小説『Hope Man』第63話 球技大会
学校と言うものは容赦がない、中学三年の秋だと言うのにクラス対抗の球技大会を行うと言うのである、この仕打ちはいかがなものか。人の2倍3倍の勉強をしなくてはならないと言う龍一にとって、うぜぇとしか言いようが無かった。
『と、いうわけで今回の球技大会はサッカーに決まりだからな』
受験を控えた生徒たちによくもまぁこんな言葉を早朝から言えるものだと龍一は怒りすら覚えたが、トーナメント戦だと聞き、この期に及んでまだ戦わせるのかと思い、その怒りは『呆れ』に変わった。呆れではなく自分が神であるアキレスだったら、アキレス腱にさえ気を付ければ無敵だから楽しいだろうけれど、龍一はどちらかと言うと喧嘩以外はセンスが無かった。
『球技大会が終わったら、すぐ体育大会だからなー』
『はぁああああああ?』
まとまりのないクラスが一瞬だけ団結した。
『なにがはぁ?だ、学校行事も内申点に響くからな!』
中学三年の内申点などもはや無意味と聞かされていた龍一は頬杖ついて『鼻で笑った』
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6時間目は緊急で学級会が開かれる事となる。
議題は『球技大会について』だった。
みんなに叩きあげられた委員長「三浦」が、ざわざわが納まらない空間で一人必死に声を張る『静かにしてー静かにしてくださーい』そんな時間が10分続いた。
『三浦ー!静かにさせろ!』担任が声をあげる。
担任の教師として助け船を出すのであれば、そこは三浦ではなくクラス全体にではないだろうか、生徒とやっている事は変わらない、そう思うと龍一は少しイラッとして
右手をそっとあげた。
『ん?どうした桜坂、何か意見があるのか?』
『いや、時間がないので先生が進めたほうが良いと思うのですが』
腕時計を見ると担任は『お、そうだな、桜坂ありがとな、三浦、さがって良いぞ』と言うと教壇に立った。桜坂の横を通り過ぎる三浦は眉毛をキュウっと上に上げて微笑んで見せた、桜坂はそれを『ありがとう』と言う意味だと感じ、小さく右手の親指を立てた。
『まずスタメンを決める事になるのだが、サッカー部何人かいたな、手ぇ上げろ』
三人が手を上げたので、残りは運動神経の良い人間を選んでいくことになった、それはクラスメイトの推薦によるものだった。女子から人気のある男子が選ばれる事もあったが、まずは11人が決められた。龍一はサッカーは11人でやる事も知らず、じゃぁ22人でボール追いかけまわすんだ…そう頭の中で考えると滑稽に思えた、知らないと言うのは時に、誰もが知ってる何でもない事でも笑えるという幸せ感じられる、そう言う意味では知っている人間よりちょっとだけ優越感を感じられるのかもしれない。とは言え、体育の授業でサッカーをやった経験があるにも関わらず、興味がない龍一には何人でやったかすら覚えていないのは笑えない。
案の定龍一はスタメンに選ばれるはずもなく、クズ組とその他大勢の中に彼はいた。このクラスの男子にはこう言う状況で2種類の人種に別れる。選ばれたことを誉に思う者と選ばれなかった事を誉に思う者、この違いは人気があるか否かにも影響しているわけだが、掴みどころのない、端から見れば薄気味悪い存在である龍一が人気者であるわけがない、現実とは時に残酷であると同時にその答えを的確に出してくれる、それが良いのか悪いのかは本人の感じ方次第だけれども。
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自主的に各々が約束をして早朝練習を始めたようだった。
当然龍一に声がかかる事はない、別段嫌われているわけでもなく、以前の様ないじめを受けているわけでもなかったが、やはりと言うべきか龍一とクラスのほとんどとは壁があったのは事実だ。
龍一が知る限り、球技大会の朝練は数日続いた。
クラスでは球技大会について作戦を考えたりして、思いのほか盛り上がっていたので、正直居場所がない龍一はクズ組と話す時間が増えていた、そんな中でふと三浦がこんなことを言い出した。
『サッカーやりたかったな』
失礼ではあるが、三浦の身体からは想像が出来ない一言だった。ところが藤枝、中本も続いて『俺も』と言い出した。聞くとサッカーが大好きで、よく3人でサッカーの話しで盛り上がっており、公園で3人でボールを蹴って遊んでいたと言う。
『そ…そうなんだ』
選ばれなくて喜んでいた自分がちょっと恥ずかしくなる龍一だった。
