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小説『FLY ME TO THE MOON』第60話 【外伝】羽鐘のミッション3

『あ…出て来た』


約300m手前からライフルのスコープで覗く羽鐘が見たのはヒゲゴリだった。何かあったのだと直感し、緊張感を高めながらスコープで2人の動きを追う。正直な所暗くて周囲がほとんど見えず、建物を取り囲むように設置されたライトが頼りだった。


2人は身を潜めながら物陰から物陰へと移動する、その先にあるもの…


『そうか対空兵器…やっぱり何かあって直接対空兵器を爆破することにしたっすね、でもそっちは結構敵が居るっすよ~…』


ライフルを構え直して呼吸方法を替えた羽鐘。

通常の呼吸方法だと銃口が安定しなくなると言うのが彼女の中のルール。

浅く速く呼吸を始めた。


『ひゅっひゅっひゅっ…』


独特の音を発しながらスコープを覗くと、身を隠すヒゲゴリの背後から敵が近づいているのが見えた、どちらも気づいてはいないがこのままだと敵が先に気づく可能性が高かった、だが羽鐘の狙撃が外れてもそれは同じ事。

羽鐘は奥歯を噛みしめ集中し、スコープの焦点を敵の頭に合わせた。


『風が変わった…』


風向きが変わったことに気付き、その強さ感じ、弾道を読む。


『ここだ…』


迷いなくトリガーを引く羽鐘、発射された弾丸はまるでスローモーションに見えた、風に流され緩やかに右に曲がると、敵の右の眼球を貫いた。


『もう少し上だったか』


約300m先の敵を一発で仕留めたと言うのに、羽鐘は満足はおろか次の狙撃の為に軌道修正を頭の中でするのだった。スコープを覗くと、ライフルの風切り音で気づいたヒゲゴリがいいねサインを手で送っていた、口元で1mm微笑むと羽鐘は仕事に戻る。


『羽鐘は腕がいいでござりまするね、この強風の中で一発で撃ち抜くとは』


『あぁ、でもヘッドショットじゃねぇ、悔しがってるだろうぜ』


『狙撃手とはそんなものですの?』


『そうさ、一発の弾丸で美しく仕留める事に全身全霊を注ぎ込むのさ』


『美しく殺す…でござりまするか』


『殺すんじゃねぇ、仕留めるんだよ』


『狩り…でござりまするね』


『そういうこった、進むぞ!』


しかし、事態は一変し、更に風向きが代わって暴風となった。

強い風が渦を巻き、砂埃を巻き上げて基地を包んだ。


『これじゃ前が見えないぞ愛!羽鐘も流石に無理だろう、どーすんだ』


『本当にあなたは野生のゴリラでござりまするね、体力以外は取り得がございませんのね』


『おうよ、俺は無敵のゴリラ様よ』


『黙りなさい、作業中にござりまする…衛星に繋いでウチたちの位置情報を誤差なしで羽鐘に知らせようとしているのですから』


『でもそれって傍受されるんじゃ』


『大丈夫よ、どこも通さず直接引っ張る、こんなこともあろうかと羽鐘のウェットスーツには半径1.5m程の狭い範囲でEMPジャマ―が発生するようにしてある、それをウチが遠隔操作したらいいだけの簡単なはなしでござります…と…』


『だったら3人ともジャマ―付けたら会話できたんじゃねーの?』


『素人がっ目玉くり抜きますわよ、通信するから傍受されるのです、傍受させないためにジャマ―を設置しに来たのでしょう?敵の通信機能を麻痺させていないのですから私たちが通信したら傍受されるでしょう?おわかりでござりまするか?』


『な…なんだかごめんな』


ヒゲゴリの謝罪を無視して左手のグローブに装着されたコントロールパネルを、まるで指が50本あるかのようなスピードで操作をする愛。


羽鐘のインカムに通信が入った。


『羽鐘様、私は愛様に作られたシステム『コウメ』でございます、今あなたにの周囲だけにEMPジャマ―を作動させました、そのまま聞いて下さい。愛様とヒゲゴリ様だけをブルーで表示しますので、ウェットスーツの右耳部分を3回タップして下さい』


『情報が多いっすね、取り敢えず3回っすね』


一瞬で目の前にバイザーが下ろされ、青い点が2つ表示された。

『見えたけど敵が表示されないと意味なくないっすか?』


『大丈夫です、次に敵の位置をレッドで表示します、いかがですか』


『見えた、でも点では正確なショットができないっすよ、しかもバイザーに表示されてもスコープで覗くんだからさぁ…』


『諦めてください、今の状況ではこれが限界です、グッドラック』


『いやグッドラックって…運頼みっすか』


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『そろそろいいでしょう、きっとウチの開発したコウメが羽鐘に指示をしたと思うのでござりまする。』


『コウメ?』


『システムの名前にござりまする、ウチの愛用する革製品は全部【工房コウメ】の製品なのでござります、とてもお気に入りなのでつけさせていただきました名前でござりまする。』


『まてよ、そのシステム的なモノ、俺たちも使ったら話が早いんじゃね?』


『ダメにござります、3つも回線開いたら発見される可能性が高まるでございましょ?そんな事もわからないのでござりまするか?殺しますよ?』


『ごめんんさい…よし、進むぞ…いや、進みましょう』


『はいな』


徐々にその狂気性が露になって来た愛に恐怖を感じるヒゲゴリだった。


暴風と埃と暗闇、そんな状況の中で進む歩みは遅かった、だか今できる事はそれしかない、羽鐘に全てを託す訳は行かぬと、2人は気を引き締め直した。幸いなことに見えないのは敵も同じ事、そう考えると100%悪い状況ではない事に少し安堵した。


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『もう少し下だったか』


赤い点を頼りに狙撃する羽鐘はコツを掴んで行った。バイザーに表示される点には情報が出ていたのだ、それは距離と方向。

それに気づいた羽鐘の能力が一気に追いついたのだった、相手が見えなくても距離と方向がわかれば殺れる…羽鐘の目が鋭さを増す。


ㇱパンっ!


