小説『FLY ME TO THE MOON』第58話 【外伝】羽鐘のミッション
『ラーの逆十字の残党っすか?』
羽鐘が寝起きで寝ぐせだらけの頭でシンゴを見上げる。
一歩前に出たからいつもよりも顎の角度は高角で、首の筋がピキっと音を立てた。
武術指導担当であり上官のコヤス・K・シンゴは一歩下がって言う。
『まずは顔を洗って歯を磨いてこい』
『いや全部やり終わってるっす』
『櫛くらい入れろ女子だろ!なら座れ』
2人はふかふかで座り心地の良いレザーの椅子に腰かけて向かい合った。
ギュ!と革の音がして羽鐘の跳ね上がった髪の毛が揺れる。
『お前たちが潰してくれたラーの逆十字の件だが、残党が居て復活を目論んでいると言う情報が入ったのだ』
『それが海軍の仕事…と言うわけっすか』
『そう言う事だ、お前は修業がまだまだ足りない、だが海軍にもエキスパートと呼べる人材は少ない、いや…いないと言っても過言ではない、うん、居ないわ、やっぱ居ない。しかしそうも言ってられない、ラーの逆十字が拡大し、準備を整えてしまってはどんなテロ行為を行うかわからん』
『危険な任務…すね?』
『そう言う事だ、だが断る事もできるぞ、どうする?』
『やるっす!故郷を守る事にもなるっすから』
『そうだな、そう言うと思ったよ、お前には帰るべき仲間が居る、守るべき仲間が居る、きっとやれる。飯を喰ってこい、詳しい話はそれからだ』
『はい!』
左足の踵に右足の踵をぶつけて、コツンと音を立てると、美しい敬礼をした羽鐘。
頭の寝ぐせがピョンと揺れた。
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食事を終えると会議室に集められた。
集められた…そう、羽鐘の他にも海兵が呼ばれていたのだ。
ヒゲ=ゴリ
タラッサ地方出身の体格のいい男、髭面で機嫌の悪そうな顔つきをしているため、人からは怖がられるが実は優しい紳士。腕っぷしの強さは群を抜いており、シンゴと組手で互角に渡り合う、その屈強さから選ばれたのだった。ちなみに彼の地方では名前のヒゲは無法者を意味し、ゴリは強さを意味する言葉らしい、名前からその強さを象徴している。
宮﨑 愛(みやざき あい)
カサンドラ地方出身の女性海兵、少しすっとぼけているがメカニックのエキスパート、その腕前は入隊して一カ月でネオ・ゼウスシティを守る影の組織・ゼウスエージェント株式会社から依頼を受けて武器やアイテムを開発するほど。地元で座敷童と言う出会えば幸せになれる妖怪が出る事で有名な温泉宿「宮﨑旅館」を経営する若女将だったが、その座敷童が居なくなったことで相談したエクソシストと魔物の戦いを見て、自分も戦いの場に身を置きたいと志願した。
そして武内 羽鐘(たけのうち はがね)
身長180cmの長身で高音が良く伸びる合唱部の秘密兵器…と高校時代に顧問の教師には言われていたが、目指したのはメタルバンドの女王。。黒髪のショートカットで右サイドを刈り上げたアシンメトリー。父親が元海兵で、日々柔道のトレーニングを一緒に行っていたことで腕っぷしの強さもなかなかのもの。ゼウスシティを崩壊まで追い込んだ『ラーの逆十字事件』ではゾンキーの脳を破壊する類まれなるデスボイスを駆使して戦った事で有名。世界的人気バンド【OXIDIZE(オキシダイズ)】のメンバーである。
『よくぞ集まってくれた』
背中向けに座っていたシンゴがくるりと椅子ごと回ると、手に持ったステッキをコツンと床に当ててゆっくりと立ち上がった。
『任務はこのメンバーで行う』
『えーーーーーーーーーーーーーーーーー』
流石に驚いた3人は声を合わせて綺麗にハーモニーを作り出した。
3人とも入隊3年目の新兵だ、驚くのも無理はない。
『3年クンネンしたんだ、ん?3年タンネンしたんだ…んんーーーーっ…タンネン3連したんだ!お前らはやっと初心、つまりスタートラインに立ったのだ、自信を持て』
『初心の兵士にやらせる仕事っすか!敵の規模はどれほどなんすか?つかタンネン3連ってなんすか?』
『知らん』
『ヒゲゴリと申します、失礼ですが何も情報が無い中に飛び込むのはキチ―ぜ』
シンゴの計らいで口の利き方は許されている、シンゴが求めるのは礼儀ではあるが、チームは本音で話すべきと考える。シンゴは敬語には常に壁を感じており、本気でぶつかり合ってこそチームだと思っている、だからこそ多少の無礼な口の利き方は許しているのだった。
