小説『Hope Man』第18話 土管の中で
中学2年になった龍一。
クラス替えが行われたが、人を信用できない龍一にとっては誰と一緒のクラスになろうとしったこっちゃなかった。
ただ、タカヒロとはクラスが離れたのは残念だったのだが。
見た感じでは敵になりそうな人間はいなそうだったが、調子乗りは多いようで、調子乗りが調子乗りを煽って皆が調子に乗る様な、龍一にとってはまぁまぁ面倒くさいクラスっぽかったのが見て取れた。
相変わらず龍一は一人。
クラスで一人、別にそれで良かった、その方が楽だったし。
しかし、龍一の美術の時間の作品が金賞、コンテスト優勝を連発すると、さすがに人が集まってくるわけで、それが本当に面倒くさかった龍一。
そう言うのが嫌で、休憩は廊下に一人で座っている事が多かった。
壁にもたれて、何を見るでもなく、ただボーッと行き交う生徒を眺める。
ふざけてプロレスごっこ始める奴、なんか走ってる奴、固まっておしゃべりしてる奴。
『あなた、廊下に座らないでもらえる?教頭先生に報告します』
そう言ってきたのは担任を持っていないサブ教師。
【藤田 陽子(ふじた ようこ)】
『はいはい』
『桜坂くんね・・・マイナス1ね』
『チっ』
『今舌打ちしたでしょ、教頭先生に報告します』
『・・・・』
龍一は藤田を睨みつけた。
殺気を感じたかのようにクルリと180度回転して、藤田は足早に去った。
『あのチクリ魔』
そう呟くと龍一はまた廊下にペタリと座った。
すると隣にドカっと座る奴がいた。
『よう』
『ちけーよ』
タカヒロだった、タカヒロもまたみんなを笑わせる事に長けているのだが、実際は孤独で群れる事を嫌った、だから龍一と気が合うのだ。
『藤田、ムカつくよな』
『あ、あぁ』
『今日も行っちゃう?エロ本通り4丁目』
『そだな、煙草も持ってきてるし』
『じゃ、帰りな』
『おぉ』
放課後、とても心地よい西日が廊下を照らしていた。
薄暗い廊下がオレンジ色の縞々で染められていく。
タカヒロのクラスはホームルームが長引いているようだったので、廊下に座って龍一は待つ事にした。
ドサ・・・ふぅ・・・
間もなくタカヒロのクラスが解放され、生徒たちが出てきた。
ゾロゾロと、先を急ぐ者は小走りに人を縫うように駆け抜ける。
どうせタカヒロはいつも最後、それを知っていた龍一は、おもむろに鞄を開けて煙草が本当にあったか確認をしていた。
赤のマルボロを見つけて右手で2度3度振ってみた、左右の壁に当たる感触では数本入っているようだった。
『桜坂くん、それは煙草じゃないの?』
藤田に悪いところを見られてしまった。
『いや、箱だけで中は消しゴムですよ』
『渡しなさい、確認します』
そこへタカヒロがやってきた。
『なした?』
『いや、こいつが煙草だから渡せって』
『藤田、違うっつってんだから違うんだって』
『先生を呼び捨てにしないで下さい!教頭先生に報告しますよ』
明らかに嫌な顔をするタカヒロ。
『ほら、桜坂君、それ渡しなさい』
『うるせーな消しゴムだっつってんだろ』
『しつけーな藤田!』
『わかりました、2人共教頭先生に報告します』
振り向き、西日でできたオレンジの縞々を縦に縫い付ける様に歩く藤田。
階段に近づいた時、全速力で走ってきた龍一。
最後の一歩で飛び上がり、藤田の背中に飛び蹴りをした。
その勢いで壁に叩きつけられた藤田、衝撃で壁に穴が開いている。
脳震盪を起こしたのか、藤田の黒目が揺れているのが分かる。
龍一は四つん這いの藤田の顔の方へ移動し、『教頭にチクったら、また蹴るからな、1チクリ1蹴りだと思えよ』
そう脅して見せた。
いや正しくは脅しではなく、警告である。
『わ・・・わかりました、言いません』
そう言って眼鏡をクイッと中指で上げるとゆっくり立ち上がった。
少しふらつきながら階段を下りて行った藤田。
『やったな龍一!スゲーなお前、めっちゃ飛んでたぞ』
『んまぁ、昔ちょっと武術学んで今でも自主トレしてるし』
『マジかスゲーな!よしおっぱい見に行こうぜ!』
『あぁ、そうだね』
