそ』と、気が向いたら短編小説を投稿しています。以後お見知りおきを。

マガジン

  • 中根すあまの脳みそ

    中根すあまが考えたことや、気づいたことを徒然なるままに記録していきます。毎週金曜日に更新。読んでやってください。

  • すあまのたんぺん

    中根すあまがかいた短編小説たちです。

最近の記事

中根すあまの脳みその253

ひとつのプライドと言っていいだろう。 以前働いていた摩訶不思議な古着屋で手に入れた紫色のワンピースは、私にはサイズが小さい。いや、ぴったりすぎると言った方が良いかもしれない。あくまでも、着ることはできる。しかし、余裕がないのだ。 連なった、レトロなボタン。辛うじて留めることはできるのだが、どうにもこうにも無理やりだ。大きく息を吸うとパチンと微かな音を立てて、腹の最も膨らんだ部分に位置するボタンが外れる。 息をつくことも出来ない、スリルに溢れたワンピースなのだ。 それでも着続け

    • 中根すあまの脳みその252

      私の母親は、かれこれもう何年も、某有名海外ドラマの虜である。生ける屍の総称、ゾンビと呼ばれるそれが現れては脳天を突かれ、現れては脳天を突かれてゆく、かの有名なドラマだ。 しかし、その実、作品の中で描かれるのは実はゾンビではない。ゾンビという存在を通して浮かび上がる、人間という生き物の本質を描いているのだ。 シーズン3でもはや、ゾンビなどどうでもよくなってくる。むしろ、ゾンビが邪魔になってくる。もう、ゾンビいいから、という気持ちになってくる。気づいた頃にはもう、長いシリーズの中

      • 中根すあまの脳みその251

        23歳になる瞬間、私は最終電車に乗っていた。 主宰劇団の次の公演に出演予定の役者と、打ち合わせという名の宴が終わり、ギリギリのダッシュをキメて乗り込んだのだ。 ドア横に立ち、窓の外を眺めながら、23歳の最初にきこうと決めていた曲をきく。 さっそく送られてきたお祝いのメッセージに耐えきれず頬を綻ばせ、浮かれた調子で電車に揺られる。 ハッピーバースデー浮かれぽんち野郎は気づかない。電車が、乗り換えの駅を過ぎ去っていることに。 我に返ったときにはもう遅い。 まったく知らない空っぽ

        • 中根すあまの脳みその250

          息を吸うこと。 ただ、それだけで全てが解決するような気がしている。 周りに目を向ければ向けるほど、時間は己のものではなくなり、通り過ぎる他人に奪い去られてしまう。 残ったのは、おどおどと立ち尽くす自分だけ。 息を吸うと、時間が自分のものになる。 自分のために流れる時間になる。 その状態を保つことができる人こそが強いのだと、そんなことを思う。 それを分かっていて、息なんて吸いたくないと思うこともある。 そんな簡単にこの憂鬱がなくなってしまったら、憂鬱に心を使っていた自分が馬鹿

        中根すあまの脳みその253

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        • 中根すあまの脳みそ
          238本
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          26本

        記事

          中根すあまの脳みその249

          嫌いな映画を止めなければと思っていた。 前にも観たことのあるそれは、とてつもなく恐ろしく、私の日常を著しく乱すものであると、夢の中の私は知っている。 気ばかりが急くが、なにかもやのようなものを掴むだけで、どうにもうまくいかない。 そうしているうちに、映画は始まった。 やはり、夢の中では自分の意志など無力だ。 力無く項垂れるうちに、映画はその空間を支配し、私はその中にいた。 巨大なカタツムリの化け物の、 長いにょろにょろの先についた離れたふたつの目が、しっかりと私を捉える。

          中根すあまの脳みその249

          中根すあまの脳みその248

          忙しなく動いていた体と頭を少し落ち着けようと、道の途中にある、木の周りを囲う柵のようなところにもたれる。一息つくと、なにか蠢く気配がして、目線を送れば、見たことのない虫。東京にもいるんだ、見たことのない虫。 やたらぎらぎらした、でかいアリのようなその生き物をじっと見つめて、そっとその場から離れる。未知の生物は、怖い。 少し離れて、二息目の一息をつく。 視界に入った下まつ毛が、まるでさっきの虫のようで少しビビる。まつ毛だとわかって笑う、ひとりで。 ひとりでいる時間が好きだ。

          中根すあまの脳みその248

          中根すあまの脳みその247

          幼い頃、いちごが食べられなかった。 大人になった今でも、好んで食べることはないのだが。 いちごの味が苦手だとわかっていて、怯えながら口に運んだいちご味の飴が、本物のいちごとは違ったものに感じたとき、私は、架空の味、フィクションの味が存在することを知った。ソーダ味のアイスなんかもそうだ。あの味のソーダなんてない。あの味のソーダが飲みたいのに。得体の知れない歯痒さがある。 マスカット味が好きだった。 フルーツが食卓に並ぶことがあまりない家庭で育ったわたしは、しかし、本物のマスカッ

          中根すあまの脳みその247

          中根すあまの脳みその246

          携帯電話が壊れた。 半年前くらいから瀕死の状態にあったのを、見て見ぬふりしていたツケが回ってきたのだ。 少しばかり込み入った内容の返信を怯えながら待っていたある晩、もういっそこんなものがなければと、ソファーにそれを投げ出した次の朝から電波が入らなくなった。 近所の修理屋に行く。 眼鏡とスーツをお手本のように着こなした店員がなんの躊躇いもなく繰り出す専門用語に首を傾げながら、もう3年弱片時も離れることなく連れ添った相棒の症状を伝える。 作業をするので2時間後にまた来てくれと言う

