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小説『FLY ME TO THE MOON』第59話 【外伝】羽鐘のミッション2

任務遂行の前日の夜、羽鐘は3人で写した写真を見ていた。

これ以上開かないってくらい開いた口で笑う如月、にっこり優しい笑顔で微笑むパイ、その真ん中に居る自分。よぎったのは「もう会えないかもしれない」と言う不安だった、それほど危険な任務。通常なら特殊部隊が行うような上級レベルの任務ではあるが、シンゴはその特殊部隊でもある為受けたのだろう。

当然だが勝算もなしに受けるはずもなく、自分ら新兵を指名するなどあり得ない。大丈夫、きっと大丈夫…そう信じ、満月を見上げるのだった。


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『準備に抜かりは無いか!カントリーロード!』


会議室に集まっている3人にシンゴが問いかける。


『スティールは狙撃の腕がいいから遠距離から仲間を援護をしろ、風が強いがお前なら読める、できるな!』


『はい!』


『ラブはタレットや対空兵器、通信機能などを無効にするため、EMPジャマ―装置を設置、島全体を網羅する為には本拠地の屋上に設置する必要がある、そのためにヒゲゴリラと共に行動しろ、ヒゲゴリラは現場の確保と同時にラブの援護』


『はい!』『はい!』


『EMPジャマ―装置を設置したら私に連絡をしろ、ヘリで精鋭部隊を向かわせる、いいか、ヘリを向かわせるためにも対空兵器は何としてでも止めろ』


『死んでも…でござりまするね?』


『死ぬんじゃない!死ぬくらいなら逃げろ!と言いたいところだが、残念ながらそうとは言えない、いいか、死なないようになんとかしろ』


『いや曖昧っすね!』


『荷物の確認をし、格納庫へ集合!3分後に離陸する!』


『はい!』


間もなくして船の上にヘリが到着する音が聴こえた。


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ヘリに乗り込んだ3人、ヘリの名はドラゴンフライ。

マットな漆黒の黒い機体、スピード重視の細長い蜻蛉のようなそのフォルムは気品すら感じた。


『頼むぞ神楽!』


シンゴにグッドサインを送る操縦士は神楽だった、カーゴから操縦席は見えない作りなので神楽の姿は羽鐘にはわからなかったのだが…。

神楽は引退したとは言え、シンゴの信頼するエージェントであり、今もこうして任務の手伝いをすることがあったのだ、それがたまたま羽鐘の任務と重なるとは思っても見なかった。インカムを使用してシンゴだけに通信する神楽。

『羽鐘ちゃん、大丈夫なのシンゴ…』


『あいつならやれる、そう信じてる』


『何かあったら如月に殺されるからねアンタ』


『あの銀髪娘か、ふふ』


『頼むわよ』『あぁ』


『いけぇ!カントリーロード!』


ドラゴンフライが急上昇し、前に重心を下ろすとジェット噴射を行い、一気に爆発的な加速をして軍艦の横スレスレに飛行したかと思うと、海面ギリギリを波しぶきをあげながらぶっ飛んで行った…こんな操縦が出来るのはこの世で神楽ただ一人だろう。


『ラブ、周囲の状況を教えなさい』


『はい、電波らしきものは探知できません、可能性としては敵のレーダーの範囲外なのかと思われます、仮にレーダーが作動したとしてもこの高度を保てば捉えられる事はありませんでございます。一応ウチが作ったジャマ―シールドをこのヘリに付けましたので、高度を上げたとしてもレーダーに映る事はないのでござりまする』


