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【5】横になれない、覚えていられない

シャントバルブの圧を変える?


水頭症の手術は無事に終わりましたが、2つの理由でクマちゃんが痛みや苦しみから解放されることはありませんでした。

苦しみの一つは頭痛。
横になって寝ようとすると頭がいたくなってしまうのです。

頭の手術を何度もしているんだから仕方がない。そのうち治るだろう。
そんな風に思って数日が過ぎました。

主治医は手術したばかりだからと言っていたけど、眠れないほど痛いとなると何かおかしい。クマちゃんの頭の中で何が起きているのか、手術は本当に成功したのだろうか……。

そんな時、主治医の代わりに様子を見に来てくれた女医さんが、こんな提案をしてくれました。
「バルブを調節して、髄液の圧を変えてみましょうか?」

クマちゃんの頭に埋め込まれているバルブは、外から設定圧を変えることができるとのこと。再手術なしでそんなことができるなんて!

患者の痛みを理解し、家族の心の痛みに優しく寄り添ってくれたその女医さんは、私たちにとって救いの神、光り輝く女神のように見えました。

夜の徘徊

シャントバルブの圧を変えたら、頭痛はうそのように治まりました。

倒れる前の記憶も戻ってきて、私や義母が誰なのか、見舞いに来る人が誰なのかが分かるようになってきたのですが、認知症の症状が治まることはありませんでした。

ちょっと前に話したこと、ちょっと前にやったことをすぐに忘れてしまうのです。

相変わらずボーっとしていて無気力な状態も変わりません。
このまま認知症が治らなかったらどうしよう。

身体はどんどん回復していくのに、頭の中は老人のようなクマちゃんを見ていると、不安と悲しみで胸が苦しくなってしまう。

この苦しみはいつまで続くんだろう。
何で私たち家族がこんなに苦しまなくてはいけないんだろう。

日医大の駅から病院に向かうバスに乗ると、心が闇に引き込まれるようで、白いはずの病院もよどんだ色に見えてしまう。
そんな重苦しい日々が続いたある日、ショッキングな出来事がありました。

なんとクマちゃんがいつも着ているガウンの背中に、病棟名と名前を書かれた大きなシールが貼られているではありませんか。

「ご主人が夜中に何度も徘徊するので、名札を貼らせていただきました」

とうとう徘徊するようにまでなってしまった……。

入院中のことはほとんど覚えていないクマちゃんでしたが、退院して何か月か経った頃、ぽつりと言ったことがあります。

「俺、夜になるとベッドに縛られていたんだ」

朝になると忘れてしまうから、私たち家族には言わなかったのでしょう。
でも退院間近になると、少しずつ覚えられるようになっていたので、そんなつらい記憶が蘇ったのかもしれません。

どんな思いで眠れない夜を過ごしていたのか。
家族より本人のほうがつらかったのだろうと思うと、心が痛みました。

脳外科の病棟には、いつも拘束衣で怒鳴り散らしているおじいさんがいました。その人は何故か毎日ナースステーションにいて、怒鳴っては唾を吐くのです。

完全看護とはいえ、全員に付きっきりというわけにはいきません。
拘束以外に何か方法はないのか、考えてもすぐに解決できる問題ではないのかもしれません。
でも、本人に記憶があれば心の傷となって残ってしまう。

入院生活は本当につらい。つらくてつらくて早くここから抜け出したい。

クマちゃんは毎日そんな風に思っていたのかもしれません。






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