          中根すあまの脳みその246

          中根すあまの脳みその245

          買ったものを両手いっぱい、胸いっぱいに抱えた人間が、コンビニの自動ドアから出てきた。 続いて出てきた人間、リュックを開ける。 そこに、抱えたものたちをひとつひとつ入れてゆく、人間。 なんとも言えぬ愛おしい共同作業であった。 私はうまれてはじめて、1枚3円のビニール袋に感謝した。 ものすごい勢いで横切る、少年。 右から左へサイドステップ。 左から右へはスキップ。 風を切る、少年。 しばらくして、よろよろと彼に続く母親のような女性。 ふたりからは日常の香りがした。 まるでなに

          中根すあまの脳みその245

          中根すあまの脳みその244

          たらふく酒をくらっても尚思考がはっきりしていて、まるでそれが決まりきっているかのようにパソコンをひらいた。ここ数ヶ月、私が、どれだけ願っても叶わなかったことだ。 起動するのを待つ間、 なにくそ、ぜったいに今、この時間で蹴りをつけてやると、脳内で1億回反芻し、そこからひと息、ひとくちで大きな怪獣を丸呑みするように、物語を完結させた。 我ながら大袈裟だと思う。 そんな、大層な作品を書き上げたのか。 別にそうではない。 しかし、私の中では天変地異くらいの話だ。これを読むごく僅かな

          中根すあまの脳みその244

          中根すあまの脳みその243

          とある事情で、視力を矯正せずに1日を過ごした。 わりと、目は悪い方なのだと思う。 強めの近視と乱視が小さな眼球の中でせめぎ合っているのだ。 めがねもコンタクトも付けずに過ごす1日は無論、不便で、それはそれは難儀なものであったが、それと同時に、非日常感に彩られた景色は新鮮で、12時間の労働を心折れることなく終えることができたのも確かだ。 戦闘能力は下がる。 それはそうだ。目が見えていないのだから。 不思議だ。不自由なのは目だけなのに、他の感覚器官から得る情報も不確かなような気

          中根すあまの脳みその243

          中根すあまの脳みその242

          脚本が完成しない。 公演と公演の期間を狭めたくて、気が緩まぬよう意識していたここ3ヶ月だが、一方で様々な要因により生き方も環境もガラッと変わってしまい、それに適応することに長い時間を要してしまった。 この時間が必要なものだったと、笑顔で言い切る自分が見たいと心底思う。 予定のない日は休むことに必死になってしまう。朝から、睡眠、睡眠、食事、睡眠、睡眠、飲酒、睡眠、といったこの世の終わりのような時間割を貫いている私だから、その日に台詞を書き綴ることはまず無理だ。罪悪感はもちろん

          中根すあまの脳みその242

          中根すあまの脳みその241

          暑い。 暑くて呼吸がしづらい。 まともに呼吸をしようとして、さらに体温が上がる。 今年いちばんのあたたかな日を、完全に舐めていた。 長い冬を経て人間は、あたたかさがもたらす苦悩を忘れてしまう。 そして、吹き出す汗と共にそれを思い出すのだ。 その上、今の私は動けない。 ぽかぽか陽気に似つかわしくない重ね着と大きなズボン。その上に黒いマントのような布をかけられ、両手の動きを封じられる。首元にはタオル。苦しくないですか、と尋ねられる。苦しくないわけはない。耐え難い苦しさではないとい

          中根すあまの脳みその241

          中根すあまの脳みその240

          24時間100円の駐輪場に自転車を停めて旅に出る。 定期契約をした方が安いのはわかっているのだが、定期の駐輪場は駅の入口を少々過ぎ去らなければたどり着けず、一分一秒を争う私の朝には寄り添ってくれないのだ。 故に、24時間100円の苦しみを受け入れ、駅の手前にあるその場所に自転車を停める。 そしてその事を、呆気なく私は忘れる。 月末までのお財布空っぽ生活を約束されている私には無論、経済的にも精神的にも余裕がない。 バイト先までの交通費を、携帯に備え付けられた計算機で1桁までき

          中根すあまの脳みその240

          中根すあまの脳みその239

          バイト先の掃き掃除をしていたら、 ちりとりの中に花びらが舞い込んできて 君はゴミではないよと思いつつ、どうすることもできずにそのまま捨ててしまった。 ふと目線をあげると春であった。 桜が咲いている。 花見がしたいなあ、と毎年うわ言のように言っているが、それが実現したことはない。 散りゆくその花に焦りと後悔を覚えつつ、そのままにして過ごす。 花見がしたいという気持ちがあと少しだけ強かったら、きっと、行動に移しているだろう。 私の花見がしたい気持ちなど、それくらいのものなのだ。

          中根すあまの脳みその239

          中根すあまの脳みその238

          土砂降りの中自転車を漕いだせいで、水浸しになった財布。 そこに眠っていた1枚の1000円札が、力なく萎んでいる。 隔てる布の壁にまるで価値などないかのように張り付いて、それはそれは頼りない。 ほー、とため息をついて閉じる財布からは、小学校の校庭の砂利の匂いがした。 夜になって雨が上がった。 嘘のような晴天の夜空である。 その下を、がらがらと巨大な台車をひいて歩く。 職場では、毎日大量のゴミが出る。 燃えるゴミ、燃えないゴミ、ダンボール。それらをまとめて大きな車を形成する。4

          中根すあまの脳みその238