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止まない雨はない、でもまた雨は降る

 「昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山にしばかりに、おばあさんは川に洗濯に行ったそのまた昔、あるところで子供が産まれました。しかしその子供は産まれてすぐ、大きな桃に入れられ川に流されてしまいました。産んでくれた親の愛情を受けることなく大きな桃の中に入れられた子供は、桃からの栄養のみで生き続けていました。どれくらい経ったでしょう。その時の記憶はあまり覚えていないようです。気がついた時、すでにその子供は優しいおじいさんとおばあさんに育てられていました。桃から出てきたから名前は桃太郎だそうです。おじいさんとおばあさんは一緒になってだいぶ長い年月が経っていましたが、二人の間に子供はできませんでした。「子供は天からの授かりもの。だから自分たちじゃ、どうしようもできないんじゃ」そうおじいさんは言っていました。家の前の庭では野菜を育て、田んぼでは米を育てていました。そのため二人は何不自由なく、自分たちが育てた米と野菜で生活ができている状態でした。しかし、年齢は嘘をつきません。十年前と比べて明らかに身体は言うことを聞いてくれませんでした。身体が弱ってくると、自然と心も弱ってきてしまいます。そんなタイミングで桃太郎がやってきたのです。おじいさんとおばあさんは大変喜びました。これからは桃太郎のために畑仕事を頑張ろうと思いました。桃太郎も、二人からの愛情を真っ正面から受け止め、見る見るうちに大きくなっていきました。大きくなった桃太郎はおじいさんとおばあさんの畑仕事を手伝いました。昼間は畑で体を動かし、おばあさん特製のご飯をたくさん食べ、夜はぐっすりと眠る。こんなにも健康的な生活があるでしょうか?桃太郎がこの家に来てから十二年経った時には、見た目はもう立派な大人でした。そんなある日の晩、外は物凄い嵐でした。古くなった家は雨、風で揺れています。不安な気持ちを抑えながら早い時間に床に入りました。嵐のやってくる音が部屋中に響き渡ります。寝付くまでには少々時間がかかりました。その日桃太郎は珍しく夢を見ました。夢の中の桃太郎はまだ赤ちゃんでした。夢の中の世界は、桃太郎が大きな桃に入れられて川に流されるよりも前のようです。桃太郎は、大きく、丸太のように太い腕の中に包まれるように抱かれていました。桃太郎は、「ミルクが飲みたい」と思いました。しかし言葉が出てきません。「どうしてもミルクが飲みたい」どのように伝えればいいかわからなかった桃太郎は、一生懸命体を乗り出して伝えようとしました。丸太のように太い腕を掴もうとしてもなかなかうまくいきません。力一杯体を動かしてなんとか相手の顔を覗き込むことに成功しました。しかし、その相手は人間ではなく、鬼でした。その後の桃太郎は、もう皆さんご存知のとおりです。」

 担任の先生は、私を困惑した表情で見つめていた。私を見ていたのではなく、私の心を見ていたのかもしれない。

 「日本の昔話を自分なりにアレンジして、みんなの前で発表しましょう。」

これが今日の四時間目の国語の授業だった。席についた私の目の前では、すでに別の生徒が発表を始めていた。「浦島太郎」浦島太郎が最後、竜宮城から帰る際にもらった大きな箱と、小さな箱を竜宮城に忘れてきてしまった。しかし、浦島太郎はその後普通に幸せな暮らしを送っていった。そんな発表だった。周りの生徒も担任の先生もみんな笑っていた。私の発表なんて無かったものとして時は進んでいた。

 私の机の上には、私の字で書かれた原稿用紙が三枚確かにある。私の頭の中の想像が形となって今、確かにここにあるのだ。

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