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中国のネット民が一夜にして築いた「大学」の話

今日の話題は、中国のネットのおもしろネタ的なものです。

ここ2週間ほど中国のネットで話題になっていたものに、「山河大学」というものがあります。いかにもありそうな名前ですが、この大学は現実には存在していません。つまり架空の大学です。

ネット上に現れた架空の大学というと、日本のネット民にとってはかの有名な「国際信州学院大学」が思い起こされますが、「山河大学」が生まれた背景は国際信州学院大学のそれよりももう少し複雑です。

まず重要な背景として、中国は先月末まで受験シーズンでした。「高考」と呼ばれる全国一斉の試験により、受験生たちの命運が決まろうとしていました。

ここで問題になるのは、大学受験における地域による難易度の差です。中国では大学ごとに「どの地域からどれだけの学生を受け入れるのか」という定員数が決まっており、基本的にその大学がある地域、つまり地元の学生を多く受け入れるようにできています。

たとえば北京の大学なら、北京の学生を多く受け入れるという具合です。逆にいうと北京以外の学生には、それだけ求められるハードルが高くなる、つまり試験で必要な点数がより高くなってしまうのです。そして、名門の大学はそれこそ北京のような沿岸の大都市部に多く点在するため、地方出身の学生ほど割を食いやすい構造があります。

ここでかわいそうなのが、「山河四省」と呼ばれる山東省・山西省・河北省・河南省にいる学生たちです。お世辞にも都会とは言えないこれらの省には、名門大学とされる大学がほとんど存在していません。反面、受験生の数は多く、これらの地域の受験生はより厳しい競争にさらされることになります。

そんな中、ある一人のネット民が「山河四省の受験生343万人が一人1,000元ずつ出せば、300億元以上集まるよな。じゃあみんなで大学を作ればいいんじゃね?」というジョークを飛ばしました。これを書いた本人が受験生かどうかは定かではありませんが、この自虐を含んだジョークはおそらくは同じ思いを抱えていた若者たちを中心に、大いにウケました。

そして、これを面白がったネット民が団結し、この架空の大学のディテールを考え始めました。「山河大学」と名付けられたその学校について、校章や校訓、校歌などの設定が練られたり、「国破れて山河あり」に引っ掛けて杜甫が校長ということになったり、キャンパスの3Dモデルを作成する人が出てきたり……と、いろいろな方面に広がっていきました。

重要なのはそれらの「設定」の中でも、山河四省の外からきた学生には高い合格点のハードルを課すように求めていたことでしょう。参照する資料によって差はありますが、「域内の学生の合格ラインは350点、それ以外の学生は700点」などとするものもありました(高考の満点は700点です)。きっちりと創設の目的と理念が守られています。

「山河大学」は受験生たち(あるいは、過去に厳しい条件の受験に泣いた元受験生たち)の切実な思いと、ネット民の悪ノリが合わさってできた夢の大学だったと言えるでしょう。

しかしこの夢はあまり長く続かず、しばらくしてSNSなどでこの「山河大学」に関する話題が封鎖されるなどが始まりました。いまの中国は社会的な批評性を少しでも含むものは、どのようなものであっても長生きできません。

この「山河大学」も、一種の風刺だと捉えられてしまったのでしょう。「公式サイト」も、いつしか見られなくなりました。一部のネット民は「夢を見ることすら許されないのか」と、この現状を嘆きました。

ただ、全面的にこの話題がタブーになったということでもなく、人民日報のコラムでこの件が言及されたり、教育部が会見でこの現象についてコメントを出したりと、公の側が「この問題(教育機会の不平等)についてはちゃんと注視していますよ」というメッセージが出されてはいます。

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以上が長くなりましたが、ここ最近の中国で話題になっていた「山河大学」に関するストーリーです。

以下、これについての所感を。

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