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「イノベーション統一理論」④~潜在ニーズの「創造」と「生活変化」~「CAS理論」と「ニーズの系統発生理論」

ある生活行動をとるにあたってには必ず何らかの「葛藤」や「問題」が伴います。これはほとんどが意識されていませんが、モノを買うには出費との葛藤があり、カテゴリーやブランド選択の葛藤があります。Doレベルでは「やるかやらないか」の葛藤や、とり得る複数の行動間の選択の葛藤もあります。また、必要となる「手間暇」との葛藤や、「疲れる」といった生理問題との葛藤。あるいは行動に伴って生じる感情的な葛藤や、他者からの見られ方=体裁といった社会的な葛藤もあります。生活行動とは正に葛藤の連続です。否、生活とは葛藤そのものだと言っても過言ではありません。本稿は梅澤理論に関するものですが、油谷先生も「すべての生活行動は葛藤処理の結果である」と主張されています。

このような葛藤は、「あるのがあたりまえ」なので潜在化しやすいのですが、そのような葛藤なくニーズが満たされるのだとしたら、それは従来にはなかった種類の満足となり得ます。

そこに気づかれたであろう梅澤先生は‘80年代初頭に以下のような分析と創造のフレームワークを発明されました。これをCAS(Concept Acessment Study)と呼びます。これは元来、世に出た新商品の受容性を未充足ニーズ理論に基づいて従来商品との比較観点から分析・判断するためのツールであったのですが、その後「未充足ニーズの創造」にも使えることに気づかれて、今や、キーニーズ法の核心となっているものです。

このツールの分析論理は矢印の通りですが、得られている情報によって、Q1、Q2、BUTのどこからでもスタートすることができます。まずわかっていることを記入し、その他を推測(正に「インサイト」)するという使い方で構いません。そして最終的に左下の 「未充足の強いニーズ」を創造することがゴールです。このフォーマットを矢印の通りに一周回ってもニーズが未充足化しない場合はさらに二周目、三周目と分析を繰り返します。「生活上の問題」とは正に「葛藤」そのものに他なりませんからそのゴールは現在存在する葛藤が解消されるニーズだと言うことができます。

※Q1、Q2、BUTというのは上図のような定義なのですが単なる符牒だと考えて差し支えありません。

このフォーマットにおいて「創造」というのは従来そのようなニーズの存在は潜在していて知られていないので、後から検証されることを前提に、まずは仮説的に未充足の強いニーズを作ってみようという発想です。

梅澤先生はこのフレームワークを実際に使って幾多の成功商品開発を行ってこられましたが、今も定番商品としてロングライフ化している比較的初期のものの例が下図です。尚、テープライターに関しては‘90‘年代にリサーチャーとして私も実際に関わっていたものです。

※以下、「生活上の問題」と「問題」に表記がわかれているものがありますがこれらはすべて「生活上の問題」だとご理解ください。

梅澤が関わった商品のCAS

先生が関わっていない様々なイノベーションについて分析してみてもこの論理は下図のように成立しており、普遍的なものであると言う事ができます。なおこれらの分析はそれぞれ開発されたご本人や周囲の人たちが書かれた当時の記録、状況、すなわち史実に基づいて行ったものです。これらの商品を開発された「天才」達は図らずもCAS通りの思考・発想をされていたということなのです。

画期的な商品のCAS分析

さて、上記でわざわざBUTを「生活上の問題」と注記したのには理由があります。例えば、これはシャチハタ印の分析ですが、「キレイにハンコを捺したい」(Q1)というニーズに対して「朱肉をつけ丁寧に捺す」という「生活行動」を充足手段(Q2)とし、「朱肉をつけたり丁寧に確認したりするのが手間・面倒」という「生活上の問題」を充足手段の問題(BUT)とした例です。このように分析を行うと「面倒な手間なく朱肉を使わずに、きれいにハンコを捺したい」という開発・発売当時の未充足の強いニーズにシャチハタ印が応えヒットし、今に至るロングライフ商品となっていると分析ができます。今となってはこれは当たり前なのですが、事実としてシャチハタの創業者はこのような潜在ニーズがあることに気づかれ、それを満たすために「多孔質ゴムを印面に使った浸透印」というアイデアにたどり着かれたわけです。