『宮﨑 愛と申しまする、ふつつかながらウチから申し上げたいことがござりまする』
『愛、口の利き方は多少の無礼は許すが、その…なんと言うか…』
『これでござりまするか?これを無礼と申しまするか、ならば切腹を…』
『いやいい、わかった、好きにしろ』
『切腹の事でござりまするか?』
『違うわ!』
『はいな、目的地はどちらにござりまするか』
『パンドラ諸島のレダと言う島だ』
『お待ち下さりまし』
愛は手袋の左手の甲が光った部分を凄い勢いでタップとスワイプを繰り返した。
『生体反応を捉えましてござりまする、霊長類ヒト科が現状30人、他には哺乳類も鳥類も爬虫類も昆虫類も存在してござりまするが少数にござりまする、植物は食べられるものは殆どございません、気候としては比較的穏やかでござりまするが、周囲の波の高さは常に1mは維持、一番深いところで水深30m』
『だそうだ、島のおおき…』
『南北に約480メートル東西に約160メートル、面積は約6.3ヘクタール、海岸線の全長は約1,200メートルで高さ3mの護岸堤防で覆われてござりまする、平均降水量は2,000ミリメートルで冬の方が比較的雨量が多く、夏は南東風・南風、冬は北西風・北風が多くて常に強風が吹き荒れているとの情報にござりまする』
『凄いな愛…』
『やり過ぎでござりまするか、ならば切腹を…』
『すぐ腹を切ろうとするんじゃない!ありがとう愛、と言う事だ』
『何が と言う事だ ですか!聞いてました?そんな小さな島に30人も居るんですよ?』
『爆弾1つ落とせば解決でござりまする。』
『周囲に島があり人々が生活している、爆風を押さえたら壊滅させられない、通常爆破した場合は津波による被害が出てしまう、民間人に被害は出してはならん』
『ナパームで焼き払えばいい、ラーのバーベキューとしゃれこもうぜ』
『愛の話を聞いていたのか、いいか、情報は一度で聴き取り把握しろ、常に強風が吹き荒れている島だ、炎がどんな動きをするかわからん』
『対空砲火兵器の設置も確認できました』
『無理っすね…』『こりゃ参ったぜ』『3人で切腹を…』
『ちなみになんで3人だけなんすか?』
『ぞろぞろ行っても上陸できない、全員途中から泳ぐんだから』
『泳ぎっすか!波は高いってさっき愛が』
『はい、海流も速いので人が泳げるレベルではないかと思われますにござりまする』
『大丈夫だろ、愛のエージェントグッズがあれば』
『愛のエージェントグッズってなんか響きが浪漫歌謡みたいっすね』
『アクアジェットブースターネオをご装着なされば大事ないかと思われまする』
『まじかよ、こりゃ参ったぜ』
『ゴリ、私たちは選ばれたっすよ、家族を、友達を、仲間を救わなきゃ』
『俺には家族も友達も仲間もいねぇから救う義理なんかねーんだけどよ』
『なら人類を救うためっすよ!』
『まじかよ、参ったぜ…』
『ヒゲ!情報が無い中飛び込むのどうのこうのって言ったな、情報は与えたぞどうするんだ』
『わかったよ、やるよ、参ったねこりゃどーも』
『そんなに参ったするなら切腹をなさいまし。ウチは面白そうでござりまする故、やらせていただきまするにござりまする。』
『決まりだな、念のためコードネームを付ける、羽鐘はスティール、ヒゲゴリはヒゲゴリラ、愛はラブだ』
『なんかまんまっすね』
『こういうのはあまり捻らないほうが逆に良いんだよ』
『ヒゲゴリラって、もはや別な生物だぜ』
『私なんか物質っすよ』
『ウチはもはや感情にござりまする』
『シンゴさんも通信するならコードネームあるんすよね?』
『俺のコードネームは英国紳士』
『なんそれ!捻ってると言うよりなんそれ!』『自分だけかっけーなずりーよ』『英国は他所の国にござりまするが』
『うるさい!これから俺たちはエージェントだ、エージェントと言えば英国紳士だろ…』
『だからシンゴさんの格好、スーツにステッキだったんすか!染まり過ぎっすよ、はははは』『はっはっは、ダッセ』『自害なさいまし』
『まて!誰だ自害しろって言ったのは!よし、このミッションはトップシークレットだ、決行は1週間後、それぞれ準備をしておけ、体調管理もちゃんとしろ、歯も磨け、風呂にも入れ、下着もちゃんと替えろ、それと…えーっと…』
『シンゴさんもういいっすよ、わかりましたよ』
『最後に、このミッションチームの名前は【カントリーロード】だ』
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