『噂通りね、たいしたものだわ』


凄まじいGを感じるスピードで10分ほど飛行すると、目標地点となった。

『止まれないから飛び降りなさいよバカタレども』


『このものの言い方…神楽さんに似てる、ふふっ』


神楽に似ていると感じ始めたのもつかの間、飛び降りる瞬間が来た。

完全防水のリュックの肩ひもを締め直し、胸元のベルトをキツくした。

レダ島約800m手前。

『ワン・ツー・スリー!!!!』

3人の掛け声に合わせて3人が同時に飛び出した。

超低空飛行なのでパラシュートなしで身体を真っすぐの状態、例えるなら立った茶柱のように海水に突き刺さるように着水。

軽く数メートルは水中に突き刺さり、慣性の法則が終わるころに必死で上を目指して泳いだ。


『ぶは!』


水面に顔を出すが、想定以上の高波で潮も速く、3人はバラバラに一気に流された。

飛び降りる前に、宮﨑 愛に『着水したら押すのでござりまする』と渡された装置の赤く光るボタンを握りしめるように押した羽鐘。

ウェットスーツの脹脛からエラのようなダクトが開き、一気に推進力を生みだした。イメージとしてはジェットバス、それの強力なものが両方の脹脛に付いているのだった。水中で60分呼吸可能なちくわのような機械を口に銜えると、魚雷のように一気に水中を突き進んだ。生まれて初めての経験だった、呼吸するために水面に出る事無く物凄いスピードで自由に水中を20分も泳ぎ回るなんて。


緑のスイッチを押すとスピードが徐々に緩み、身体に張り付いたウェットスーツにエアーが入り、少しゆとりが出来た。『何という高性能』ぼそっと呟くと周囲を警戒し、静かに陸に上がってまずは岩陰に身を潜めた。


『てか軍艦でここに突っ込んだらダメなわけ?まぁのっぴきならない事情があるんだろうけれども・・・ふぅ…3mの壁がこれか…』


見上げると3mとはなかなかに高い、だがしかし、物質的にはコンクリートなので、溶解液を使う事にした。自分の身長より少々小さいくらいに溶解液で円を描き、暫し待つことに。3分ほど経過すると熱を発しているらしく、円の部分から湯気が出始め【ゴトン】と言う音と共に綺麗に溶解液の部分が、溶けたと言うより粉になった様子で、丸い形のまま壁が抜けた。ゆっくりと手前に倒して中を覗き込むが、警備兵は居ない。


EMPジャマ―の設置がまだなので、傍受の危険性を避け、通信は出来ない。愛からの通信が入った時がその時だ、それまでは見つかるわけにはいかない。後の2人が来るまで海辺の岩陰で待つことを選んだ羽鐘。


『気候としては本当に穏やかだけど風は強いっすね、風が強いのは気候が穏やかとは言わないのかな…まいっか、予想以上に風が強いので狙撃レベルは高そうっすね』


体温が36.5度を下回ると自動的に温度を上げ、体温と同じに保ってくれるウェットスーツの機能が作動した、はぁー快適だ、愛様様だわ、そんな事を思いながらスナイパーライフルを組み立てるため鞄を開け始めた、開けることに集中するあまり敵の接近に気付くのが遅れた羽鐘、ライトの光が羽鐘の隠れる岩を照らし、その漏れた光で距離を測る、しかし羽鐘はまだ銃を組み立てておらず、ここでサブウェポンのデザートイーグルを撃つのは居場所をより多くの敵に知らせてしまう事になる、となるともうナイフしかない、腰に仕込んだカランビットナイフを2本抜き、両手に持った。インドネシアで作られた歪曲した爪や鎌の様な形状のカランビットナイフ、その形状は虎の爪に触発されたものとも言われている。元々は武器ではなく、稲作で稲を植えるために使う農具として作られたものであるが、羽鐘のカランビットは両刃でダブルエッジと呼ばれているものであり、農業用ではない。


『穴…?こんな穴開いてたか?』


そう言いながら周囲を照らし、じりじりと近づく敵。岩を抜けるライトの光が狭まった瞬間岩の下に足が見えた、ウェットスーツではないと一瞬で判断した羽鐘はカランビットの刃をその靴のつま先に突き立てた。『ぐわ!』と言った瞬間羽鐘は右アッパーの動きでカランビットの刃が敵の顎を突き刺し、左肘で顔面を強打、倒れた敵の喉に踵を落して仕留めた。