ㇱパンっ!


発砲音を限りなくゼロに近づけたサイレンサーが舌打ちする度に赤い点が消えて行く。大好きな発砲の度に舞い上がる埃はこの暴風ですぐに飛ばされて行った。


そしてその赤い点は位置情報だけにあらず、生体反応でもあったのだ、バイザーから次々消えた赤い点は残り10個ほどとなった。


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対空兵器の姿が砂埃の中に見え隠れした。


『でけぇ…』


思いの外大きな対空兵器にヒゲゴリは驚いた。

『こんなもんぶっ放されたら戦闘ヘリでも勝てやしねぇぜ』


『ですわね、このタイプは熱感知誘導型のミサイルですわね、熱を発して飛ぶ物体なら逃げる事はほぼ不可能にござりまする、残党のクセにこんなものまで持っているなんてクソ生意気にござりまする。』


『ぶっ壊す…でいいんですよね?』


『あたりまえだのクラッカーにござりまする』


しかし、羽鐘が狙撃したのは20人、流石にその死体に気付き、周囲に騒がしさが出て来た。侵入者と分かり、敵が待機から捜索へと動きを変えた。銃を構え警戒を強めながら捜索する敵は明らかに今までとは違い、簡単に倒せる状態ではない。


そこに2人へ通信が入った。


『ラヴ、ハゲゴリラ、聴こえる?スティール!バイザーを下ろしてコウメとリンクして!早く!』


『ちょ!スティール!なんでございますの?通信は…』


『今ハゲゴリラって言わなかったか?』


『いいから早く!周囲が敵で囲まれてる!どんどん増えてる!』


急いでバイザーで確認する2人の目に無数の真っ赤な点が映し出された。


『やっべ!全部敵かよコレ!』


『もしかして周囲の島…でござりまするか』


『恐らく民間人と一緒に紛れ込んでいたと思うっすよ』


『もはやこの通信が傍受されるとか関係ないでござりまするね、一応ジャマ―を始動させますわね、コウメ、お願い…取り敢えずこの島の情報を入手するからハゲゴリラはウチをお守りくださいまし。』


『お安い御用だお姫様』


その瞬間風が止んだ。

羽鐘の狙撃がより正確に敵を捉える。

ヒゲゴリは側に来た敵のサブマシンガンをシールドで受けながら間合いを詰め、サブマシンガンを掴んで前蹴りで吹っ飛ばす、サブマシンガンを空中に回転させて上げるとそのまま正位置でキャッチし、止めの銃撃をする。

更に集まって来た敵をシールドで殴ってはぶん投げ、サブマシンガンを取り上げては撃ち込んでいく、大暴れしているようで正確で明確なヒゲゴリお得意の現地調達型戦法だ。


『ラブ!まだか!』


『どんどん集まってきてる!ラブ!急ぐっす!』


『うるさいですわね、2人とも全身の骨を折りますよ!よし!おっけー!南西の丘の上に建物がある、そこまで下がって迎え撃つでございます』


『わかった!私も狙撃しながら向かう!』


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『なんだって!?』


シンゴのもとに愛の開発したシステム・コウメから連絡が入った。

『もう一度お知らせします、現段階で敵と思われる生体反応は200、現在も増援中、レダ島は敵で溢れかえっている状態。3人は丘の上にある建物を目指して移動を開始、そこに立て籠って戦うつもりの様です。』


『立て籠るって…勝ち目なんかないだろ!対空砲火兵器はどうした』


『EMPジャマ―に不具合が発生した模様、爆破を試みましたが暴風により接近が遅れ、増援を許してしまったようです、3人はやむなしと言う判断で通信を行っております、繋ぎましょうか?』


『いや、今指示できることは何もない、あいつらの判断を鈍らせるとも限らない、動きは逐一知らせてくれ』


『わかりました』


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『えええええ?????シンゴ!あんた何してくれちゃってるの!』


スピーカーが割れんばかりに神楽が怒りをあらわにする。


『だいたい最初から無理な任務だったんじゃないの?』


『下調べと準備が足りなかった事は認める…』


『あんたが何を認めたって現状は何も変わらないわ!助けに行けないの!?』


『対空砲火兵器がある以上、いかなるヘリでも不可能だ』


『船は!?』


『対空砲火兵器は船にも発射できる、もっと言えば発熱するモノにはほぼ100%当たるのだ』


『当たるのだ!じゃねーだろ!どーすんだよ!』


『ぐぬぬ・・・・』


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『走れ走れ!』


無数の弾丸が飛び交う小さな森を走り抜け、丘の上を目指すヒゲゴリと愛。

間近に迫る敵は羽鐘が狙撃してフォローする。


ヒュウうううううん!!!!!


羽鐘の左頬を弾丸がかすめた。

『いってっ!』


『どうしたスティール!大丈夫か?』


『スナイパーが居るみたいっす』


羽鐘はバイザーの赤い点があまりに多く、どれがスナイパーなのかわからないことにイラついた。


『こんなもん要らないっす』

バイザーをへし折って自分を信じることにした。


すーっと深く息を吸うと、3mm右に顔を傾けた。

羽鐘の予想でしかないが、初弾の弾道を読み、相手のスナイパーが修正してくる、これが右に3mmだった。


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