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【ミステリ感想】後悔と真実の色/貫井徳郎 ― 内も外も大事件!大変な展開の中に本格マインドが冴える一作

割引あり

刑事

最近貫井徳郎を集中して読んでいるのですが、続編を未読だったのでこちらから。改めて読むと代表作のひとつとなるのも納得の出来です。

ネタバレなし感想

(あらすじ)
東京都内で発生した猟奇殺人事件。被害者は滅多斬りにされた上、人差し指を切断されて持ち去られていた。「名探偵」と呼ばれる刑事・西條をはじめ特捜班が組織されるが、捜査が難航する中さらなる殺人が発生する。犯人はネットの掲示板に犯行予告をアップし、「指蒐集家」と呼ばれるようになっていた――

(感想)
本作は既読……といっても子供の頃に読んだきりのため犯人くらいしか覚えていなかったので再読と言えるのか怪しいところです。
昔読んだ当初は「ふーん(˙-˙ )」と適当に読み終わってしまった記憶があるのですが、それはおそらく仕掛けにわかりやすい派手さがないためで、今読むとかなり手の込んだ仕掛けを使ったミステリです。

本作を読んでまず印象に残るのは、警察内部の細かな描写でしょう。警察小説自体はもちろん多く書かれていますが、捜査システムの詳細な描写はもちろんのこと、出世欲・嫉妬・個人的恨み等といった、捜査のための記号的キャラクターとなりがちな刑事たちを
が、そこは貫井徳郎のこと、それはただの生々しいドラマというだけではなく……というのが本作のキモ。

捜査のリアルさという点でいうと、本作は普通の警察小説よりもヒーロー小説としての面がなかなか表に出てこないのも特徴です。捜査班の縦割り的な役割分担が存在することにより、メインのヒーローとなるはずの西條もあくまでワンオブゼムでありあまり自由に動き回れず、結果としてストーリーの中心にはあまり座れていないのです。
他の警察小説ではヒーローを捜査班でも特権的な地位に置いたり、あるいは組織的捜査に加わらないはぐれ者に設定したりという手段を使っていることが多い印象ですが、本作はヒーロー的キャラクターを設定しつつもあくまで組織的捜査として描いています。ここが一つの特徴でしょうか。

というわけで視点が西條に留まらずに次々移り変わるうえ、捜査の停滞ぶりも相まって、やや散漫な話だなあ……と思っていると中盤から怒涛の勢いでお話の構図が変容していきます。ここは警察小説として異色というか破格の点で、一体どこへ行ってしまうのかと展開が非常に気になるものになっています。というかここまでの殆どの描写をこの展開一つのために積み上げてきた節があり、かなり大胆なプロットです。

また、個人的には、本作は日本の警察小説という観点で見ても異質な作品といった印象です。
物語の中心となる刑事・西條の抱える私生活の問題、捜査班内部の人間模様、警察捜査システムのリアリスティック(本当にリアルかどうかは知りません\_('ω' )_/)な描写、多数の視点をクロスカットで行き来する手法、そして異常な思考を有しながら警察を撹乱する知能犯でもあるシリアルキラー、という犯人像……と、頭をよぎるのはむしろアメリカの警察スリラー小説です。

さてこの点について考えると、頭をよぎるのは当然あのアメリカ作家のこと。
冒頭で主人公格の刑事・西條がジェフリー・ディーヴァーの本を読んでいるというシーンがありますが、これは明らかに貫井氏による「予告」。色々な意味で本作はディーヴァーを貫井徳郎なりに意識した作品といえます。
(正確には作家名は出ないのですが、「『捻り』という意味のタイトルを持つ本」= "Twisted" はもちろん下記の本です)

それを意識したのであれば、前述のようにアメリカのスリラーめいた作品の作りもなるほどといったところです。

しかしディーヴァーらしいところはそれだけではなく……そもそも、ディーヴァーはアメリカのミステリ作家の中でも本格ミステリ的な手法を早くから実践してきた作家です(初期の「コフィン・ダンサー」あたりには、すでに明確な本格ミステリ的仕掛けが見られます)。
さて、もちろん本作は一流の本格ミステリ作家・貫井徳郎の作品です。もちろんディーヴァー以上に巧妙な本格ミステリに……と、これ以上はネタバレ感想で。
繰り返すと、冒頭の何気ないシーンに貫井氏による「これは仕掛けを凝らしたミステリだよ」という宣言が現れているというわけで、ミステリ読者への挑戦と受けとっても良いのではないかと思います。

また、貫井氏自身のデビュー作にして代表作の「慟哭」もまた意識しているのではないかと思われます。とくに西條の人物像と作中で辿る運命は「慟哭」の佐伯を大いに彷彿とさせるところがありますし、そちらを読んでいればこそ西條がどんな結末を迎えるか先が気になる作りになっているとも言えます。
ひょっとすると「『慟哭』の貫井徳郎」というレッテルから脱却するためにあえてこうしているのかも……と思うところもあり。

その「慟哭」と比べるとサプライズ等の点では落ちるというか、そうした方向は狙っていないのかなという印象です。
例えば肝心の犯人の名前ですが、これが大したタメもなくあっさり明かされてしまいます。どうもこれは意図的なような。
実際ネット上の感想を見ても「犯人わかっちゃいました^^」というコメントは散見します。しかしそれは貫井氏の思うツボでしょう。

本作がミステリとして秀逸なのは、この犯人を確定させるための「詰め」がし難くなるような趣向が巧みに仕込まれている点です(この点はネタバレ感想で)。
犯人「は」わかったという方は、その容疑者が「犯人ではない」という可能性をキチンとすべて潰せるかどうかを考えてみてください。
一つだけ言っておくと、先述の通り貫井徳郎は一流の本格ミステリ作家です。ミステリ読みの方ならわかると思うのですが、一流のミステリ作家にとっては犯人だけわかったところで痛くもかゆくもないのです。

というわけで、「慟哭」系統のサプライズを期待するとやや地味、しかも長くて重苦しい話という印象になってしまいそうですが、大技に頼らず小技を積み重ねる形になっている分むしろ本格ミステリとしての完成度は上がっていると言えます。
後半以降の怒涛の展開というか、波乱万丈の運命の変転を孕みつつ「慟哭」とはまた異なった手触りの幕引きへとぐいぐい進んでいくドラマ作品としても読み応えのある作品で、前記のようなミステリ的仕掛けに興味のある方も、単純に重厚な警察小説が読みたいという方も楽しめる作品だと思います。

ただ、今読むとネット周りの描写が古臭く感じる点はどうしても気になるところで、そのあたりは昔の作品として割り切って読む必要があるかもしれません (´・ω・`  ) ←古臭い顔文字

なお、ネタバレ感想には「慟哭」の内容を予見させる部分がありますので、そちらをお読みでない方はご注意ください。


!以下はネタバレ感想になります!
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