ところがQ2を「生活行動」ではく「商品」とし、BUTすなわち商品への不満点や商品の欠陥としたとするとこのようになります。つまりは「もっとキレイに捺せるハンコ」や「名人が彫った丈夫な材質のハンコ」というありきたりの話になってしまうということです。おそらくシャチハタ創業者以外の当時のほとんどの「凡人」はこのような発想をしていただろうと思われます。


ここで明らかになったのは「商品上の問題」を解決した場合はより高いレベルの満足を求めるニーズにはなるが、新たな種類のニーズは生まない一方、「生活上の問題」を解決すると今までには無かった種類のニーズ・満足を生み、新カテゴリーを創造できるということです。新カテゴリーを生むとはどういうことかというと、未充足ニーズに応えることで生活が変化する、新たな種類の生活が発生するということです(生活変化)。この例で言うと、「朱肉をつけるという手間をかけて丁寧に捺さなくてもキレイにハンコが捺せる生活」が発生したということです。先生がこの違いに気づかれたのは私がカバン持ちをしていた時期(`90年代初頭)であり、その気づきを「ニーズの系統発生理論」として「消費者ニーズの法則」(1994)において発表されました。

ニーズの系統発生理論について説明をすると以下の通りです。

①Doニーズは生活上の問題を解決して生活の種類を変化させる「ディファレントニーズ」の次元と、商品上の問題を解決して満足の水準を高める「ベターニーズ」の次元の複合次元で変化していく。
②ディファレントニーズとは原始的Doニーズに「条件」が付加されることによって生まれる。よって「条件付きニーズ」とも呼ぶ。ディファレントニーズへのニーズ変化の方向性は「条件の多様化次元」であるとも言える。ディファレントニーズとは生活に変化を与える原動力である。
③ベターニーズとはディファレントニーズに「もっと」という程度表現が付加されることによって生まれる。よって「目盛り付きニーズ」とも呼ぶ。こちらはそもそも人間の欲の深さから生まれる「欲の上塗り次元」であると言える。ベターニーズは技術水準を押し上げる原動力である。
④ニーズはこの両方の次元の組み合わせで無限に変化し、人類の歴史の原動力となっていく。その両者の合成ベクトルが人類進化の方向性である。
ディファレントニーズこそが「新カテゴリー商品」、「新市場創造型商品」を生む原動力である。

また、ベターニーズもディファレントニーズもいずれも「未充足ニーズ」ではあるのですが、前者は常に顕在化しており、後者は潜在しがちであるということも言えます。

それまでのキーニーズ法はこの両者を識別していなかったために、場合によっては「わかりきった商品コンセプトしか作れない」という評価であったり、逆に「突拍子もない商品コンセプトしか作れない」という評価であったりしたのですが、この点に気づかれたのち、梅澤先生は「キーニーズ法とはディファレントニーズを対象にした新カテゴリー商品コンセプト創造のための手法である」と再定義されることになりました。

※今となっての私見、反省ですが、この時点で先生も我々もキーニーズ法が「マーケティング」に属するものではなく「イノベーション」に属するものだという認識を持つべきだったと思います。ここがあいまいであったためにキーニーズ法や梅澤理論あるいはそれに付随するGDI(Group Dynamic Interview~ALIの前身)といった調査技法は誤解され、普及が妨げられてきた面があったかと思います。何故ならば「マーケティング」とは一般的に「市場の要望に対応」することなのであって、それはすなわち「商品上の問題」に対応するということに他ならないからです。その「市場」の範疇を超えるものが「突拍子もない商品コンセプト」だということになり、既存市場の枠の中に納まってしまうものが「わかりきった商品コンセプト」だったということになります。これは逆に言うと、世間で一派的に流布している調査手法や商品開発技法などでイノベーションの用に足りることは偶然以外にはないだろうということでもあります。

次回はいよいよ、理論の統合に入っていきたいと思います。


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