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駅前にマッチ売りの少女(女性)がいた話

システムの開発工程に入ったけれど、担当しているモノがなかなかうまく軌道に乗らず、在宅の日も出社の日も、小一時間ほどの残業が続いていた。
その日もそうやって小一時間残業して、結局わたしが出来ることなんて大してなかったから、終わらないな、とぼやきながら帰ってきた。

次の日は土曜日。
ならばスーパーでお酒でも買って帰ろう。
そう思って高架下にこぢんまり収まっている駅を出てすぐ左に折れたところに、彼女はいた。

おろおろしながらも、一所懸命「すみません」と、帰宅してスーパーや家路へ向かう人々にか細い声をかけていた。
小さな紙袋を片手に下げて、「すみません、すみません」と声をかけている姿はマッチ売りの少女さながらだった。

東南アジア系の女性だということはわかったけれど、何をしているのかわからなかったし、何よりも「まずは買い物」としか頭の中になかったので、買い物が終わってもまだいるようだったら、立ち止まってみようと思った。

レジ袋なんて持参してくるのを忘れたから、マッカーサーの酒瓶を片手に提げ、10分ほどの買い物を終え、自宅への帰路につこうとした。

マッチ売りの女性は、まだ同じ場所で同じ言葉を言っていた。

「すみません」

人がまばらなタイミングだったこともあり、すんなり声をかけられた。
「はい」と返事をしながら、立ち止まると、彼女は少し安心した顔で、手元の紙袋をがさごそと探った後、掌サイズのパウチされた用紙を差し出してきた。

そこには、彼女の名前が書かれていた。
そして、コロナ禍で働き口が見つからないこと。
直近の生活費をなんとか賄うために、こうしてお菓子を売っていること。
そんな内容が、掌サイズの用紙に日本語で記されていた。

「いくらですか?」

「千円です」

用紙を返しながら聞いてみたら、ちょっと片言の日本語で教えてくれた。
お財布には幸いお札が1枚入っていたので、スーパーで買った酒瓶を足元に置いて、千円札を1枚渡した。

マッチ売りの女性は「ありがとうございます」と言いながら、お札を受け取るよりも先に、紙袋に詰め込んでいたお菓子の袋を手渡してくれた。

そんなやりとりをしていたら、スーパーでちらと見かけた親子が脇を通り、そのお母さんが、お札を1枚抜いて、横からマッチ売りへ渡してきた。

マッチ売りはびっくりした顔をして、「ありがとうございます」と連呼しながら、慌ててお札を受け取り、お菓子の袋を1つ渡していた。
その母の横に娘がいるのを見ると、彼女は「ありがとうございます」と言いながら、その娘にもお菓子袋を渡そうとしていた。
娘の方は困惑しながら、受け取ったものかどうか迷っていたけれど、彼女の母がすかさず「駄目よ」と娘を制して「ありがとうね」と言い残して家路へ戻って行った。

一連のやり取りの間、マッチ売りはわたしからお札を受け取ることを失念しており、母子が帰路に着くのを見送った後、思い出したように、お代を受け取ってくれた。

去り際、彼女は何度も何度も「ありがとう」と言っていた。

帰宅して、ハッピーバッグの中身を見てみたら、5個詰のLoackerの袋が3つ、ぎゅうぎゅうと入っていた。
ハッピーバッグの表には"Thank you for being yourself!"と書かれていて、どうしようもない程いたたまれなくなった。

わたしはマザーテレサでもイエスの精神を持ち合わせているわけでもない。
わたしの知らない現実や、画面、字面越しの現実を、おいそれとわたしの現実の中へ引き込めるほど真摯でもない。

それでもわたしはこのマッチ売りがどうしても気になった。
外国人が日本で働くにはどうしたらいいのかも知らなかったから、帰宅後、調べたりもしてみた。
「留学生」枠からの就職に関する情報は多いようだけれど、そうでない「外国人」の就職についての情報は少ないことを知った。

次会った時、今度は「頑張れ」ってしょうもない言葉では無くて、もっとマシなことを喋れるように。

画面越しのニュースで見そうなストーリーが、わたしの現実に唐突に挿入された。
でもそれだけだったら、ここまで調べたりはしなかった。
わたしは純粋に驚いたのだ。

彼女は施しや恵んでもらうということを選択せず、きちんと労働から報酬を得ようとしていたから。

ただ純粋に驚いて、そしてとてつもなくふに落ちたのだ。

ちょっとそこらへんでは売っていないけれど、馴染みのあるお菓子を買って、袋に詰める。
そしてそれを持参して、仕事帰りの人で溢れる駅のすぐ近くで一所懸命に売る。
手持ちのカードをフルに上手に活用して、現代のマッチ売りはあの日、そこにいて、そしてわたしと彼女の現実は交差した。

わたしはマザーテレサでもイエスの精神を持ち合わせているわけでもない。
だからあの日、マッチ売りの女性と出会って、そういった生活困難な境遇の人々、特に外国人を救いたい、なんて別に思わない。

だけど、目の前に現れた、考えて、労働で報酬を得ようとする姿勢を持ったこのマッチ売りは救いたいと思った。
気分かと言われれば、そうだとしか言いようがない。
けれどそれでも、わたしの目の前に現れた一所懸命な「現実」くらいは、見て見ぬ振りはせず、真摯に向き合いたいと思ったのだ。

おしまい

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