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小説『FLY ME TO THE MOON』第20話 お地蔵様
『上官!も・・・もう良いのではないでしょうか』
ゼウスシティの地下施設、街の監視カメラをモニターしながら神楽が上官に言った。そのモニターには火災で家が燃え盛り、ゾンキーの集団に噛み殺され、瓦礫の下敷きになり、泣き叫ぶ人たちが映し出されていた。
『だまって監視しろ・・・それしか我々に選択肢はないのだ、それに・・・』
『それに?』
『我々が何を言っても止まるものではない、お前もわかっているだろう、神楽』
神楽は地獄絵図と化したモニター映像を見て、鬼で居られることが出来なくなっていた。その気持ちを察しつつも、自分が何もできずに歯がゆい思いをしているのは上官のロキ。もともとは軍で軍曹を務めていたロキは、数々の戦場を掻い潜った英雄と呼ばれた男。左目は大きな刀傷で潰れている。身長も高く、いわゆるゴリマッチョ体型。ロマンスグレーの長い髪を普段は後ろで束ねてポニーテール、無精髭のイケメン叔父様として、密かに部署内でも人気が高い。
『でもこれは人として私は・・・』
『私も堪えている…気持ちは同じだ…監視を続けろ…それが今お前がやることだ』
『シティを守るべき人間が、シティの破壊を見物しろと・・・』
『落ち着け・・・職務を全うしろ』
『・・・・・・・・・・・』
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如月がここを通る60分前。
『ここを真っすぐなのだけれど、煙が出てる・・・』
数メートル確認しながら進むと横転した車が火を噴いていた。人が通れるスペースがあるので、そこを抜けようと向かった。通り抜けようと身を横にすると、車が突っ込んだ壁が崩れてその衝撃で車が少し動いてしまった。
『あぐっ!』
パイロンは車に挟まれてしまい、身動きが取れなくなった。
『やっべ!・・あ、やばくて申し訳ございませんっ!!!!』
崩れ落ちた壁が更にガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
ザシュ・・・ザシュ・・・ザシュ・・・
瓦礫を踏みしめる足音がした・・・
『なんでだよ!こんな時に絶対出るよなっ!モウッ!』
ゾンキーだった。
身動きが取れないパイロンは上半身だけで戦うしかない。まっすぐに向かってくるゾンキーは3体。どうでもいい情報だが、女性ゾンキー3体である。一人は黒髪のロングの・・・いあ、やめておこう。
『キーーーー!!!!もう!抜けないっ!パイは絶体絶命で申し訳ございませんっ!』
これまでずっと共に戦ってきたバールを握りしめた。こうして強く握りしめるのは何度目だろうか。少なくとも人生でこんなにこんなに何度も何度もバールを強く握りしめることなどないだろう。そして今もまた強く強く強く握りしめ、ゾンキーを迎え撃つのだった。
『動けないって言ったって、真っすぐ私に向かってくるだけでしょう?芸がないの・・・よ!!!』
バカン!!!!!
一体目、頭蓋骨陥没!連続討伐となるので、バールの裏側を使い、めり込む事故を防ぐ余裕すらあったパイロン。挟まれている車のハッチバックに倒れ込んだので、すぐに押しのけて二体目をガツン!!!これも見事に一撃で仕留めることに成功!しかしひときは大きいそのゾンキーが倒れこんできた。
『ちょ!!!!おも・・・・い・・・・』
その後ろから押し込むように3体目のゾンキーがグイグイとパイロンに手を伸ばす。噛まれはしないが、その重さで腰が痛い。
『ぬぁあああああああああ!!!!!』
バールの反対側、くぎを抜く方を既に倒した二体目のゾンキーの口に思いっきり差し込んだ!突き抜けたその鋭利な先は、三体目のゾンキーの頭を見事に貫いた!
『ふう・・・みたらしゾンキーだんごで申し訳ございません』
少し腰を下ろすと、肘を曲げてハッチバックに両手を突っ張れたので、持てるエネルギーを全開にして車を前に押した。
『うぉおおあああああああああああああああああああああああ!』
ゴリ・・・
タイヤが少し動き、隙間が広がったので体を少し横にして、肩でもうひと押しした!
『イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
ゴリゴリ・・・
『ぷわぁあああああああああああ・・・・』
なんとか抜け出してその場に倒れ込んだ・・・
ベチャ・・・
『うっ・・・ゾンキーかよ・・・』
倒れたゾンキーの顔にうっかり手を付いてしまい、テンションがダダ下がりのパイロン。ふっと一息ついて、車の先を見ると大騒ぎしてしまったせいか、ゾンキーがゾロゾロと集まってきていた。
『あっつつつ・・・・』
腰が痛いのでこの場は道を変えることにした・・・・。数メート戻った角の家の塀の隙間に隠れて休憩。
『1人だとうっかりは死に繋がるわね・・・』
少し休んで塀から顔を出すと、いつの間にかゾンキーに囲まれていた。気づかれては居ないが文字通り八方塞がり。でもここで見つかったら逃げ場がないので何とかしようと考えた。
『ハハ!ねぇちゃん!ねぇちゃん!』
声のする方を見ると、勝手口を少し開けて男性が手招きしていた。
『怖がるな、俺はゼウス商店街の魚屋だ、ハハ!安心しれ。』
『は、はい・・・』
『ハハ!今からイチかバチかでドラックで逃げるんだけどよ、ねぇちゃん困ってんだべ?どこまでか知らねぇけど乗ってぐか?』
とっさの判断だが、悪い人には感じられなかったので、パイロンは『お願いします』と答えて、静かに家に入った。
『生きてる人が居るとは思わながったよ、ハハ!俺は魚屋のクマだ、いつまで一緒がしらねぇけどよろしぐ頼むな。』
『魚屋なのに熊なんですね』
『ハハ!よく言われるよ、名前が鉄っぽいからスティールとか、そんな程度のもんよ、ハハ!』
『ちょっと何言ってるかわからないけど、どこかで聞いたな・・・その鉄のやつ・・・』
『腹減ったろ、缶詰で良かったら食え、ホラ缶切り。鯖缶、ツナ缶・・・まぁ適当にハハ!』
食事にありつけたパイロンは、ツナ缶を2缶、マヨネーズと醤油をかけてムシャムシャと食べた。美味しい、それはとてもおいしかった、何もかけなくても鉄板と言える絶妙な味のツナに対し、黄金タッグと言っても過言ではないマヨネーズと醤油でアップデートされたのだ、美味しくないはずがないはずがないったらはずがない。
『あの・・・パンあります?』
『ねーよ!バカタレ!よし!食ったら行くぞ、ハハ!こんなおっさんと一晩過ごすとか嫌だろーさ、だべ?ハハ!』
『いえ・・・そんな、申し訳ございません』
『お?じゃぁ一緒に寝るが?う?』
『結構です』
『カーーー!!!!はっきり言うね気に入った!ハハ!外に出ずに車庫に行ける、車庫はシャッター下げでるから大丈夫だ。変人は居ねぇ、犬が噛まれて殺されてしまっでな、可哀想だから車庫に亡骸置いてるけど大丈夫、死んでる。動物には感染しねぇみてぇだ。』
『あ、はい、お察しします・・・』
『おう、ありがどな、めんこい犬だったんだわ、ミッキーって名前でな、うんうん』
『それ、一般的にネズミの名前だし・・・』
2人は車庫へ向かった、少し変わった構造の家だが、普通に部屋から車庫、いわゆるガレージへ行けてしまうのは、有り難いの一言だと感じるパイロン。もちろんゾンキー以外でも、雨や雪に濡れずに行き来できる。しかしよくよく考えると、割と普通の事だったことに気づき、パイロンは何も言わずトラックに乗り込んだ。クマも乗り込み『いいか、シャッターは自動じゃねぇ、ぶっ壊すのはちょっと残念だが、このまま突っ込んで外に出る、いいが?わがったが?』とパイロンに確認。
コクっと頷きクマの目を見るパイロン。
『ねぇちゃん、勇気あるな、ますます気に入った!したらいぐで!』
鍵を回し、察したかのように即かかるエンジン。
ガオンガオンと2度吹かして一気にアクセル全開!
