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小説版『アヤカシバナシ』ひかきぼう

母が昔、本当に昔、火葬場で仕事をしていたそうです。

今でいうアルバイトだが、そういう言葉もないと思う時代。


仕事は釜担当。


さて、この釜担当とはいったい何なのか?ですが。

昔の火葬場には、言葉は悪いけれど焼き加減を確認する為にのぞき窓がついていたらしく、その窓から定期的に中をのぞきこんでその炎の具合を確認し、炎担当に指示するのが仕事だった。

火が強すぎると骨が残らなくなるし、弱いと時間がかかりすぎる。

そこら辺の加減が難しいのだそうだ。


そこで母親が見たと言う話しなのですが・・・


燃える事により筋肉が焼けて急激に縮んだりするらしく、時には凄い勢いで起き上がったりするそうです。

手や足がギュン!と動くなんてのは日常茶飯事の事なんだとか。

起き上がって目が合う時もあるそうで、流石に心地の良いものではなかった。


しかし、小窓から棒を入れて、その起き上がった人を押し戻すのも仕事。

骨がバラバラになってしまうので、なるべく寝たまま焼けたようにするのだ。

呼び方は色々あるようだが、そこでは『ひかきぼう』と呼ばれていた。


今日も火葬の仕事が入ったので、母親が小窓の側で準備をする。

常に見なくてはならない訳ではないが、見逃したら親族に骨の粉を拾わせることになりかねない、それだけはあってはならないので、母親は余計な程覗き込んだと言う。


そんな母親が目を離した瞬間『バン!』と音がした。

釜の中を慌てて覗くと、棺桶を突き破って上半身が起き上がっていた。

またか・・・そう思い、ひかきぼうを小窓から入れ、押し倒そうとしたのだが、全然倒れない。

必死になってグイグイ押すと、なんと中から引っ張られる感覚があったと言う。

『え?』と思いつつも押したり引いたりを続けていると、力の抜けたその一瞬でひかきぼうがスポン!と小窓の中に引っ張られてしまった。

感覚的には完全に中から引っ張り込まれたのだが、中は猛火だ、仮に中の人が生き返ったとしても数秒だって持ちはしない。

そう考えると、同僚に『中に引っ張り込まれた』とは言えなかった。


焼き時間が終わり、その棒の事実を聞いていた担当が、何事もなかったように安全手袋みたいなものをして、骨の横にあったひかきぼうをスッと取って、横に置いた。


事なきを得たのだが、そのひかきぼうをどかしてくれた担当が、休憩時間にボソッと言った。


『あのご遺体、ひかきぼうをちゃんと握ってたんだよね。』

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