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小説『FLY ME TO THE MOON』第19話 回避

拡声器を手に入れた羽鐘はスイッチを入れてみた。乾いた舌打ちのような音が響くだけだった。

チッ・・・チッ・・・

『ちっ・・・一難去ってまた一難ってやつっすか・・・』

拡声器の後ろの蓋を外してみると、単一電池6本必要のようだ。時代は多少進化を遂げるも、電池ってものは廃れないらしく、充電能力こそ格段に飛躍したが、その使用頻度は昔と変わらなかった。

『拡声器があると言うことは電池もあるはず・・・

てか今時の拡声器って単三4本くらいで動くんじゃないの?なに単一が6本て!!!ええ?単一て!!はぁっ!単一て!』

物音を立てないように気を配りながら館内を探すことにした。事務室に入ると、ひときは大きなロッカーがあった。やたら大きい・・・人は入るだろうけど、まさかロッカーにゾンキーがいるはずがないと思い、何気なく通りすがりにバン!と開けた。その時、中から何かが出てきて殴りかかってきた。

『キエエエエ!!』

この状況で身に付いた危機管理能力と若さゆえの反射神経でさっと身をかわすと、勢いよく転んだ『何か』。しかし羽鐘は躊躇せずその『何か』の背中を抑え込むように踏みつける。

『まて!まて!狂人じゃない!狂人じゃないんだ!』

踏みつけられた男はそう答えた。

『人なのね?下手な真似すると怪我するよ?』


『しないしない、信じてくれ、いあ、下さい。』


足をどかすと男はゆっくりと立ち上がって両手を上げた。グレーのスーツに黒のピンストライプ、白いブラウスにループタイをした男は、禿げ上がった頭に白髪交じりの短い毛、白髪の無精ひげで、目が見えない程の白髪眉毛、げっそりとまではいかないが、やせ細ったおじいちゃんだった。


『あ!公民館の!』


男は公民館の管理者の【長曽禰 虎徹(ながそね こてつ)】

『おお!君は・・・その・・・あれだ・・・・』


『こてっちゃん!』


そう言うと羽鐘は虎徹に抱きついた。

幼いころから公民館によく遊びに来ていた羽鐘に、いつも声をかけては頭をなでなでしてくれていた虎徹。


『羽鐘ちゃんだ!おおー無事でなによりじゃゲボゲボ』


『あ、ごめん、苦しかったね』


羽鐘は虎徹に、身振り手振りを交えて今までの経緯をざっくりと説明し、虎徹に現状を理解してもらった。


『にわかには信じがたいが、羽鐘ちゃんの言うことだから、わしゃ信じる事にするよ、で?これからどうするんじゃい?』


『まず拡声器の電池、単一が6本欲しいの!ある?


『拡声器?????んまぁ電池ならここじゃ・・・』


事務所の引き出しを開けると、6本がパッケージになった単1電池が入っていた。


『こてっちゃん、私ね、ゴーゴンスタジアムに行くんだけど、一緒に行く?』


そう言いながら拡声器に電池をセットした。


『結構遠いのぅ、足手まといにならんか?』


『大丈夫だよ、ずっと走っていくわけじゃないし、あのね、そこで友達と待ち合わせしてるの、とても大事な友達。』


『ほうか、そしたら一緒に行こうかの・・・ところでご両親はどうした、一緒じゃないんか』


『・・・・・・』


『言わんでええ、分かったわかった・・・あ、ちょっと待ってくれんかの・・・』


羽鐘が言葉にためらい、一瞬で察した虎徹は、煙をはらうように切り出し、事務室の更に奥の管理室へ入った。時間にして3分程経過したころだったと思う、おもむろに部屋から出てきた虎徹。


『待たせたの』


出てきた虎徹の腰にはベルトがしてあり、そのベルトに刀がキチンと差し込んであった。


『かっこいい!こてっちゃんそれ斬れるの?』


『真剣じゃで、真剣に斬れるで・・・』


羽鐘の瞳孔が縮まる音が聞こたような錯覚を起こすほどには静かな時間が流れた。


『こほん・・・この刀はワシと同じ名前でな、偽物は非常に多いが、これはご先祖様から代々受け継いだもの。ワシのご先祖様は刀鍛冶でな、この虎徹をとても愛しておったそうじゃ。見ろ、この反りのほとんどない無骨な姿・・・ワシぁ刀の原点だと思うとる。これぞ名刀虎徹じゃ・・・』


『こてっちゃん、それ銃刀法違反じゃないの?』


『先に刀の話に感心せぇ!!!許可取得しとるわい!歴史的遺産としての許可がな!』


『あと・・・これ・・・持っとけ・・・』


それは羽鐘が家族と一緒に写った、町内会のお祭りの時の写真だった。


『お祭り・・・またできたらええのう・・・』


『こてっちゃんあでぃがどぉおおおおおお』


羽鐘は虎徹に抱きつき、うれし泣きをした。虎徹もまた羽鐘を抱きしめ『辛かったのう』と言い、涙するのだった。


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『うわぁ・・・・橋落ちてんじゃん・・・』


水を流す為のコンクリートの溝、いわゆる下水があり、そこに橋がかかっているだが、何がどうなったのか崩れ落ちていたのだった。色々と便利になった街だが、やはり時代の流れとともに進化していったものなので、下水を溝に流すちょっとした川なんかは普通に存在した。いや、神楽の話を聞いた後だとそれすらカモフラージュではないか?と疑ってしまうのだが。その下水にはトラックが頭から突っ込んだらしく、そのまま横転して溝に見事にきっちりとハマって水をせき止めている状態だった。それはトラックに乗れば向こう岸に渡れそうに見えた。


