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止まない雨はない、でもまた雨は降る。

「寝ている間に夢を見てないってことは、ぐっすり眠れてる証拠」

よく母親に言われた言葉である。

 普段あまり夢を見ない私は、夢を見た時はだいたい覚えている。そしてそれらの夢はあまりいい夢ではなかった。
 「夢だったのか、よかった〜」心臓の心音が若干早いのを感じながら朝方の四時とか、五時とかに目を覚ます。その日の夢は、母親が誰かに連れ去られる夢だった。
 夢の中で音は存在しなかった。まるで無声映画のような、ただ確実に自分もその映画の中にいるような感覚で。母親が連れ去られた場所は田舎の古民家で、現実世界では全く馴染みのない場所であったが、夢の中では自分たちの家のようだった。音のない世界のため、悲鳴めいた声は聞こえなかった。しかし、夢独特のなんでかわからないが、さも当たり前のように夢の中の私は、母親が連れ去られてしまうと思い家を出た。
 家を出ると都会ではあり得ないほどの広い庭が広がっていた。右を向くと庭の中央に大きな岩が置かれていて、そのかたわらから空を見上げるほどの松の木が植っていた。私は何かの気配を感じ前を向く。庭から畑へと向かう小道があり(夢の中のため、この辺の前提知識も既に持っていた)、そこに男の人が二人、神輿のようなものを担いでいた。その神輿についていた小さな小窓から母親の顔が見えた。夢の中の私は何を言ったのだろう。多分何も言えなかったのだと思う。「助けなきゃ」という言葉を頭の中で思い切ったときには、二人の男の人の姿は消えていた。私はものすごく焦っていた。あの小窓から見た母親の姿が最後の姿になってしまうのではないか。この前どこどこに一緒に出かけたこと、この前一緒にご飯を食べたこと。あれが母親との最後だったなんて思ってもいなかった。

 「最後だってわかっていたら、もっと大事に時間を過ごしていたのに」

母親を連れ去られた私は、これから先、頼る人のいない世界で過ごしていかなければならない未来のことよりも、過去の出来事について心の底から後悔していた。

 「あの時、わかっていればこうしてたのに」

絶望の未来より、過去の記憶に涙し、過去の自分に腹が立っていた。

 後悔の涙が流れきった時、目の前には白い壁があった。過去に後悔している自分はまだそこにいた。しかしすぐに、今まで見ていたものは夢であったと気づいた。目を覚ましたのだ。そこで初めて夢と現実の境目を知る。

 「本当に夢で良かった」

時計の針を見ると、午前五時。起きる時間にしては早すぎる。ただ、もう一眠りしてしまうと、また夢の続きを見てしまいそうで、なかなか眠る気になれない。夢とわかった今でも思い出すだけでドキドキする。

「もうあんな夢は見たくないな。嫌だな、嫌だな」
気づくと私は眠っていた。

 目覚まし時計のアラームで午前七時に目を覚ました。さっき起きたときとは違い、味噌の香りが鼻腔をくすぐる。台所では、いつものように母親が料理を作っていた。

 「おはよう」

母親がこちらをチラッと見て言った。私もおはようと返した。

 私がよく見る嫌な夢には共通点があった。それは登場してくる人たちが現実世界でも存在する人たち、というところだ。嫌な夢を見た後に現実世界でもその人と会ったりもする。そのため、夢を見たその日一日は、なんだか非日常のような、いつもと違う空気を感じながら過ごす。夢の中の出来事をそのまま引きずってしまうのだ。

 「神様、今日は嫌な夢を見ませんように」

それから私は寝る前にこのように呟いでから寝るようになった。

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