【獣人処方箋】Case.15 「獣人祭」 (No.0098)

 祭りは非日常感が必要です。
そのための演出も出し物もイベントも装飾も、各種様々なものがあり、中には牛追いや喧嘩神輿など命を失う危険なものもあるのです。

祭りということで時間や空間が仕切られると、何故かそこは異世界となり、普段は健康や衛生や経済観念の明確な人でさえも、ヤクザがどこで仕入れたかもわからない材料で雑に作った極めて不健康で不衛生な料理を、法外な値段で買い付け、ロクにテーブルさえない環境で貪ったりするのです。

しかしそれもこれも、まさに非日常だからこそ行い許されるものとして、普段と違う事をしても良いという言い訳を高い代償で買うのです。


しかしここで言う祭りというのは、縁日やディズニーランドなどのことではなく、獣人たちの人生そのものにまつわる祭りのことです。

獣人は日常が大の苦手です。
変化の少ないなだらかな状況は耐えられません。
常に強力な刺激でフラットな気分や環境を破壊し続けないと生活が出来ないのです。

日常を受け入れることは自分たちを否定することと同一です。
日常では、獣人のような存在はどうあがいても肯定されません。
彼らはどこであろうとも異端で迷惑で不快な存在ですが、それは彼ら自身がわかってやっていることなのです。
うるさいことを重々承知で車やバイクを改造し騒音が発生するようにお金を使うのです。


伸びるヒゲを止められないように、毎日獣人の元にも日常がやってくるのです。
それを彼らはあらゆる暴力やルール違反やお金の力で破壊し否定するのです。

彼ら獣人たちがとりわけ祭りが大好きなのも当然な話なのです。
日常に居場所なんて存在しない彼らは、祭りという異世界にだけ自分たちの居場所を築くことが出来るのです。

ですから彼らが考え求めることは、常に祭りなのです。
どんな状況であろうとも祭りにすれば、自分たちの存在が肯定されると考えるのです。

しかし非日常が祭りですから、祭りで日常は送れないのです。
獣人達によって「祭り化」させられた環境は、日常を失います。
通常の生活が破壊されるということです。
家庭であれば家庭崩壊ですし、学校であれば学級崩壊、職場であればパワハラ、モラハラ、セクハラなどとなるのです。

これは一般の人には地獄ですが、獣人にとっては最高の祭りなのです。
恐ろしい話ですが、獣人たちは自分たちの生存競争として秩序ある環境を破壊し汚すのです。


そして、環境を「祭り化」させるために絶対に必要不可欠なものがあり、これが無いと祭りは成立しないという大切なものがあります。

それが「生け贄」です。

祭りという非日常を作り出すのには、必ず犠牲となる「生け贄」が必要なのです。
その犠牲の苦しみが踏み台となり、僅かな期間だけ異世界が生み出せるのです。

つまり、獣人たちは常に犠牲にする「生け贄」を求めてさすらっているのです。

虐めや虐待、差別など、理不尽であまりに残酷な行為や状況は、このような獣人達の身勝手な「言い訳」が理由で産み出されてるケースも少なくないと思います。

ですから獣人からはとにかく物理的に距離をとって逃げ出してください。

日常で生きられない以上、彼らは命をかけて「生け贄」を探し続けます。

お気をつけください。


【獣人処方箋】Case.15 

 「獣人祭」 (No.0098)


おわり


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