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独裁国家のシルバー・デモクラシー

2月の中頃、中国では医療保険改革に反対する人々の動きが各地で見られました。

医療保険として受け取ることができる金額が減らされてしまうと考えた人々が、抗議活動を起こしたのです。抗議はデモなどの形で行われました。

少し補足しておくと、中国の都市戸籍者向けの公的医療保険は少し特殊で、ざっくりいうと個人および企業が納める保険料が「共同基金」と「個人口座」の2つの部分に分けて管理されています。

言い換えると、被保険者が納めた保険料のうち一部を個人の口座で直接受け取れるような仕組みがある、ということです。個人口座のお金は納めた保険料に応じて毎月ごとに振り込まれ、外来診療や薬の購入などに使うことができます。

この個人口座の制度には、共助としての機能が欠如していることが以前から指摘されていました。たとえば入院の場合の費用は共同基金から保険が降りることになっているのですが、個人口座から費用を支払うことを嫌った人々が、本来は外来診察で済む程度の病気でも入院を選ぶ(つまり共同基金のお金で入院する)といったことが現実に起きています。

そうした状況を受けて、いま中国の多くの土地で進められている医療保険改革は、簡単にいうと「これまで個人口座に回していたお金を共同基金に回そう」という方向で進められています。そうすれば個人に溜め込まれる分が減り、保険料ないし医療的リソースが本当に必要な人に行き渡るようになります。そして今年に入って、具体的な施策としてこれを実行する自治体が出てきました。

ところが、これに怒ったのがすでに仕事を定年退職した高齢者です。定年退職者にも毎月、医療保険の財源から個人口座にお金が振り込まれるのですが、その定年退職者から見れば、毎月もらえると思っていたお金がとつぜん減額されたようにしか見えないのです。

実際、抗議活動のあった武漢市では、それまで月に286元(≒5,500円)だった個人口座での受け取り金額が、83元(≒1600円)にまで目減りしました。実に半分以下です。自分はこれまでの制度に同意して保険料を納めてきたのに、なんで突然こんな仕打ちを受けなきゃいけないんだ、というのが高齢者を中心とした抗議者たちの主張です。

現実には共同基金のお金が増えることで、高齢者自身が受け取れる医療サービスの恩恵は増えるとも考えられるわけで、個人口座のお金が減ったことが即座に高齢者の負担増につながるとは限りません。たとえば普段の診療が、もっと安く受けられるようになるかもしれないのです。

各地方政府も人々に対してそのような説明を試みたようですが、どうしても「個人への受給額が減らされる」ことのマイナスイメージを払拭できず、人々の不満を抑えきれなかった結果として各地で抗議活動が起きた……というのが、各地で起きた抗議のおおまかなストーリーです。

政府を信用しない高齢者たち

この件について知ったとき、僕は2つの感想を持ちました。

まず1つは、「中国のお年寄りは強いし、政府のことをまるで信用していない」ということです。

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