階段に向かって二人で歩いていると、教頭が藤田と一緒に上がってきて、さっきの壁の穴を見ているのが見えた。
藤田が私の方を見て首を横に振った。
あなたの事は何も言ってないと言う意味だろうか。
すると教頭が龍一達に気が付き、振り向いてこう尋ねた。
『お前たち、この壁の穴、いつからあったか知ってるか?』
その後ろで藤田が首を横に高速で振っている。
『さぁ、気が付きませんでした』
『わかんないっす』
ぶっきらぼうに、しかしその割には演技力抜群の回答をした2人。
教頭の後ろでイケイケと手を振っている藤田。
余程飛び蹴りが効いたのだろう、すっかり可愛い女になってしまっていた。
これを機に人気者の先生になって欲しいと願う龍一だった。
人を蹴り飛ばしておいて言うのも何だが。
エロ本通りに辿り着いた2人は何時ものようにそれぞでの煙草を吸う。
話し出すまで2~3回は吸うのがこの2人の空気。
中学生でここまで深く、そして哀愁漂う吸い方が出来るものなのだろうか。
2人の過去がそうさせるのか。
『なぁ・・・』
タカヒロがしゃべりだす、これもいつもの事だった。
そして返事をしていないのにしゃべりだす。
『お前さぁ、俺なんかじゃ耐えられないような過去背負ってるんだろ』
『別に・・そんな事ねーよ』
そういうと土管の壁面を見つめながら、ふー・・・・と長く白いため息を吐いた。
『話してみろよ』
『いや、話す気はないんだ、悪いな』
『なんだよ、まだ俺の事信用してねーのか?』
『そうじゃねーよ・・・話したくないんだよ』
『ほら!友達だったら話すんじゃねーの!なんだよおめぇ』
『はぁ!?友達だったらなんでも話さなきゃいけねーのかよ!
めんどくせーな友達ってのはよ!』
『めんどくせーのはお前だろ!』
ドカッ
タカヒロが龍一に座ったまま蹴りを入れる。
制服に足跡が付いたことで龍一はイラっとしてしまう。
龍一もタカヒロに蹴りを入れ返し、タカヒロの脇腹に足跡が付く。
『おめぇコラ!!!!!』
タカヒロについに火が付き、龍一に殴りかかった。
狭い土管の中でマウントを取って龍一の顔を何度も殴った。
龍一は片足をタカヒロの身体の下に潜り込ませて、
思いっきり前に押し出した、反動で土管に叩きつけられたタカヒロ。
直ぐに足首を取ってアキレス腱を横に捻じ切るように締め上げる、いわゆるヒールホールドをかけた。
龍一は関節技の練習もしていたので、技数は少ないものの、強力で簡単なものは得意としていた。
素人がヒールホールドの痛みに耐えられるわけもなく、当然抜け出すことなど不可能に近い。
『ギャーーーーーー』
と悲鳴を上げて左右に身体を捻じるが、完全に龍一は踵をロックしており、更に両足を乗せて更にロックしているので転がってもそれは外れない。
龍一はこのヒールホールドを最も得意としている。
『まじ無理だって!龍一!やめろって!』
龍一はロックを外した。
外した途端に龍一を蹴ったタカヒロ。
脚は痛かったが、お構いなしで飛び込んできた。
『友達だったらなんでも話せよ』
そう言いながら何度も何度も龍一に拳を叩きつけた。
龍一はそのパンチを掴み手首を握って逆方向に捻り上げた。
龍一はこういうこざかしい技も得意としていたのだった。
『いでででででで!!!!!!!!!』
上体を起こして天を仰いで悲鳴を上げるタカヒロ
そのまま親指をロックして更に反対側に煽る龍一。
身体ごとその方向に持ってい行かれるタカヒロの顔面に空いている手でパンチを入れる。
ロックされているので脱出できずにひたすら殴られる地獄のような光景。
タカヒロの顔が噴き出した鼻血によって真っ赤になる。
『俺に構うな!わかったか!』
『わかったわかったもう聞かない!でも友達はやめない!』
『うるせぇ、もう友達じゃねぇ!めんどくせーんだよ!』
『嫌だ!』
『なんでだよ、なんで俺に構うんだよ』
『ほっとけねーから・・・』
龍一は静かに立ち上がって、タカヒロを置いて立ち去った。
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