敵の落したライトを踏みつけて破壊し、死体を担いで海に沈めた。

岩陰に戻るとライフルの組み立てを続けた。

こういう事を想定して、暗闇で組み立てるトレーニングをしていた羽鐘にとって、ライトのない闇の中でライフルを組み立てる事など15秒程度で出来る造作もないことだった。


組み立てるのはバレットM82

アメリカ合衆国で開発された大口径のセミオート式狙撃銃。

羽鐘が上官に無理言って入手してもらった狙撃銃だ。使用する弾丸は12.7mm弾、従来の小銃や狙撃銃の弾丸として使用される7.62mm弾と比較すると重量があって射程も長い。弾道の直進性が良く、長距離射撃の際に空気抵抗や横風などの影響を受けにくく速度低下が少ないのが特徴で、羽鐘は撃った時に自分を包み込むように舞い上がる砂埃が大好きだった、一発一発撃つたびに生きてると感じるからだ。

『欲を言えばボトルアクションが良かったなぁ~』と呟く羽鐘の目の前の海面から2つの影が現れた。


『う、海坊主!!!!』


宮﨑 愛とヒゲゴリがゆっくりと上がって来た。


『ちがった・・・』


右手を上げて3人で合図すると、羽鐘の開けた穴を抜けて静かに前進をする。

少し高い位置に上がると基地が見えた。


『あの建物の屋上にジャマ―を仕掛けるっすね』


『そうだな、なかなかしんどそうなミッションだぜ』


『スティールはあの高台から援護を、ウチとヒゲダルマは中に突入、よろしいでございますね?』


『それからは殲滅作業、命がけっすね』


『30人ぶん殴ればいいんだろ、直ぐに終わるさ。つか俺のコードネームってヒゲダルマだっけ?』


『何でもよろしいでございましょ、いきますですよ。』


2人は暗闇の中に姿を消した。

残った羽鐘は少し高い位置にある崩れ落ちた太い柱の上に陣取った。

柱と言えども4畳程度の広さがあるのでM84を設置して伏せても余裕だった。

敵は懐中電灯を使って警備しているので、羽鐘から丸見え状態。

当て放題ではあるが、余計な戦いは避けるが得策、羽鐘はトリガーに指をかけたままじっとその時を待つのだった。

まずは基地に潜入して屋上へ出なくてはならない別動隊はサイレンサー付きの銃とナイフで扉前の警備を2名倒し、裏の入り口から入ることに成功した。

基地と言っても軍隊のそれとは違う、工場のような建物を勝手に基地として使っているだけなので、シャッターを下ろされて閉じ込められるような機能が無いのはありがたい。


少しづつ前進しながら敵を倒すヒゲゴリ。その倒し方はまさに野生のゴリラで、背後から敵の口を左手で覆い、右手使って首を捻りへし折る。その音は落花生の殻を踏みつけたようで、想像以上に軽かった。


その後を静かに移動する愛だったが、横から出て来た敵に見つかり斧で思い切り切り付けられた。間一髪身を翻してかわしたが、斧は背負ったリュックに直撃してしまう。直ぐにヒゲゴリがドロップキックでその敵を吹っ飛ばし、起き上がろうとした敵の顔面に蹴りを入れて失神させた。

『大丈夫か愛』


『ええ、でも中が心配…』

愛がリュックを確認すると、EMPジャマ―に刃が突き立てられたらしく激しく破損していた。

『これは…切腹して詫びなくてはなりませんね』


『いや、腹斬るよりもそれ、直るか?』


『そんなレベルじゃないでござりまするよ、やはり腹を斬るしか…』


『斬るのは後にしろ、流石の愛も突然の攻撃は予測できないんだな、で?どうする、作戦変更か?』


『そうね、他の機械は最悪止めらてなくてもいい、対空砲火兵器だけは何とかしないとヘリがここに来られないでござりまする。直接破壊と言う事になりますけれども。』


『やるしかないっしょ、通信も出来ないのだから上官に許可を取る事も出来ないしな、あと25人くらいか…俺たちならなんとかなるぜ』


『最初の1台を破壊したら通信開始ですわね、傍受されようがなんだろうが、通信しない事には互いの動きが取れないで困るでござりまする。』


『そうだな、作戦変更を羽鐘も知らないからな、ところで俺たちの通信ってジャマ―関係ないのか?矛盾してないか?』


『当たり前じゃないですか、ジャマ―を無効にする機能がついてるのでジャマ―後に通信しようと言う事なのでござります。だから傍受されないと言う事にござりまするよ。』


『ジャマーにジャマーされない的な?』


『自害なさい』


『嫌なこった、ほんじゃ一度基地から出ますかね』


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