『回り道だとざっくり向こうの橋まで200mはあるかな…』


何でもない日常であれば、200mの回り道なんぞ喜んでするが、今は10mでも気を抜けば危ない街となっている、つまり通常の選択は時には安牌ではないのだ。


『うむ・・・行けるか・・・よし!』


根拠も無しに気合を入れて鉄の棒を背中に背負い、足を一歩踏み出した。トラックで見事に水がせき止められて、ちょっとしたダムが上流側にでき始めていた。水は横転したトラックの上に何度か乗り上げ、その都度シャバッ!っと涼し気な音を上げている。溝に対して縦にハマッているトラックの上を移動するので、5~6mと言ったところだろうか、如月は荷台に足を乗せ、確かめるように3回ダンダンダンと踏み込んだが、ビクともしなかったので、いよいよ乗ることにした。

一歩、また一歩と歩を進める如月。

運転席のドアに差し掛かるが、微妙に湾曲しているので、足を乗せる面が滑るのではないかと、より慎重になった。ドアに足をのせるとベコリと音を立てて少しへこんだ。


『太ったかな・・・』


独り言を言うと、ジリジリとドアに置いた右足を前にずらした。左足を出すタイミングを見計らっていたのだが、足元に気を取られ過ぎて目の前に迫っていたゾンキーに気が付かなかった。倒れ込むように如月に両手で掴みかかるゾンキー。


『うわぁちょちょちょ!どっから来たん!!!』


とっさにその両手首を掴んで、プロレスでよく見る力比べの状態に。


『くっそ、棒さえ取れれば・・・』


ゾンキーが前へ前へ来るので、いなすのは簡単だったが、足場が悪いため踏ん張っていないと自分も危なかったのだ。そんなどうしようもない状態で足首を掴まれた。


『な!!!!!』


誤算だった、運転席にゾンキーが残っていたらしく、そいつが割れたガラスから手を伸ばして如月の足首を掴んだのだ。さっと足を上げて、手を踏みつけるが、痛がることをしないゾンキーはしつこくまとわりつくように、何度も何度も手を伸ばす。端から見ると阿波踊りのようだった。如月はゾンキーの両手首をつかんだまま、左手前に引き寄せた、ゾンキーがトントンと小気味よく如月の左側によろめいた、そこを狙って左足を踏ん張りつつ、一瞬屈みかけてからの背中ごと体当たりをぶちかまし、ゾンキーを大きく吹き飛ばした。

鉄山 靠が決まったのだった。


『八極拳もやってるんで、悪いわね』


八極拳も学んでいた如月ならではの重心バランスで、即座に体勢を整え、背中から鉄の棒を抜きとり、運転席にいるゾンキーの頭をビリヤードのように割れたガラスの隙間から狙い澄まして突き刺した。


ガゴン!!!!


水をせき止めていたトラックが水圧に耐えられなくなり、動き出したのだった。『おととと・・まじぃ?』向こう側に跳び乗ろうとするも、先ほど落としたゾンキーが流されてきて運転席側に引っかかっていたので躊躇した。


ズズズズズ・・・・


遂にトラックが流され始めた。

ダムが一気に決壊したかのように凄い水圧でトラックを押した。先ほどのゾンキーは流されていったが、もう向こう岸に跳び乗るなんて状態ではなかった。


『まぁヤバいくらいの遠回りでもないし、乗ってくかー・・・・』


人生で初のトラック川渡り、恐らく今後の人生にもないだろう。下水としては古い溝だが、街ぐるみで川の清掃も行っているので、大きな障害物も中州の様なものもなく、結構のんびりと流された・・・。しかしゆっくりもしていられない事態は容赦はなく、ラブストーリーと一緒で『突然』に襲って来るモノだ。

眼前に迫る橋・・・。


『そっか橋か!絶対ぶつかるじゃんこれ!!!』


姿勢を低くして背中に鉄の棒を回し、鞄をお尻に乗せるように後ろにずらして、スキーのジャンパーのように構えた。


ゴオオオオオオオオオオオオオオオ


轟音と共に流れるトラック!走り出した如月!そして直撃の瞬間に大きく跳び上がった!


ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


凄い音と共にトラックが橋にぶつかる!

如月は手すりを超える大ジャンプで橋の中央に転げた。

しかし、トラックの衝突の衝撃で橋にヒビが入った。


『ヤッベ!!!!』


後ろから崩れているのを感じていたが、振り向いている余裕がない。人生で1、2を争うほど必死に走ってまたもや大ジャンプ!橋のコンクリートを蹴った瞬間にはもうその橋は無かった。


ドン!カランカランカラン!


転げるたびに鉄の棒は金属音を響かせた。


『ふーーーーーーーーーーーー!!!!あっぶね!ジョン・マクレーンかわしゃぁ!!!!』


さっきまで自分が居た橋の方を見つめながら、鞄から出したスポーツドリンクを一口飲んだ。


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