『つかまれねぇちゃん!』
ドォン!!!!
海外でよく見るタイプの持ち上げるスライド式の一枚シャッターを思いっきりぶち破ると、トラックは横滑りして向いの家の塀に横から体当たりする。ガラガラと崩れ落ちる塀が行く手を阻む。タイヤが嫌がっているかのようにジャジャジャと音を上げ、車体が前後に激しく振動した。
『おいおい!もう少しだ!がんばってけれ!』
『スタートからこれですかクマさん!』
『うるせぇつかまってれ!』
そう言うとクマはトラックから手を出してドアをバンバンと叩いた。振動が止まり、車体の前部分が大きくせりあがった。ジェットコースターの上りのような感覚のあと、シーソーがバタンと倒れるように車体の前部分が前のめりになった。
『よっしゃ!!!!それ行け!』
バンバン!
『クマさん手!危ないから手を出さないで欲しくて申し訳』
『もう少しだ!がんばってけれー!!!』
クマはトラックのドアをまるで馬に鞭を入れるように叩いた。
バンバンバンバン!
『ウワァアアアアアアアアアアアアア!!』
クマが悲鳴を上げる。
車内へ仕舞い込んだ右手は噛まれたらしく血が噴き出していた。
『ちょっとクマさん!!だから言ったのに!!!』
『うるせぇだぁってろ!!!!』
窓から手を入れてゾンキーがクマを捕まえようともがく。
『クマさん頭どけて!!!』
ズァシュ!
入ろうとするゾンキーの顔面にバールを突き刺すパイロン。
『クマさん!アクセル踏んで!早く!』
けたたましく悲鳴のようにクマに指示した。
『ねぇちゃん、前のあの群れをなぎ倒すからな、タイミング見て飛び降りでけれ・・・いいが?』
『だめ!・・・それじゃクマさんが・・・』
『いいが!いぐど!死にキャラのつもりじゃねがったんだけどなぁ~くぉそおおおっ!!!すまねぇなねぇちゃん!』
ドン!と言う音と共にアクセルが全開になった。一気に走り出したトラックは道幅にゾロゾロ居たゾンキーを面白いほどになぎ倒しながら進む。フロントガラスに次々に跳んでくる肉片、内臓、おびただしい量の血。バカカカカカカカカと、まるで大きなヒョウが降ってきたような感覚だった。もうワイパーも利きやしない状態で、跳ね飛ばす音だけが心地よいベースのように車内に響いた。
『もうすぐ水路・・・だ・・・飛び降りろ!!!!突っ込むど!』
『クマさん!』
『いげぇ!!!!!!いいからいげぇクソガキィイイイイ!!!!!』
『ハ・・・はいっ!!!!!!!!!!!!』
ドアを開けてパイロンが飛び降り、勢いで三回転程し、体勢を整えて直ぐに近くのゾンキーをなぎ倒す。ヒーロー映画さながらのアクションだった。
『クマさーーーーーーーーーーーーーーん!!!!』
声が裏返った必死のその叫びは届くことはなく、勢いを保ったままガードレールを斜めに突き破り、少し浮き上がると、橋に突き刺さる様に突っ込み、柱を砕き、川の流れも手伝って橋は水に押されるトラックにゴリゴリと砕かれ、やがて完全に崩れ落ちた。ジャストサイズで縦にハマったトラックは川をせきとめ、簡易ダムをつくることとなった。
『また・・・また人が死んだ・・・その死に私が関わってしまった・・・』
しかしクマのお陰でゾンキーによる八方塞がりは打開できた。パイロンはクマのトラックに一礼すると、落ちた橋の横にお地蔵様を見つけた。
パイロンはお地蔵様にも急いで手を合わせて一礼し、クマが命がけで開けた風穴を走り抜けていった。
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