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インタビュアーのトレーニング④~論理力と推理力

インタビュアーの推論の思考方式として最近、演繹、帰納に加え「アブダクション」(逆行推論)ということが言われます。これは、観察された特徴的な事実を結果として、それが発生する論理を仮定的な前提とし、その原因を推論するものだというのが私の理解です。例えばある特徴的な行動が観察された場合、その行動を発生させているのは「ニーズ」だという論理を仮定し、その原因になっているニーズを推測するといった思考形態となります。

具体例を出しますと
「部屋干しした洗濯物のニオイを嗅いでいる」という特徴的な事実が観察されたとして、それに「この行動はニーズによって発生しているのではないか?」という仮説的な前提を当てはめて、「部屋干しした洗濯物のニオイを確認したい」というニーズがあるのではないか、と推論することが挙げられます。

また、商品の定量的コンセプトテストにおいて、商品の各特徴に対して、「魅力度」と「不信度」を測定することがあります。通常はそのコンセプトにポジティブな態度の意向者はネガティブな非意向者に対して、魅力度は高くなり不信度は低くなる傾向があるのですが、特徴の内容によっては、意向者は非意向者に対して魅力度は高いのだけれども不信度も高い、ということが発生することがあります。こういったある意味非常識な結果が出ると調査の精度を疑問視することが多いのですが、あるがままの事実を虚心坦懐に受け止め、「欲しいと思うからこそむしろ疑問に感じる」という仮説的な前提を当てはめると、その特徴の説明、特にその特徴が成立する根拠が明確に伝わっていないのではないか、という結論や、その根拠を明確に伝えればこの特徴こそがこの商品の最大の魅力になるのではないか、といった結論が導かれるといったことがあります。

インタビュー調査でも、見かけ上高評価であるが誰も具体的な使い方についての発言が無い場合、「タテマエ的に低評価を下す理由はなにもないが、自分たちがホンネでは使いたいと考えていないのではないか?」という仮説をあてはめて、「高評価でも実は受容性は低い」と判断したりとか、逆に、ボロカスに評価していてもそれが具体的な利用方法を想定してのものであった場合には「実利用場面が具体的にイメージされているからこそ真剣にその欠点が議論されているのではないか?」と考え、「その点を改善すれば高い受容性が期待できる」といった判断を行うことがあります。

このように本来のインタビュー調査では聴取されることは複雑に糸がからみあっているようなことが多く、単純に対象者が言ったままに結論づけすると大きな間違いを犯すことがあります。言われたことを鵜呑みにして失敗し「インタビュー調査はあてにならない」などと仰る方も少なからずおられますが、そもそも一般の生活者たる対象者は論理的に真実だけを話さなければならない義理も道理も能力もないためにその指摘はあたらないことです。これは対象者の問題ではなく、調査主体側の問題であり、調査主体側が推論すなわち「インサイト」しなければならないことであるわけです。

また、これらで得られているのはあくまでも仮説ですから、適宜確認などで検証をする必要もあります。つまりアブダクションによる仮説抽出とその検証はワンセットで意味を持つということになります。

すなわちこのような逆行的な仮説はインタビュー中に目まぐるしくインタビュアーの頭の中に浮かんでは検証され、といったことが繰り返されることになるはずです。つまり、瞬発的かつ敏捷に頭の中で推理しながら論理を組み立てるという能力が求められるわけです。

ちなみに、演繹とは観察された事実とすでに知られている論理=法則を前提としてそこから起こりえることについて結論を得るという思考形式です。例えば「値上げ」という事実と、「値上げすると購買意欲が落ちる」というすでに知られている法則から、「値上げをすると売り上げが下がるのではないか?」という結論を得るようなことです。

また帰納とは複数の事実からその共通点を見出して結論を得る方法です。定性調査とは基本的にはこの帰納法に依るものです。例えばインタビューの中で聴取された複数の生活行動からその共通項を見出し、対象者の深層にあるニーズや価値観をあぶりだそうとするものです。

さて、従来あまり知られていなかったり、多少複雑であるということもあり、昨今このアブダクションを偏重して取り上げている例も散見されますが、これらの思考形態は分け隔てなく自由自在に使いこなされるべきなのであって、どれが重要だということではありません。要は「論理力」というものがインタビュアーやリサーチャーには必要なのであり、それを使いこなす必要があるということに他ならないわけです。また「推理力」とはその論理力が基本にあるわけです。

この論理力を鍛えるためは、演繹、帰納、アブダクションの定義や例を覚えるよりも何よりも、まずはリサーチャー、インタビュアーたるもの日ごろから何事においても自らの口から出る言葉に対して必ずその根拠がワンセットで用意されているという習慣を身に着けることです。特に仕事の場面においては「思い付き」や「なんとなく」といったことは極力排除します。思い付きならば「根拠のない思い付きだが」ということをこれまた明言することを習慣づけるよつにします。根拠のない思い付きはアイデア発想の場面ではない限り仕事の局面では相手にされません。それでは組織内で納得され組織を動かすことはできないからです。その屈辱というか、痛みというかが、薬になるわけです。

また「とりあえず」という言葉を使わない、というのもトレーニングになります。これも「とりあえず」という言葉を使って結論を先送りする習慣をなくすことで、突き詰めて考える、という癖をつけるわけです。

根拠を伴わずに「べき」という言葉を使わない、ということもやります。「べき」というのは建前であり、常識であり、通念です。通常それには逆らえないのですが、しかし、根拠のない「べき論」には論理はありませんし、発見もありません。通念や常識に答えを求めるのは少なくともリサーチャーとしては思考停止です。

このような習慣づけのトレーニングというのはある意味精神的負荷が高いというか、常人からするとほとんどビョーキともいえることなのですが、プロとしてはこれくらいのトレーニングを行わなければならないのです。また自分にこのようなルールを課して自分でそのルール破りを判定することでメタ認知能力も高めることができます。

何よりもトレーニングになるのはOJTです。インタビュアー候補者はまず司会の前に、後工程の分析のトレーニングを行うのが良いでしょう。実査と違って分析においてはまずじっくりと時間をかけて論理を考えることができます。スピードや瞬発力はそのあとに養えばよいのです。二兎を追う者は一兎をも得ず、です。

以前にご紹介しました「因果対立関係分析法」「上位下位関係分析法」というのはどこまで行っても主観的分類ではなく論理的分析ですから、繰り返し納得いくまで行うことで論理力が飛躍的に高まっていきます。それらの分析を経て結果、結論を文章化するということもその論理力向上に役立ちます。文章化できるということは論理化できるということに他ならないからです。論理化ができずにお絵描きで誤魔化しているような調査報告書を見かけることが少なからずありますが、それでは企業組織は動かせません。概念の共有ができないからです。

師匠のインタビューカレッジでは論理力や推理力を高めるために、受講生同士で以下のようなゲームも行っていました。これらのゲームに共通するコツは「真綿で首を締める」ように大きな仮説抽出から個別細部の検証に移っていくという手順を踏むことです。それはインタビュー中にインタビュアーが行うことと同じです。

■二十の扉
昭和の昔、ラジオ番組やテレビ番組で人気のあったゲームです。


■人間関係当てゲーム
出題者それぞれの役割(配役)と関係をあてるゲームです。出題者が一人の場合は一人数役で行うこともできます。

■噂の経路あてゲーム
人間関係あてゲームと似ていますが、噂の伝達経路をあてるゲームです。

このような数々のトレーニングを経て初めて、インタビュアーの論理力はプロのレベルに達することができます。

時間はかかりますが、近道はありません。


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