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球技大会当日、思いの他盛り上がってきていた。
A組からE組までがトーナメント戦となり、龍一のC組はD組との対戦が一回戦。もし勝てばサッカー部が5人も混じっているシードのE組との闘いとなる。E組は球技大会も体育大会も総合的にE組がかっさらっていく、最後くらい勝ちたいC組としては一回戦を突破してE組を潰す事が目的となっていた。優勝なんかどうでも良かった、その意見はクラス全体で一致していたのだった。
D組はC組に比べると戦力的に劣っており、恐らくやる気がないからクラスの弱い生徒たちをスタメンしたと思われる。怪我をしても、明らかにへたっていても選手が交代することはなく、あり得ない点差でC組が勝利となった。
こうなると俄然大会が盛り上がる、龍一も例外ではなかった。
心にとても熱いものを感じており、知らず知らずのうちに拳を強く握るのだった。
2回戦、E組との対戦が始まる。
ここで既に大きな大きなハンデがあった、それはE組はシード、C組は一回戦突破、つまりは体力を消耗していると言う事。選手交代を考えたがキャプテンである古谷(ふるや)は『このままいく』と決断を下した。
お互い得点のないまま試合は進み、足を引っかけた引っかけないで一時中断となる乱闘騒ぎにもなり、負傷者が数人出た。補欠選手と何人かが交代となり試合再開するも、互いの選手が一気に戦力ダウンしたので、無得点状態はさらに続く事になる。試合内容もサッカーとは程遠く、玉転がし状態だった。
ここで試合終了。
PK戦となり、互いのキャプテンが相手チームの選手を指名し、蹴ってもらうと言うシステムを導入。E組キャプテンは真っすぐに三浦を指さし、ヘラヘラと笑った。その笑いは勝ちを確信したものと、こんなチビが蹴っても余裕と言う笑いだろう。C組のキャプテン古谷もガリガリに痩せて背の低い弱そうな小板を指名した。
まずはE組の小板が蹴ることになる。
C組キーパー釜矢(かまや)がゴールの真ん中で腰を低めに落とし、小板を睨みつける、まるで蹴るのを諦めさせるかのような威圧感だ。小板はひょろりひょろりと歩いてきてボールを地面に置いたかと思うと即つま先で『えい!』と叫んで蹴った。つま先がボールのど真ん中を綺麗に捉え、無回転で、想像を遥かに超えたスピードのボールがキーパーから見て左斜め上に飛んで行った。釜矢は全く身動きが出来ずにそのままボールはゴールネットに突き刺さった。舐めすぎたが故の油断、まさかの弾速と蹴るタイミング、全てが釜矢の想像を超えた。
審判のホイッスルが響き渡るまで、まるで時間が止まったように、風の音すら聞こえなかった。
一気に時間を取り戻し、現実を叩きつけて来た。
湧き上がるE組の大歓声、ひっちゃかめっちゃかにされている小板。
うなだれる釜矢。
キャプテンの古谷が審判にくってかかる。
『ホイッスルが鳴る前に蹴ったから無効だ!』
『いや、笛は吹いた、有効だ』
実際ホイッスルは鳴っていないが、審判としてそのミスは受け入れるわけにはいかなかったのだろう、ガンとして古谷の申し出を拒絶した。C組全体で抗議し、審判に加勢するE組も混ざってまたもや大混乱となった。殴り合いにも発展した混乱は数分で終結し、PK戦続行となった。
C組の三浦が緊張でいつもより白い顔になっている。
『シロ!落ち着け!』
『シロ!決めろ!』
普段はバカにしている奴らが一丸となって三浦に声援を送る。
三浦が落ち着いたかどうかなんて関係なく、ホイッスルが鳴った。
まるでさっさと蹴ろと言わんばかりに。
ボールを置いて、2回深呼吸をすると後ろに高々と振り上げた右足を一気にボール目掛けて振り子のように下ろした。
固唾をのんで見守っていた生徒全員がその瞬間に『あ~』と落胆の声をあげた。三浦の渾身の蹴りはボールを霞め、コロコロとキーパーの前に転がったからだ。
ゆっくりと近寄ったE組のキーパーは右足でそのボールを踏みつけて止め、首を傾げながら三浦を指さして笑った。
明らかにバカにしている。
ブチ切れたC組が一気にそのキーパー目掛けて走り出し、蹴り飛ばしてボッコボコにした、E組も加勢して本日3回目の大乱闘となった。その場に立ち尽くしたままの三浦に龍一が駆け寄り、乱闘から連れ出した。グラウンドの隅に腰かけてクズ組が三浦を気遣う。
『いい蹴りだったぜ、当たってたら決まってたよ』
『あぁそうさ、あれはスゲー蹴りだったよ』
『ホワイトタイガーショットと名付けようぜ』
『うん、ありがとう』
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