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短編小説 「波間に消えた恋」


ユウナは、静かな波の音に耳を傾けながら、桟橋の先に立っていた。夕陽が水平線に沈みかけ、空はオレンジ色に染まっていた。海風がそっと髪を撫で、心地よい涼しさをもたらす。その風が、まるで遠い記憶を呼び起こすように、彼女の心に触れていた。

桟橋に立つと、いつも思い出すのは、あの夏の夜のことだった。ユウナは、高校最後の夏休み、友達と一緒にこの桟橋に来た。その時、彼も一緒だった。幼なじみであり、ずっと気になる存在だったカケル。

その夜は、星が見えるほど澄んだ空で、海面には月の光がゆらゆらと揺れていた。皆で笑い合い、花火を楽しんでいたが、ユウナの心は終始カケルに向いていた。彼の笑顔を見るたびに、胸が高鳴り、言葉が出てこなくなってしまう。

その後、皆が帰り支度をしている時、ユウナはふとカケルが一人で桟橋に立っているのを見つけた。今なら、今なら伝えられるかもしれない――そう思い、彼の隣に立った。

「カケル、ちょっといいかな?」ユウナは勇気を振り絞って声をかけた。

「どうしたの?」彼が優しく微笑みながら答えたその瞬間、ユウナの心は揺らいだ。言いたいことが胸の中で渦巻き、喉までこみ上げてくるが、なぜか言葉にはならなかった。

「えっと……今日、楽しかったね」それだけを絞り出すのが精一杯だった。

カケルは軽く頷き、「うん、またみんなで来たいね」と言った。

その言葉に、ユウナはさらに心を揺さぶられた。もっと特別なことを言いたいのに、ただの友達としてしか扱われない自分が歯がゆかった。彼がどれだけ大切な存在か、どうしても伝えたかったが、言葉が出ない。

結局、ユウナはそのままカケルと一緒に帰り、彼に対する想いを言うことなく、夏が終わってしまった。

そして今、再びこの桟橋に立つユウナは、その時の自分を責めていた。「あの時、ちゃんと言っていれば……」と。何度も何度も頭の中でシミュレーションを繰り返したが、過去は変わらない。

桟橋の先から、夕陽が完全に沈むのを見届けると、ユウナは静かに目を閉じた。そして、もう一度だけ、心の中であの言葉を呟いた。「好きだったんだよ、ずっと……」

波の音がそれを包み込み、彼女の想いを遠く海の向こうへと運んでいくようだった。

ユウナは一歩、桟橋を離れる。そして、これで本当に最後だと自分に言い聞かせた。過去に縛られた自分を解放するために、新しい一歩を踏み出す決意を固めた。

彼との思い出は、今や波間に消え、静かに彼女の心に残るだけだった。次にここに来る時は、もっと強い自分になれているだろうか?そう願いながら、ユウナはその場を後にした。

その夏の恋は、彼女にとって痛みも喜びも教えてくれた、かけがえのない記憶となった。




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