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展示室から旅がはじまる|阿部明子・是恒さくら展「閾 -いき- を編む」に寄せて

若手アーティスト支援プログラムVoyage 阿部明子・是恒さくら展「閾 -いき- を編む」コメント集に掲載されたもの(塩竈市杉村惇美術館、2019年8月9日)。タイトルと写真を追加。

若手アーティスト支援プログラム「Voyage」。いい名前だなぁと思う。ふたりは、この企画で初めての公募選出アーティストなのだという。選ばれたアーティストはこの土地に自らの表現を結び付け、歩き出す。さながら航海に乗り出すように。だが、きっと展示室は終着点ではない。ひとときの係留地なのだろう。

とても暑い日だった。展示室に入ると白い壁が眩しい。阿部さんの展示は、お父さんが塩竈神社に「算額」を奉納していたエピソードの「発見」から始まる。算額を模した同サイズの木製の額の淡々とした反復に対して、そこに収められたイメージの集積は異なるリズムを刻んでいる。イメージの重ね方、折りの跡。おのずと視線はイメージの内容ではなく、その形式へ向かう。隘路のような壁面に敷き詰めた写真群。その方法へのこだわりは、法則や数式に結び付く算額のエピソードを、ふたたび想起させる。

隣の部屋で、是恒さんは、さまざまな土地の鯨の姿を追っていた。窓には記憶の断片を拾い上げたような言葉が並ぶ。鯨の骨にまつわる話のようだ。展示室の空間で静かに立ち、並ぶ刺繍の数々は海辺にたゆたう言葉やかたちを捉えた何かなのだろう。向こう側から光が射す。窓や刺繍は境界となって、ここからは見えないどこかを見ようとする想像に浸らせる。「アラスカ」という文字が目に入る。こんな猛暑日に飛ぶのは、ちょうどいい。是恒さんの旅はどこへ続くのだろうか。Vol.5を数えるリトルプレス『ありふれたくじら』を手に、また未踏の地を想像する。

アーティストの旅に触れて、実は航海に乗り出しているのは見る側なのかもしれないと思った。航海の先は展示室に留まらない。美術館は来館者を非日常に迎え入れるだけではない。これまでとは異なる日常に送り出す場所となる。

受付でアーティストの本に隣り合って並ぶ地域の資料に目を通す。美術館に名を刻む杉村惇の常設展で作品やアトリエにあったものを見る。1階に降りれば公民館を利用する人々の声が聞こえる。小さな談話室で冷たいアイスコーヒーを飲む。そう、この土地に根のある場所だからこそ、旅人は安心して遠くに行くことができるのだろう。

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▼ 是恒さくらさんの刺繍が表紙の『FIELD REORDING』vol.01は以下よりダウンロード可。着払い郵送費のみ負担で冊子も入手可能。


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