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毎日新聞大阪本社版 連載の単行本化『貝がらの森』の冒頭部分を無料公開


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なかひら まい 作・絵 『貝がらの森』
発売日:2019年11月1日
定価:1,900円+税
仕様:A5変形ソフトカバー・ケース付き
解説:白田信重(ユング心理学研究会 会長代行)
ブックデザイン:山﨑将弘
発行:スタジオ・エム・オー・ジー

この本について:主人公の女の子「夢」が小学生のころ、一度だけ訪れた不思議な世界“貝がらの森”。森でキツネの姿に変えられた夢は、烏天狗やひとつ目小僧と出会うのだった。中学生になった夢は同級生の航(こう)に、森の話を語り始めた。……2013年11月、毎日新聞 大阪本社版の『読んであげて 広げよう おはなしの輪』に連載された作品を加筆修正。描きおろしの挿絵を追加して一冊の本に仕上げました。森をイメージしたケースに入った本には摩訶不思議な世界が広がっています。その冒頭部分をお楽しみください。

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『貝がらの森』

神話に出てくるもののひとつは、深淵の底から救いの声が聞こえてくるという考えです。暗黒の時、それは大きな変化が可能であるという真実のメッセージがいまにも来るという時です。最も暗い時にこそ光がやってくるのです。『神話の力』(ジョーゼフ・キャンベル+ビル・モイヤーズ 飛田茂雄・訳 早川書房・刊)より

 しらじらと夜が明け、うす青い空に太陽がのぼるころ、夢は、いつものように学校まで歩いて行きました。教室に入って自分の席につくと、机の上にカバンをおいてホッと一息つきました。夢は十四歳なので中学二年生になります。小学生のころにくらべると、どっしりと重い教科書を毎日カバンに入れて運ぶたびに、何だか遠いところまできてしまったような気持ちになりました。
 山のような教科書を机にしまっていると、夢の机の下を、消しゴムがころころと転がってきました。
「これは失敬。キシシシシ」
 前の席に座っている航が、そう言いながら消しゴムを追って、しゃがみこみました。
 この航という同級生は、いつも古臭いしゃべり方をします。「失敬」などという言葉を普通に使う中学生は、夢の親しい友人にはいません。しかも変な笑い方をします。
 その日は珍しく変わり者の航が夢に話しかけてきました。
「今日はバカに風が強いですね。キシシシシ」
 航は、そう言うと窓の外をながめました。夢もつられて窓の方に目を向けました。
 そのときです。校舎の横ならびの窓に、何かが横切っていくのが見えました。ごーっ、びゅーっ、どーっ、びーっ。いろいろな音が混ざり合って窓の外を流れていくのといっしょに、ほんの一瞬だけ、ずるずると長い透明な魚が、ものすごい速さで通りすぎて行ったのです。
 魚がいなくなったあとも、その音だけが、頭の中に残っていました。

 夢は、奇妙な音の渦の中で、何かを思い出しかけていました。それが何なのか、すぐにはわかりませんでした。しばらくじっとしていると、記憶の底から、その何かが現れました。それは、小さいころに一度だけ行った、ある場所の記憶でした。
 夢は、航に向かって言いました。
「あんた、あの音が何だか知っているの? あんたにも、あの魚が見えたの?」
 航は言いました。
「あれは風の魚です。たびたび現れます。視える人と視えない人がいますけどね。キシシ」
 夢は驚きました。何しろ航は、あの不思議な魚をよく見るというのです。
 航が風の魚を普通に見ているというのなら、夢は、その小さいころの話をしてみようと思い立ちました。
「小学一年生の遠足を憶えている?」
「残念賞の遠足ですよね。もちろん憶えていますよ。残念だっただけに。キシシシシ」
 航はそう言ってうなずきました。
「その遠足のとき、おかしなところに行ったの。変な話だけど、あんたなら、そこがどこかわかるかもしれないわ。わたしは、そのおかしなところを“貝がらの森”と呼んでいる」

 夢は、航に向かって、ぽつぽつと「お話」をはじめました。小さなころに一度だけ行った“貝がらの森”のお話を。

夢の話 1

 ……一年生の遠足は、たいてい植物園と決まっていた。それがどういうわけか急に工事が始まり、わたしたちの遠足までに終わらなかった。そのため遠足は、学校からバスで五分ほどのちっぽけな山になってしまった。まさに残念賞の遠足だったわ。
 そのちっぽけな山につくと、わたしたちは、ぞろぞろとバスを降りた。そこでわたしは、変な音を聞いたの。びゅーっ、びゅーっ、って。今思うと、その音は、航君のいう風の魚の音に似ていた。
 列にならんで歩いていくと、怖い感じのする神社についた。生徒たちも、ぞくぞくとそこに集まってきた。その音は、みんなの騒ぎ声に混じりながらも、だんだん大きくなっていったの。わたしは、音の正体を探すため、ひとりで森の方に歩いて行った。どういうわけか、誰にも見つからなかった。
 少し歩くと池が見えた。音は、池のそばの小さなホコラのあたりから聞こえてきた。池のまわりには大きな木が生えていて、枝がばさばさと風にゆれていた。その枝の中に何か光るものが見えたの。木にのぼって、光に近づいていくと、ピンク色の貝がらが枝に引っかかっているのが見えた。あまりにもきれいだったので、どうしても欲しくなったのだけど、あと少しのところで手が届かなかった。
 あきらめて木から降りようとしたら、何かおしりにフサフサしたものが生えていたの。
 そのとき、突然、池から何かがぬっと顔を出した。それは、頭に平安時代の髪飾りのようなものをつけた女の人だった。
 女の人は言った。
「あなたはもう人間ではないのです。キツネたちのところに行きなさい。きっと楽しく暮らすことができますよ」
 おかしなことをいう女の人だと思ったわ。わたしが人間ではないって、いったい、どういうことだろう。
 木の上から下を見ると、池の水面にはキツネが映っていた。それは自分の姿だったの。フサフサしたものは、キツネのしっぽだった。
 キツネになるなんて、どんな気分なのかって? 今だったらパニックになるかもしれないけど、子どもだったせいか、なんとなく平気だったの。ああ、そうなのか、と思えたのよ。
 女の人は、それ以上何も言わず、ポチャンと音を立てて池に帰ってしまった。
 わたしは木から降りると、みんなのいる広場とは逆の方に歩いて行った。みんなの声が遠くに聞こえてきたとき悲しくなってきたけど、こんな姿では、もう二度と学校の友達に会えやしない。だって、わたしはキツネになってしまったのだから。

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ユメノカケラ シリーズ vol.1
なかひら まい 作・絵 『貝がらの森』
発売日:2019年11月1日 定価:1,900円+税
仕様:A5変形ソフトカバー・ケース付き
解説:白田信重(ユング心理学研究会 会長代行)
ブックデザイン:山﨑将弘
発行:スタジオ・エム・オー・ジー

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